第14話 ビデオレター
俺は何も出来なかった……今まで一緒に過ごした時間は無意味だったのだろうか?
苦しみながらも目を開ける。目の前に広がる白い天井。
病院に運ばれたのだろう。倒れたのだから当然だな。
「起きられたのですね。間に合って良かったですよ」
俺に話しかけたのは意外な相手、タマさんの弟子の田崎さんだった。
「田崎さん……タマさんは?」
俺はおそるおそる聞いた。
「目が覚めて早々で申し訳ないが、時間がないのでこの動画を見て欲しい」
田崎さんは俺の質問に答えず、パソコンを渡して動画を再生する。
一体どういう状況なんだ?
「バカモン! 私はビデオを撮れと言ったのだ! ほれっ、これくらいのサイズのカセットだよ!」
いきなりどアップで叫ぶタマさんが映る。
そして身振り手振りでカセットのサイズを表現している。
あぁ、そのサイズのカセットはVHSだっけ。じいちゃんの家にあったな……
「鈴木先生。今はSDカードと言いまして、このパッケージの写真の小さな板で録画出来るのですよ」
「知らんわ、そんな小型のフロッピーディスク!」
フロッピーディスク……名前は聞いたことあるけど現物は見た事ないな。
田崎さんと一緒の時のタマさんはいつも怒ってるな。
じゃれてる様で少し羨ましく感じる。
「鈴木先生、もう録画始まってますよ。SDカードの説明は後でします」
「早く言わんか! ふぅ、ヒロよ。この動画を見ているという事は、既に私はこの世にいないのだろう……ってのを言って見たかったのよ」
いつものタマさんだ。
タマさんと珠美の状況が気になるが、ひとまず動画に集中する事にした。
「どこから話せばよいのだろうか……珠美の事からが良いだろうな。私が珠美の病気を知った理由だよ。既に知っているかも知れないが私は脳の病に詳しくてな。珠美を観察して脳卒中の兆候が見えて確認したのが理由さ。私も名の通った医師だったのだけどね……珠美の病気を直す事は出来なかった」
かすかに記憶に残っている……ニュースで脳外科の世界的権威て言われてたな。
これがタマさんが珠美の病気を知った理由か。
「脳卒中であれば早期発見で助けられた。だが珠美は不治の奇病だった。脳が暴走して死に至る病。止めるには大部分の脳を切除する事になる。植物状態は避けられない。珠美を救うには切除した分、別の脳を移植するしかないと判断したのだよ。早く脳を切除しないと暴走して死に至る、だが移植は切除と同時に行わないと成功しない。でも都合良く人の脳なんて手に入らない。だから私の脳を移植する事に決めたのさ」
タマさんの脳を移植……そんな事したらタマさんが死んでしまうだろ?
どうしてそこまで出来る? タマさんがそこまでする必要ないだろ!
「私が死んでも嘆く事はないさ。元々自殺する予定だったからねぇ。ヒロや珠美と出会ってなければ死んでいた。捨てた命で申し訳ないけど、珠美にプレゼントさせてもらうさ」
タマさんが自殺? どうして? そんな素振り見せた事ないだろ?
捨てた命ってなんだよ!
「年寄りの脳で不安かもしれないけど十分もつはずさ。ヒロと珠美が結婚して、子供が生まれて、中年になって夫婦喧嘩が絶えなくなる頃まではね。ほれっ、笑っておるか? 今のは笑うとこだぞ」
笑えるかよ……タマさんがいなくなって喜べる訳ないだろ!
画面の中の陽気な姿のタマさんを見るのが辛い。
「これから死ぬ事に後悔はない。だけど、ひとつだけ……ひとつだけ……」
タマさんが急に暗くなる。ひとつだけ?
『なぁヒロや。どうして私を頼ってくれなかった』
その言葉に倒れた時以上の衝撃を受ける。
辛さに胸が締め付けられる。
「ネットで呼びかけた知らない誰かではなく、私を頼って欲しかった。知らない誰かに傷つけられるヒロを見るのが辛かった。救いが無いと嘆くヒロを止めたかった。それなのに……どうして他人を頼った! ヒロを助けたいと願う私がここにいるのに!!」
「鈴木先生! ここまでにしましょう」
泣き叫ぶタマさんを田崎さんが止めて動画は終了した。
もう何も見えない。それほどに涙が止まらない。
これが俺とタマさんの最後なのか……最後に会った時を思い出す。
『気持ち悪いんだよ!』
それがタマさんに言った最後の言葉となってしまった。
俺は何であの時、素直に嬉しいと言えなかったんだ?
どうして助けて欲しいと言わなかったんだ!!
「俺はタマさんを何も理解していなかった。俺は何も出来なかった……」
「それは違いますよ。斉藤君はとっくに成し遂げていたのですよ。鈴木先生に生きる希望を与え、小鳥遊さんの運命を変えたのです」
嘆き呟いた俺の言葉を田崎さんが否定した。
俺がタマさんに生きる希望を与えて、珠美の運命を変えた?
こんな俺が?
「俺がタマさんに生きる希望を与えた?」
「そうですよ。だから私は斉藤君の事が憎たらしいと常々思ってましたよ」
「俺は田崎さんにそんなに嫌われてたのか……」
田崎さんの突然の告白に驚く。
まさか面と向かって憎たらしいと言われるとはね。
まぁ、こんな俺じゃ仕方がないか……
「そうですよ。10才の年の差を理由に私を受け入れてくれなかった鈴木先生が、50才以上年下の君に夢中だったのだよ。私のプライドはズタズタさ」
「それなら嫌われても仕方ないな」
田崎さんが俺を嫌う理由が想定外すぎて驚く。
そうか……田崎さんもタマさんが好きだったのだな。
恋敵なら憎まれても仕方がない。
「それではお別れです。もう会う事はないですけどお元気で」
「お別れ? もう会う事はない?」
「これから殺人で逮捕される予定なのでね」
田崎さんが世間話でもするかの様に軽く言った。
殺人? 田崎さんが?
タマさんが望んだ事でも、命を奪った事には変わりないからか?
田崎さんだって珠美を救ってくれた恩人なんだろ?
それなのに……
「そんな……」
「斉藤君が気にかける事はない。人生を棒に振ってでも鈴木先生に尽くした証が欲しかっただけです。小さい男のプライドですよ」
そこまで大人の男性に言われて、言い返せる言葉はない。
「ありがとうございます」
俺は素直に感謝を伝えた……タマさんに伝えられなかった分も含めて。
そして田崎さんは無言で手を振って病室を去っていった。
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