第13話 突然の別れ

(注)ここから悲しい話になります。苦手な方はご注意願います。


 バレンタインデーの翌日、珠美は学校に登校しなかった。

 昨日の状況を考えれば、ただの欠席とは考えられない。

 事情を知りたい俺と賢治は、沙織に話を聞く事にした。


「沙織! 教えてくれ? 珠美はどうした?」

「僕からも頼むよ。どう考えても普通じゃないよね?」

「それは言えないわ……」


 俺と賢治に詰め寄られても沙織は教えてくれない。

 沙織が言えないって時点で、珠美の身に何か起きたのは確実だ。

 何かを隠している事を事前に知っていた俺は冷静でいられたが、事情を知らない賢治が興奮気味に沙織を問いつめる。


「どうして言えないの? 納得する理由を言ってくれないか!」

「珠美とはもう会えなくなるの……だから」

「どうして会えなくなる? 嘘をつくな! 世界の何処に行っても、会おうと思えば会いに行けるだろ!!」

「嘘なんて……」

「だったら何で会えなくなる? 理由をーー」


 俺は二人の間に入り、賢治の話を遮った。

 賢治と沙織の仲が悪くなったら困るしな。


「落ち着け賢治。頼むよ沙織。何を聞いても俺は受け入れる。だから教えてくれないか?」

「ヒロは……何を聞きたいの?」

「タマさんに聞いた。珠美は俺達に隠している事があるんだろ?」


 俺の指摘に沙織が固まる。

 やはり隠している事があったのか。

 そして、沙織とタマさんの二人は知っていた。


「病気なの……」


 一呼吸置いた後、沙織が重い口を開いた。

 病気だって? あの元気な珠美が?


「病気で会えなくなるって……命に関わる病気なのか?」

「死なないわ。でも……もう、動く事は出来なくなる。話す事すらね……」


 俺たちは沙織から珠美の病気について聞き出した。


狂乱の踊り子フレンジー・ダンサー


 脳の運動機能が暴走して、死ぬまで暴れ続ける奇病。

 暴れる姿が踊り狂う様に見えるから付けられた病名。

 治療法はなく、命を救うには脳の運動機能を司る部分を切除する必要がある。

 つまり、植物状態になるという事だ……

 珠美が転校して来たのは、この病気が原因だった。

 不測の事態が起きても、事情を知っている親戚の沙織が側にいれば安全だから。

 今までの不可解な行動と言動の理由は病気が原因だったのだな。

 珠美の病気を知ったと同時に、俺は珠美の切実な願いを理解した。


「運命なんてないよ!!」

「それは違うよっ。自由を願ったんだよ!」


 不治の病なんて『運命』なんかで、人生を妨害されたくなかったんだな。

 だったら俺だって運命に抗ってみせる!!

 俺と賢治は適当に理由をつけて早退した。珠美の病気を直す方法を調べる為だ。

 賢治に書店の医療コーナーの調査を任せて、俺はダメもとでWEB検索で調べる。

 脳や神経の病気の情報は出てくるが、決定的な治療法は見つからない。

 WEBで分かる情報なんてこんなものか。

 それでも出来るだけの事はやっておきたい。SNSで情報を発信しておこう。

 治療法が見つかっても、お金が足りなくなる可能性がある。

 ついでにクラウドファンディングを立ち上げた。

 クラウドファンディングでお金を集めて、アメリカで手術して助かった話をニュースで見た事があるからな。

 余った時間はバイトで少しでもお金を稼いでおくとするか。


 *


 珠美の病気を知って数日、俺と賢治は両親の反対を押し切って、学校に行かず治療法について調べ続けていた。

 そんな俺たちを止める為に、沙織がタマさんを連れてきた。

 玄関で数日ぶりにタマさんと会う。

 タマさんは出会って直ぐに俺を止めようとした。

 大人のタマさんが、普通の高校生の俺が努力しても無駄だと思うのは当然の事かな。

 それでも俺は珠美の為に何かしてやりたいんだ。


「ヒロよ。無理をするでない。このままではーー」

「邪魔しないでくれ! 俺には時間がないんだ!」

「医療の専門家でも治療は無理なんだ。これ以上、無駄な努力でーー」

「無駄じゃない、絶対に俺達が珠美を救うんだ!」


 タマさんが本気で心配してくれている事は分かっている。

 それでも止まる事は出来ない。


「ヒロよ……アンタそこまで珠美の事を……」

「大切に決まってんだろ! 時間がないから帰ってくれ!!」


 大切に決まってんだろ……そうだよ、珠美は大切なんだよ。

 いまさら正直に言っても、珠美本人がいなきゃ意味がねぇ。

 俺は……一度も好きだって言えていないんだよ……

 タマさんの前で言ったところで虚しさが募るだけだ。


「分かったよ。最後に一言だけ……」


 そう言ってタマさんが俺に近づいた。

 そして俺を抱きしめてーー


「幸せになりな」

「気持ち悪いんだよ!」


 一瞬の硬直の後、俺はタマさんを突き飛ばした。

 本当は嬉しかった。

 タマさんから伝わる温もりに優しさを感じた。

 だから、許せなかった。

 珠美が苦しんでるのに、自分だけ安堵している事が。


「ヒロ! タマさん大丈夫?!」


 沙織がヨロケたタマさんを支えた。

 心配が全くない訳ではないが、沙織に任せておけば大丈夫だろう。

 俺は振り返らず家に入り、再び自室で調査を再開した。

 だが、パソコンとスマホの画面に映るのは、治療の手がかり希望ではなく罵詈雑言の嵐。


 『狂乱の踊り子フレンジー・ダンサー? 何それ? 聞いたことない』

 『金儲け乙!!』

 『中二病? 自分で考えた格好いい病名ってやつ?』

 『病気をだしにして、お金儲けしないで下さい』

 『病気だっていうなら、証拠に写真見せてみろよ』


 誰も信じてくれない。

 病気の証拠なんて何もない。

 無名の俺の言葉なんて誰にも届きはしない。

 それでも諦められるかよ……誰に理解されなくても……俺は!


 *


 タマさんと沙織を追い払ってから2日。

 未だに手がかりは見つからない。

 俺はふらつきながら居間にあるテレビの前に向かう。

 自分の足取りの不確かさを感じて思う。

 珠美はこんな状態で俺たちと一緒に過ごしていたのかと……

 そして、いつものニュースを見る。

 何処に治療のヒントがあるか分からないからな。

 そして、画面を見て動揺する。

 見慣れた人の顔が映っていたからだ。


『昨年一線を退いた脳外科の世界的権威、鈴木タマさんが亡くなられました。死因はーー』


 ガンッ!


 背後で大きな音がした。

 後頭部に感じる激しい痛み……そうか、俺が倒れた音か……

 どうしてなんだ? 何が起きた?

 連日の疲労も、頭部の痛みも耐えられる。

 だけど、タマさんを失った心の痛みに耐えられない。

 俺はあっさり意識を手放したーー

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