第17話 接触
――時間は少し遡り、日曜日の夕方。
そのテーブルの上には他にも1枚の便箋が置いてあり、スマートフォンの下敷きになっている。
スマートフォンの時刻が15:59から16:00へと変わった。
すぐさま、独特の電子音を響かせて、スマートフォンが着信を知らせる。
ディスプレイに表示された非通知着信の文字。
将輝は無表情にその文字を見つめ、そのままの姿勢で1分待つ。
その間もスマートフォンの着信は鳴りやまない。
そこでやっと、将輝はスマートフォンに右手を伸ばし、ディスプレイをフリックして着信に応じた。
「……もしもし、会津だ。1分待っても切らなかったってことは、手紙の主でいいんだよな?」
『ああ、その通りだ。ちゃんと手紙は読んでくれたようだね。嬉しいよ会津君。とりあえず、初めましてと言っておこうか』
将輝はテーブルに置いてあった便箋を左手で取り、そこに書かれた文字を素早く追った。
そこには、将輝が将輝が着信に応じるまでに行った手順と、今回の接触の目的が書かれていた。
「挨拶はいい。それより、この手紙に書いてあるのは本当なんだろうな?」
『本当だとも。僕は嘘を言わない。3年前、君の妹を問答無用で殺した死神に復讐する気があるのなら、僕は君に協力を惜しまない』
「……でも、どうやって? あの日、優奈を青い焔で包んだ女死神は幽霊みたいなものなんだろ? 霊能者でもない俺に、どうしたらそんなことが出来るって言うんだ」
将輝はリビングの脇に置かれた仏壇の前に立ち、妹――
そこには、3年前に中学1年生で他界した優奈の幸せそうな笑顔が写っていた。
『現在、その女死神は力の殆どを失い、この
瞬間、将輝の脳裏に一人の女子生徒の姿が浮かんだ。
最近転校してきたばかりの彼女は、たしか名を穂村螢と言ったはずだ。2日前、月坂と一緒に帰る姿を見た時は、他人の空似だと思っていたが、まさか彼女が……
「――穂村螢。最近転校してきた奴だ」
『ほう、なかなか鋭い。正解だよ会津君』
少し意外そうに、だが決して厭味ではないその言い方に、将輝の脳裏に3年前の記憶が怒涛となって押し寄せる。
謂れのない誹謗中傷。
常に閉め切られたままの妹の部屋。
時々聞こえる嗚咽。
そして、救急車。
すべてが終わって、呆然としていた時に現れた妹と、長い黒髪に黒いセーラー服を纏い死神と名乗った少女。
……最後は、自身の絶叫。
気付いた時には、将輝は左手に持った便箋を強く握り潰していた。呼吸も浅く、心臓の鼓動が破裂しそうなほど強く感じる。
「アイツが……あの時の死神。戻ってきた優奈を殺した……アイツがっ!」
烈火の如く燃え上がる憎悪の炎に、妹の遺影を見る将輝の目が血走っていく。奥歯を強く噛みしめ、怒りで我を忘れそうになるかと思われた、その時。将輝の目に、ほんの僅か理性の光が灯った。
「…………その話、本当に信じて大丈夫なんだろうな? 」
『安心するといい。彼女はこの世に存在しないはずの人間だ。殺したところで罪にはならない。というか、アレを人間の括りに入れること自体が間違いだ。アレは所詮ただのバケモノでしかない』
「本当なんだな……?」
『もちろんだとも』
口を噤み、考え込むように視線をリビングに彷徨わせた後、将輝は「わかった」と一言、承諾の返事をした。
「それで……俺はアイツを殺せばいいのか? だから、こんな手紙送って電話までしてきたんだろ?」
『明日、荷物と一緒に指示を書いた手紙を届けさせる。彼女には仲間がいるが、彼等の相手は僕が引き受けよう。会津君は、妹さんの復讐に専念するといい』
「なか……って、おい! クソッ。切れた……」
仲間という単語に引っ掛かりを覚えた将輝がそのことを問い掛けようとするも、既に通話は切られた後だった。
将輝はソファに腰を下ろして着信履歴を確認した。
何度も見返すが、そこにあるのは非通知着信の文字のみ。
これでは電話を折り返したくても折り返せない。
一方的に電話番号を知られている不快さと不気味さにイラつきはするものの、
昨日帰宅したあとすぐに便箋が届いた時には
明日届くという荷物を見て、手紙の主の本気を見定めてやる。
衝動のままに握り潰してしまった便箋を両手で伸ばし、将輝はそこに印刷された文字を食い入るように見つめた。
会津将輝君へ
君の妹、会津優奈を殺した女死神に復讐したくはないか?
午後16時、君に電話を掛ける。1分以上呼び出し音を鳴らし続けるので、是非、着信に応じていただきたい。
――絶対に許さない。せっかく戻って来た優奈を殺した
そして、翌日の夕方。高校から帰宅した将輝に届いた長方形の段ボール箱と、その中に入っていた手紙の内容を確認した将輝は、箱型のバックパックにその中身を移し替え自宅を後にした。
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