鼠の滸

星来 香文子

第一章 ぼとり


 ぼとり


 屋根を叩く雨の音に混じって、何か別のものが落ちた音がした。


 朝からどんよりとした曇り空で、音を立てて雨が降り始めたのは、昼になる少し前。

 せっかくの休日だというのに、厚い雲が太陽を隠していて、窓から差し込む光には期待できない。

 一度開けた分厚い遮光カーテンをもう一度閉めて、電気をつけてからもうほとんど動かずに、女はソファーの上に寝転んで今日は何もしないと決め込んでいた。

 ブルーライトの光で目を酷使しながら、短い動画を数本見たその直後。


 ぼとり


 明らかに雨の音とは違う音が、混ざっている。

 水ではない、重さのある何かが、窓の外に落ちた音がする。


「なんの音?」


 謎の物音に、閉めていたカーテンを少し開けて、外の様子をちらりとのぞくと、少しひび割れている駐車場のアスファルトの上に、なにか白い物体が落ちているように見えた。


「……?」


 二階の窓からは、それが何かははっきりとはわからない。

 気になって、窓にひたいを押し付けてよく見ようとしても、小さいそれが何かわからなかった。


 ぼとり


 また同じ音がして、下を覗き込んでいた女の視界を、何かが上から下へ通り過ぎる。


 ぼとり

 ぼとり……ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとり


「えっ……」


 暗雲から落ちてきた、白いそれと目があった。


「えっ……?」


 その瞬間、それが何か理解する。

 白い体、赤い瞳、蚯蚓みみずのような長い尻尾。


 アルビノの二十日鼠はつかねずみが、生きたまま次々と音を立てて雨と一緒にアスファルトへ叩きつけられていく。

 あるものは頭が潰れ、またあるものは痛みに苦しんでいるその上に、別の鼠が落ちて重なる。


 ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと



 異様な光景に、言葉にならない悲鳴をあげて、女はその場に倒れた。


 ぼとり


 最後の一匹がアスファルトの上に落ちた時、女はそのまま意識を失う。


「どうしたんですか!? 最上もがみさん!! 最上さん!!」


 ただならぬ悲鳴を聞いた隣室の住人がドアを叩いたが、女が返事をすることはなかった。



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