第13話 狙われた少年 ①
翌日。朝いつもの時間に登校した私は、まるで何事も無かったかのように授業を受けていた。
もちろん、廻ちゃんも今頃、何食わぬ顔で授業を受けているはずだ。
とはいえ、昨晩あんなことがあった後である。さすがに寝不足で体が怠い。
まぁ、転校生といっても、本当にそういうわけじゃないから真面目に授業を受けようなんて気はないけど、だからといって机に突っ伏して寝るわけにはいかない。
私にだって見栄というものがあるのだ。
欠伸を噛み殺しながら子守歌の様な授業を聞いていると、こちらへ向けられる視線を感じた。
気付いてますよ。そうアピールするために、私はわざと視線の主と目を合わせてみる。すると、その視線の主――
――どうやら、キノの言っていたことに間違いはないようだ。
昨晩、突如襲来した鬼を倒した後、キノはそれまで月坂君と一緒にいたことを私たちに伝えた。もちろん、目的は彼の護衛。
なぜなら、昨日私達を襲撃したあの鬼は、本来月坂君を狙ったものであったからである。
昨日の夕方、廻ちゃんが月坂君を見失った後、彼はその鬼と遭遇した。私は、そこで家に引き返すことになってしまったけど、キノはその後、月坂君の家を訪ねて身分というか正体を明かし、彼の護衛を申し出たのだとか。
その時の月坂君は、鬼との戦いでかなり消耗していたみたいで、彼にとってキノが来たのはかなりありがたかったようだ。実際、彼は鬼に応戦してはみたものの逃げるのに精一杯で、再び襲われたらどうしようかと悩んでいたところだったらしい。
じゃあ、なんであんな廃屋に行ったのかって、キノに突っ込みそうになったけど、それは後で直接本人に聞いてみようと思う。
繰り返すが、これは本来、月坂君を狙った罠のはずだった。
長年廃屋にとどまっていた悪霊に、大量の穢れと呪術を加えることで依代とし、その悪霊に鬼を同化させたのだそうだ。
何が目的かは判らないけど、犯人は鬼を使って月坂君の命を狙ったのだが、それは突然現れた私の行動で全てが変わってしまった。
なぜなら私は、犯人が呪いを増幅するために作った”祭壇”を破壊し、あの場にあった呪いの矛先を私自身に向けさせてしまったのだから。
おかげで、本来月坂君に仕向けられたはずの鬼は、標的を私に変えて紀乃岡の家にやって来た。標的は私だったはずなのに、なんで廻ちゃんのところへ先に向かったのかは謎だけど、私と廻ちゃんは鬼と一戦交えることになった。
その頃、待てど暮らせどちっとも襲ってこないことを不審に思ったキノは、標的が変わったことに気付いて、大急ぎで紀ノ岡の家に引き返してきた。
これが昨日の騒動の顛末なんだけど、多分、月坂君はそれを今日の朝キノから聞いたのだと思う。
昨日の夕方、逃げるので精一杯だった鬼を倒し、まるで何事も無かったかのように次の日登校する私を見て、さすがに気なったのだろう。
朝から時々月坂君と目が合うのは、それが主な原因だと思われる。
とは言え、私が昨晩の鬼に勝てたのは、たまたま
あの時、あのタイミングで黒柩を使えたのは、正直奇跡としか言いようがない。
昨晩の鬼は、それほど危険な敵だったのである。
――そして、放課後。
1日の終わりを告げるチャイムが鳴り響く中、めいめいに席を立つ生徒達の声で教室内が一気に騒がしくなった。
そんな中、さっさと荷物をまとめた私は、机の間を縫って一直線に月坂君へ近づいていった。
のんびりしている間に、彼の唯一の友人である会津君が来てしまっては、昨日の事や、彼の異能力が狙われていることについて話すどころではなくなってしまうからだ。
事件は既に起きている。今日、声を掛け損ねたら明日無事かどうかの保証はない。
なにせ平然と死者を穢し、鬼を
ハチの行方を追う為にも、月坂君自身の安全を確保する為にも、私は彼を守る必要があるのだ。
するするっと机の間を縫う様に進んで目の前に立った私を見て、月坂君は少し驚いたような顔で私の方を見上げた。
警戒されない様に、声の音量を落として口を開く。
「月坂君。昨日のこと話したいから、いっしょに来て貰ってもいいかな?」
淀みなくそういった私に向かって、月坂君がゆっくりと頷き返す。無言で歩き出した月坂君と教室を出て校舎の外へ向かう。
すると、廊下の途中で正面から会津君が歩いてくるところに出くわした。
「あれ? 月坂。誰だよ隣の女子。一緒に帰るのか?」
「ああ。ちょっと話したいことがあって。じゃあ、また明日な」
「おう。また明日」
探るように私を見る会津君の目に、どことなく既視感を覚えつつも、別れの言葉を言い合う二人を眺める。軽く手を上げて、ゆっくりとまた歩き出したその時、会津君が私の方をじっと見ていることに気が付いた。
「何? 私がどうかした?」
「いや! なんでもない。気を悪くしたなら謝るよ。一瞬、知り合いに似てるなって思っただけだから」
「そう。それなら別に大丈夫。気を悪くしたりなんてしない」
慌てて謝る会津君に気にしてないことを伝えれば、彼はほっと安心したような表情を見せ、月坂君に「じゃあな」と声を掛けて歩き去っていった。
実のところ、私は会津君と会話するつもりなんて、これっぽっちもなかった。だけど、彼の私を見る目に何となく仄暗いものを感じて、つい、どうかしたのかと問いかけてしまった。
ああいう目をする人には、とても見覚えがある。
死神だった時、よく見た目だ。
――あれは、大切な誰かと死に別れた目だ。
「穂村、さん?」
不意に月坂君が私の名前を呼んだことで、自分が物思いに耽っていたことに気付いた。全然動き出そうとしない私を不審に思ったのだろう。
「ごめん。なんでもない。行こう」
「あ……ああ。それならいいけど」
きょとんとする月坂君に笑顔を返して出発を促す。そして、校門に友達を待たせてあるから、話は3人でしようということを歩きながら伝え、その友達――廻ちゃんの事を歩きながら説明した。
その後、校門で廻ちゃんと合流し、どこか落ち着いて話の出来る場所へ行こうということになり、私達は紀ノ岡の屋敷へと向かったのだった。
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