第5話 目覚め ②
「キノ。相手は神をも畏れぬ男だよ。かなり頭も切れるし、何より残忍でもある。そんなヤツ相手戦う私に、本気で協力する気なの?」
「もちろん」
問い掛けに即答するキノを見ながら、私は小さく息を吐きだした。
――どうやら私の決意は無駄だったらしい。
きっと彼には何を言っても無駄だろう。その目を見れば、心なんて読めなくたって分かる。キノは本気で私に協力する気でいる。
いったいなにがキノにそこまでさせるのだろう? ふと、なんとなく思ったことを問い掛けてみると、途端にキノの目が泳ぎ始めた。
「それは……ほら、厄介な悪霊退治の以来の時とか、よくハチさんと一緒に僕を助けてくれただろ。それに、僕は小さい時、ハチさんに命を助けらてるんだ」
なんだその取ってつけたような理由。今まで誤魔化すようなことは無かったくせに、ここで誤魔化すのか。
急に気まずそうな表情を浮かべるキノを見て、努めて無表情を保っていた私の目が、知らず半眼になった。
だけど、そのせいで不信感が増すとかそういう感じは全然しない。むしろ、毒気を抜かれた私は少し頬を緩ませた。
そして、すっと右手を出してキノと握手を交わす。
「……ありがとう。それと、疑ってごめん」
「気にしないでくれよ。僕は僕のしたいようにしただけだ」
どうしてキノは私にここまで優しくしてくれるのだろうか?
なんとなくその真意を聞いてみたい気もしたけど、さすがにこれ以上は私の気力が持ちそうになかった。
なにせ、私は今、自分自身の状態さえはっきり把握していないのだ。再生直後で弱っていることは間違いないだろうけど、その程度は謎である。
一つ言えるのは、たったこれだけの会話で酷く消耗するくらい、私は弱いということだ。
だから、キノが協力してくれると決まった途端、張り詰めていた糸が切れて私はその場にへたり込みそうになった。
あっと思った時には膝から力が抜け、視界が垂直落下を始める。
その瞬間、キノが握手していた手を引き寄せて私を支えた。
「まったく……本当は実体化したせいでものすごく弱ってるんだろ? 虚勢を張ってどうするんだよ」
「それに気付いたのはまさに今だったんだけど、もう遅かったみたい」
キノに全体重を預けながらそう言うと、彼は私をひょいと抱き上げた。
……いわゆるお姫様抱っこである。
「え? ちょっ、なにを……」
予想外の展開に硬直していると、そのままキノは私をベッドに座らせた。だけど、気が抜けて全身脱力状態の私に座位を保てる余力があるはずも無く、座った姿勢のまま横向きにベッドに倒れこんだ。
「座ってられないくらい弱ってたのか……。取り敢えず、今は休むことが先決だ。ゆっくり寝たらこれからの事を色々決めよう」
そう言うと、キノは私の返事も聞かずに部屋から出て行ってしまった。
……キノの奴、人をこれだけビックリさせておいて、ゆっくり休めも何もないでしょ。
再び1人室内に残された私は、内心でそう毒づいてみたものの、なかなか治まってくれない動悸を相手に悪戦苦闘する羽目になったのだった。
しばらくして、休めと言われたものの全く寝付けなかった私は、今の自分の状態をなるべく冷静に見つめ直すことにした。
そう、なるべく、冷静にである。
現在、私の身体は再生時間を大幅に短縮する為に、ある処置を施した後の状態で、死神と屍食鬼がごちゃ混ぜになったなんだかよくわからない存在と化している。
そのおかげで今こうして横になっているわけだが、体力気力が低下していることに加えて、いくつかの能力が使えない状態だ。
1つめは、死神だった時の唯一にして最強の能力、”青い浄化の焔”を発動できないことである。
これは、目覚めてすぐに
……ほんと、あれはいったい何だったんだろう。
次、2つ目。万能の死神道具である
私が持つ黒柩とは、思い描いた武具を具現化させたり、大事なものをしまっておいたりできるのだけど、その使用に膨大な呪力を必要とする。
だから、ちょっと呪力を練ろうとしただけであのざまだった私に、それを使えるとは到底思えない。
ただ、黒柩はそれ以外にも大きくなれと念じるだけで棺桶大に出来たり、祝詞を唱えれば死者の魂を彼岸へ転送してくれるという機能が備わっている。
こっちの機能は呪力を必要としないから多分使えるはず。
以上が現在の私の状態になるわけだけど、これは予想以上にひどい状態だと言わざるを得ない。
なぜなら、この2つが私の持つすべての能力だからである。
どちらも規格外のチート能力であっただけに、その2つが満足に使えない私は、かなりひいき目に見たところで、並みの異能力者を抜け出せないだろう。
……私、よくこんなんでキノに「
冷静に自分を見つめれば見つめる程、意気消沈していくことに気が付いたものの、それは既に後の祭り。いつの間にか私はベッドの中で両膝を抱えて寝っ転がっていた。
なんかね。もう、マジで凹んできた……。
結局、考えることをやめてベッドの中で腐っていると、私は知らないうちに眠りへと落ちていた。
※
目を覚ますと、室内は真っ暗だった。
どれくらい眠っていたのだろう。確か、寝る前は明るかったはずだから、今は最低でも夕方より遅い時間になっているはずだ。
枕元にあった黒柩を作務衣のポケットに突っ込んで、ゆっくりとベッドから起き上がりその部屋を出ると、扉の外にはやたら長い廊下と大きな中庭が広がっていた。
……え? ここってどこかの旅館とかなの? 勝手に出歩くとマズいヤツなのかな。
そんなふうに思いながら、思わず周囲をきょろきょろと見回してみる。
中庭に向けて大きな窓の付いた廊下は屋外からの明かりを取り込んでおり、その明るさから察するに、今は夕方もしくは早朝だと思われた。
私の出てきた部屋は中庭のすぐ隣にあるようで、奥へ続く廊下にはそれ以外にも何室かあるのが見える。
なんとなく人気は無いように感じるけど、旅館とかって部屋から1歩出たらそんなもんじゃないだろうか。
――って、そんなことよりも、私お金持ってない!
確かに、体を再生させる間、黒柩の保管をキノにお願いしたけど、どうしよう。これは最悪バイトして返すしか無いヤツだろうか……。
いったい何日分か分からないけど、なんてところで保管してたんだキノの奴。
こうなったら、協力するって言ったんだしキノにも半分払ってもらおう。そうしよう。
さっき休む前に感じたものとは全く違う種類の動悸を感じながら立ち尽くしていると、突然後ろから声が掛けられた。
「起きたみたいだね。体調は大丈夫――
「えっと、すいません。お金持ってないから部屋代はバイトして払います!」
咄嗟にそう言って振り返ると、そこにいたのは苦笑いを浮かべたキノだった。
「えっと、ここは一応、普通の民家なんだけど……」
「え?」
「大昔、爺さんの代のころは弟子がいっぱいいたらしいんだけどね。いまは、僕しか住んでないから、広すぎて困ってるんだ」
「なんて紛らわしい……焦って損した……」
その後もキノは、この廊下に先に何の部屋があるとか、二階への行き方はこうだとか説明していたみたいだったけど、ガックリうな垂れた今の私の耳には、どれも入ってくることは無かった。
……きっと今日は、ハチを攫われた日に次ぐ厄日だ。そうに違いない。
顔から火が出るとはまさにこのことなんだろう。一寝入りした分だけ記憶が整理されて、思い出すつもりも無いのに今日の出来事が次々と脳裏に浮かぶ。
今すぐ部屋に戻って布団の中に引きこもりたい。
真剣にそう思ったけれど、キノはそれを許す気はないようで、そこそこ体力だけが回復した私に鬼の様な一言を放つ。
「歩いて出てこれるくらい回復したみたいだし、リビングでこれからのことを決めよう。今は夕方の6時半だから、夕飯でも用意するよ」
……まだまだ、今日は終わりそうにないみたいだ。
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