第7話 RE:START

 翌日。私がキノのお姉さんに1日中連れ回され、へとへとになって帰って来た時には、既に目的の高校へ潜り込む為の手筈が整っていた。

 なんでも、キノはその高校の理事長と知り合いだとかで、かなり融通が利くらしい。だから、表向きは転校生ということにしておいてほしいというこちらの勝手な要望も、二つ返事で聞いてもらえたのだそうだ。

 そんなわけであっさりと、1週間後、私は転校生としてその高校に入り込むことが決まった。


 ところで、なぜ1週間後なのかというと、潜入前に能力者の少年の特定をしておきたかったからである。

 異能力者協会過激派の連中が、いったいどの少年とコンタクトを取ろうとしているのか、よく分かりもしないで潜入したところでそれは無意味というもの。

 ある意味、こちらは待ち伏せするようなものなのだから、その少年が誰か明らかにしておく必要がある。

 なので、私達はその次の日から、少年の特定に乗り出した。


 キノの友人の情報によれば、その少年は、穢れで自我を失いつつある神獣を清めることが出来る程の、強力な浄化能力を持った異能力者だという話だった。

 だから、てっきり私は、狙われるくらいの能力を持つ彼は、その能力を悪用されない様にひた隠しにして生活しているのだとばかり信じ込んでいた。

 しかし、いざ捜索を始めてみると、ものの数日であっさりと彼を見つけることが出来た。だけど同時に、なんて危ういんだろうと思わざるを得なかった。

 なぜかというと、その少年の身体は、常に周囲の穢れを掻き消すような不思議な殻に包まれていたからである。

 どうやら彼は、自身の能力に無自覚なようで、それを制御する術を持たないようだった。


 キノの見立てでは、彼には師匠となるべき人物がおらず、異能力を制御する方法を誰からも学んでいないのだろうということだった。

 そうなると、必然的に彼は”異能力者協会に属していないフリーの異能力者”という扱いになる。フリーと言えば聞こえはいいが、それはつまるところ、彼には何の後ろ盾も無いということだ。

 故に、彼を使い捨ての道具にしたところで、協会内にそれを咎める人間は誰もいないと言い換えることだって出来る。

 だからこそ今回、彼は狙われてしまったのだ。 

 ちなみに、その少年の名前は月坂彌つきさかあまね

 彼は現在、17歳の高校2年生だった。


 それから数日間、私とキノは月坂彌に近づく人間はいないか交代で見張った。場合によっては、ここで過激派の協会員が現れて即終了なんて可能性もあるかもしれないと思っていたけど、さすがにそこまで都合よくはいかなかった。

 結局、その数日で分かったことと言えば、月坂彌にはプライベートで親しくする友人はいないかもしれないということだけだった。


 そして、私が外法による再生から目覚めて、1週間が経過した。


 現在、転校初日を終えた私は、教室の机に突っ伏していた。

 ……誰だよ「今時の高校生は、こっちから喋り掛けなければ、向こうからくることなんてない」とか言ってたの。って、キノか。

 全然そんなことないじゃん。

 休み時間になる度に誰か話し掛けてくるし、昼食の食パンを買いに購買へ行けば無遠慮な視線にさらされるしで、まったく落ち着く暇なんてなかった。

 まぁ、そんなことになった原因は、いつ目的が達成されてもいいように、両親の仕事の都合で期間限定で転校してきましたとかって設定にしたからだろう。

 お約束の「どこか来たの?」から始まり、「期間限定っていつまで?」とか、話を合わせるだけで精いっぱいだった。

 その上、監視対象の月坂君の動向を気にしてないといけないから、1日があっという間に終わった気がする。

 おかげで、ものすごい疲れた……。


 疲労の溜息を漏らしながら机に突っ伏していると、腕の隙間から、月坂君が立ち上がって教室の外へ向かう姿が目に入った。

 その姿勢のまま彼が教室を出るのを待ってから、私も教室を出る。途中、数人の女子グループに声を掛けられたけど、引っ越しの荷物が片付いてないからと適当な理由を付けてその場を後にした。


 校舎を出たところで、月坂君が同学年とみられる少年と親しげに会話しているところへ出くわした。

 ……いたんだ。友達。まぁ、私も人のこと言えないけど。

 率直にそんなことを思いつつ、不審に思われない程度にゆっくり歩いて彼等の近くを通り過ぎる。

 ――どうやら、会話の内容は大したことない、普通の内容だった。

 そのまま校門に向かって歩いていると、別れを言う声が聞こえて、月坂君と親しげに喋っていた少年が校庭の方へと走っていった。多分、部活動にでも所属しているのだろう。月坂君は友人を見送った後、私の後方を歩き始めた。

 その後もしばらく、私は月坂君の前方を歩きながら、彼に接触する人物がいないか様子を見た。そして、あらかじめ決めてあった分かれ道で、彼とは別の方向へ進んだ。

 これで私の役割は終了である。私の分担は学校内と通学路が重複する途中までの区間で、ここから先はキノの出番だ。

 キノも非常勤講師ということで高校内に入れるよう便宜は取り計らってあるらしいが、主な割り当ては高校外部での監視である。

 そんなわけで自分の役割を終えた私は、そのまま歩き去って、ある場所へと向かった。


 ――あれから1か月。そろそろ、やっておかねばならないことがあるのだ。


 30分後、私は河川敷にある道路脇の歩道を、寂れた祠に向かってゆっくりと歩いていた。

 川面を渡る風が堤防の上まで吹き抜け、胸のあたりまで伸びた私の黒髪と、制服のスカートをなびかせる。

 不意に、屍食鬼になる前、普通の人間として別の高校に通っていたころの事を思い出そうとしてみた。

 きっと、今日が転校初日で、久しぶりに学校という場所に行ったからそんな気分になったんだと思う。

 だけど、どれだけ思い出そうとしてみても、生きていた時の自分の名前なんて全く思い出せないし、一緒に住んでいたであろう家族の記憶も曖昧だった。

 そんなことを考えているうちに、私は三叉路脇にある寂れた祠の前に到着した。


「ただいま」


 寂れた祠に向かってそう言ってから、私は祠の前にある3段しかない石段に腰を下ろして、三叉路脇にある歩道をぼんやりと眺めた。

 1か月前、かつて死神だった時の私が、相棒のハチと一緒にそうしていたように。


「ほんと、久しぶりだな。もう1か月か……」


 ボロボロに炭化した左半身を再生させるために3週間寝ていたから、実際の体感は1週間のはずなのに、いざ石段に座って歩道を眺めてみると、本当に長いことこうしてなかったような気がする。

 離れていた時間を埋めるように、私は日没の時間になるまで石段に座ってぼんやりと空を眺めていた。

 もうしばらくこの気分に浸っていたい。そんなふうに思いながら、背後にある寂れた祠を眺めた時、どろりと纏わりつくような不快な気配を感じた。


 ――来た。


 石段からゆっくりと立ち上がった私は、ポケットにある黒柩こくきゅうを右手で掴んで、寂れた祠前にある空き地の一点を見つめた。


「ギギ……アガ……グガガ……」


 生き物の声の様にも聞こえるし、何かの機械音の様にも聞こえるその音の周辺に、黒と紫が混じったような濃い靄が集まり始める。

 不快な気配はどんどんと強まっていき、次第に小さな人影がその靄の中心に形作られた。


「やっぱり……勝手に住み着いてる。――なら、力ずくで祓われても仕方ないよね」


 その人影を前に、私は黒柩こくきゅうを棺桶大に展開して、下端にある持ち手を掴んだ。そして、黒柩の取っ手を握る手に力を込める。


 ――やっておかなければならない事。それは、主のいない間に入り込んだ不届き者の駆除である。

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