第14話 狙われた少年 ②

「月坂君。昨日あなたが鬼に襲われたことと併せて、説明というか、伝えたい事がある。その後どうするかは、あなた次第だけど」


 キノの家に着いた後、私達はそれぞれリビングで適当に座る場所を見つけ、自己紹介も早々に本題へ入った。


「分かった。俺もなんであんな目に遭ったのか知りたかったところだ。ところで、昨日俺が鬼に襲われたことを説明するのに、なんで紀乃岡さんの家へ来る必要があるんだ? そろそろ、その理由を教えてほしいんだが……」


 そう言って月坂君が廻ちゃんに視線を向けた。

 ここに来る途中で月坂君が廻ちゃんに聞いてたけど、そういえばはぐらかしてたような…………まあ、私が頼んでおいたのだけど。


「何処に月坂を狙ってるヤツがいるかも分からないってのもあるけど、お互い協力するってことになるなら、隠し事なしで能力を見たかったってのが大きいかな。この屋敷はね、内側にいろんな仕掛けがあるんだけど、その中の一つに、内側で発生した強力な呪力を外に漏らさないってのがあるんだ」


 そうだったのか。私初めて知った。色々な仕掛けって他にどんなものがあるんだろう?

 まあ、取り敢えず今はそれは置いとこう。

 廻ちゃんのいうことはごもっともだ。これから私達が月坂君に説明しようとしていることは、互いの能力を明かさずに上辺だけの会話で信用を得ることが出来るような話ではない。


「協力? いや、それよりも、昨日の紀ノ岡さんといいお前達といい、どうして俺がこの不思議な能力を持ってるって知ってるんだ? 俺はこの能力のせいで狙われてるのか? 教えてくれ!」


 少し前のめりになった月坂君が、僅かに腰を浮かせた。


「その前に、月坂。師匠から聞いてるかもしれないけど、先にボク達の異能力ちからを見せとく。――ボクと師匠は方相氏って言われる人たちの分派で、普段は拝み屋として活動している」


 そう言って廻ちゃんが弓を引くように両手を広げると、彼女の手に光る矢が出現した。さらに、その矢を両手で握って、なにやら力を込めるとそれは1本の短槍へと変化する。


「まあ、師匠曰く、由緒正しい悪鬼祓滅あっきふつめつの技なんだってさ」


 廻ちゃんは、目の前の出来事に呆気にとられる月坂君の前で短槍をくるりと回すと、合図するように私の方へ視線を送った。


 ――さて、どこまで信じて貰えるだろうか。


「月坂君。私は人間じゃない。ここにはいるけど、生きてるのかどうかも判らない。でも、その事というか、その発端が今あなたを狙ってる人達に関係あるかもしれないんだ」

「は? 何言って……


 意味が分からない。顔にそのままそう書いてありそうな表情の月坂君を見ながら、

左手に持った。黒柩こくきゅう黒柩刀こくひつとうへと変化させる。


「なんだよこの重圧感プレッシャー……昨日の鬼どころじゃない……」


 先ほどとは違った意味で腰を浮かせた月坂君が、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 ……心なしか廻ちゃんもあ然としてるけど、まぁ、それは見なかったことにしよう。

 右手で鞘を持ち、左手で黒柩刀こくひつとうを抜く。途端、私の左腕と太ももに青く光る幾何学模様が浮かんで、黒柩刀こくひつとうの真っ黒な刀身に同じ青色の筋が数本走る。


「今は相棒を攫われたせいで殆どの力を使えないけど、私はね、1か月前まで死神をしてたんだ。彷徨える魂を彼岸へ送り、昨日月坂君が戦ったような鬼とか悪霊を浄化することを生業にしてた」

「は!? 死神……?」

「そう。信じられないかもしれないけど、この現世うつしよに重なるように存在する幽世かくりよで、私は相棒のハチに力を借りて死神をやってた――


 黒柩刀を黒柩に戻してスカートのポケット入れ、私は月坂君に1か月前の出来事を語った。辛くて忌まわしい、死神最後の日の出来事を。


 ――だから、私は今、ハチを取り返すためにここにいる」


 そう言って私が締めくくると、わずかな間、室内がしんと静まり返った。


「月坂。水飲む? 顔固まってるよ」

「え? あ……ああ。ありがとう」


 廻ちゃんが冷蔵庫から500ミリリットルのペットボトルを取り出して月坂君に渡す。それを受け取った月坂君は、ペットボトルの封を開けると口をつけて勢いよく水を飲み始めた。そのまま3分の1ほど中身を飲み、ペットボトルから口を離した月坂君は、まるで溜息の様に大きく息を吐き出した。


「ありがとう満島。落ち着いた。……それで、穂村さん。その事と、俺が狙われてることがどう繋がるんだ?」


 落ち着きを取り戻した月坂君と私の視線が交差する。

 真っ直ぐこちらを見つめるその瞳は、なにか強い決意の様なものを滲ませているように見えた。


「キノ……紀乃岡が古くからの友人から得た情報なんだけど、異能力者協会のある過激派が、大量の穢れに塗れて自我を失いつつある神獣を手に入れたみたい。それで、過激派の協会員達はその神獣の穢れを祓う為に、近々、強い浄化の異能を持った少年に協力を要請するって話があったの」


 私の話を聞いて、月坂君がソファから立ち上がった。


「は!? ちょっと待ってくれ! 俺のところにはそんな奴ら誰も来てないし、それならなんで殺そうとするんだよ? おかしくないか? それに……俺に憑いてる神獣は白い蛇と白い狼の2体だけだ。そんな強い浄化能力のある神獣なんて、俺には憑いてない!」


 多分、早口でまくし立てる月坂君の言葉に嘘は無いだろう。月坂君の言う通り、異能力者協会過激派の連中は、未だ彼の前には現れていないのだと思う。

 それならなぜ月坂君は命を狙われたのか。

 異能力者協会過激派の連中は月坂君が使役する強力な浄化の能力をに来るのではなかったのか。

 答えは一つしかない。

 それは、彼自身がその供物となる存在だからだ。

 なぜなら――


「月坂君。落ち着いて聞いて。私から見ると、あなたの身体は、常に周囲の穢れを掻き消す不思議な殻に包まれてる。キノや廻ちゃんにはぼんやりとした浄化の気配にしか感じないらしいけど、私にははっきりとそれが見えるんだ。たぶん、あなたが近づくと低級の悪霊や雑霊は即座に浄化されたんじゃないかと思う。心当たり、あるでしょ?」


 コクリと月坂君が無言で首肯する。その姿を見ながら、私はさらに話を続ける。


「極稀にだけどね、ある神獣の欠片が、その人の魂の核になって生まれてくることがあるらしいんだ。その欠片は長い年月をかけて、宿主の中である場所へと顕在化する。大体15~20年くらいかけてそれは姿を現すらしいんだけど、今の月坂君を見る限り、既にその状態にあると言っていいと思う」


 死神になった時、ハチと半分同化したことで得たこの知識は、元をたどれば祭神の知識の一部なんだそうだ。まあ、ハチは「わん」しか言えないから、そうでもなければ私がこんなこと知ってるわけもないんだけど、祭神様の知識は現在とても役に立っている。

 だからこそ、今日改めて月坂君を見た時、とても危険な状態だと思った。私達、人外の存在にしか判らないその気配は、既に彼自身が宿主として成熟していることの証明なのだから。

 過激派の協会員が、どうやってその存在を突き止めたのかは知らないけど――

 

「その神獣の名前は麒麟。私が見る限り、月坂君の心窩部には麒麟の体の一部……角が顕現してる。その角が持つ浄化能力は、人間の枠を遥かに超えた神の力なんだ。だから、過激派の協会員はあなたを殺してその角さえ奪うことが出来れば、あなたが彼等に直接協力する必要はないんだ」


 死の宣告に等しいその言葉を聞いて、月坂君が絶句した。今朝、このことを教えておいた廻ちゃんも押し黙って月坂君を見ている。

 まあ、こんなことを言っている私だって、昨日の夜まではそこまで解っていなかった。

 昨日の夜、黒柩こくきゅうから黒柩刀こくひつとうを出せるようになって、私の中の死神の部分が少しだけ強まった。それを理解した瞬間、僅かに取り戻した力が呼び水となって、私は死神だった時の知識をある程度、取り戻したのだ。


「月坂君。あなたは今、とても危険な状態にある。だから、この家に住んで私達に保護されてくれないかな。親御さんには、今頃キノが説明に行ってると思う。それと、もし、あなたを狙う過激派の協会員が手に入れた神獣っていうのが、私の相棒のハチだったら……取り返すのに協力してほしい」


 そして、私はゆっくりと頭を下げたのだった。

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