第2話 陽光浴びる芽
アルタイルへ入隊したカイトスは、日々新しい仕事に勤しんだ。
周りと溶け込む事こそ上手くはいかなかったが、その技量を認められ、入隊から数年で剣を取る事を許されたのだった。
国の中央からやや西側に位置するアルタイルの砦。
隊長を筆頭に複数の中隊が作られ、さらにその下に十人前後の小隊が組まれていた。
十代後半になったカイトスは、剣の稽古を怠らず、人との衝突は避けてきていたが、周囲の巡回という平凡な仕事に少々飽いていた。
巡回するのは主に砦や村の周りだ。
現れる魔物を排除したり、怪しい人物がいないか警戒しているのだが、たいして苦労するするものではない。
戦は近いとの噂もあるが、カイトスには実感がわかなかった。
それよりも隊員として距離を保つのに苦戦していた。
今日もまた一人わざと時間をずらして入浴していたのだが、予想外の侵入者に飛び上がりそうになった。
「あーやれやれ。すっかり遅くなっちまったなー……お?」
聞こえてきた能天気な声はカイトスの一番関わりたくない人物のものだった。
髪を洗い流していたため反応が遅れたが、とっさに背中を庇って侵入者の方を向いた。
「なんだ、おまえもいたのか。確か、カイトス……だったっけな」
はねが目立つ茶髪に少年のような緑色の瞳。
常に笑顔しか見る事のない同じ小隊の一人だった。
「なかなか話す機会もなかったな。隣いいか?」
あくまでも笑顔を絶やさない男にカイトスは苛立ち、睨み付けるように言った。
「見たな……?」
「いつもこの時間に入ってんのか?見かけないからさ〜」
「見たんだろう……!?」
遠慮なく隣で桶の湯をかけ始めた男は、カイトスの気迫に怖気付く事なく目を瞬かせた。
「……誰にも言うな」
背中の火傷の跡は成長した今でもはっきり残っていた。
孤児院では散々からかわれたものだ。けして人に見せたいものではない。
時間をずらしていたのは人との接触を避けるのはもちろんの事、背中を見られたくなかったからだ。
傷を負った時の事は覚えていないが、孤児院での出来事がカイトスを苛ませていた。
「聞いているのか」
「……なんのために?」
「は?」
「俺はなんのためにおまえの背中の話を誰かにしなきゃならないんだ?」
見られた怒りで詰め寄ったものの、男の静かな問いに勢いを失った。
それどころか何故言いふらされると思ったのかさえわからなくなった。
相手はいい大人なのだ。そんな話をして面白がるような年ではない。
そこまで理解してカイトスは段々と自分が馬鹿らしく思えてきた。
「人にも色々あるさ。突っ込んだりほじくったりするもんじゃねぇだろ」
もっともらしい事を言われて居心地が悪くなったカイトスは、早々に風呂場を立ち去る事にした。
*
あれからカイトスは共同風呂場で遭遇した男を観察していたのだが、当然の事ながら噂は立たなかった。
むしろ向こうの方から何かと構ってくるようになったのである。
「よぉ、カイトス。元気でやってるか?」
「一緒に飯食おうぜ」
「剣の稽古に付き合ってくんねーか?」
何を言われても極力無視していたのだが、とうとう耐えられなくなったカイトスは反論した。
「いい加減にしろ。何なんだあんたは」
すると相手は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みで身を乗り出した。
「俺はイルバだ。イズールドのイルバ」
「そんな事を聞いてるんじゃない」
「まぁそんな怒るな。せっかく知り合ったんだから仲良くしたいじゃないか」
さりげなく肩に乗せられようとしていた腕に気づいて振り払う。
「稽古なら他のやつに頼めばいいだろう。あんたになら誰だって付き合うだろ」
イルバに人望があるのは知っていた。その内小隊長にでも選出されるのではないかと思うほどに。
だからこそそう言ったのだが、この男は違う解釈をしたらしい。
「たまにはさ〜おまえとも手合わせしてみたいんだよ、なぁ?」
懇願するように顔をのぞき込まれて、遠慮なく睨み返す。
「何故そんなに付きまとう。迷惑だ」
はっきり言ってしまってから、はっとした。
少年のような瞳が怒られてしゅんとしていた。その表情に何故か罪悪感を覚える。
「仲良くなるのは迷惑か。……そうか。悪かったな」
世にも情けない顔になったイルバは、そのままとぼとぼと踵を返した。
肩を落として歩く様は見るに堪えない。
「……別に」
思わず呟いてしまった声にその背中が振り返る。
「別に一度くらいなら……構わない」
するとイルバに太陽が顔を出したかのような笑顔が広がった。
「ホントか!?ホントだな!?よっしゃー!!じゃ、準備してくるからな!」
先程とは打って変わり、騒がしく離れていく背中をため息と共に見送る。
そこでふと、カイトスは他人とまともな「会話」ができていた事に気づいた。
*
「届け、
イルバが金色の剣を一振りすると、魔物は呆気なく息絶えた。
トラク町に近い林の中を巡回していた二人は、時折現れる魔物を排除するだけの任務に就いていた。
カイトスは何故この男と組まねばならないのか不満だった。しかし上官の命令に従わないわけにはいかない。
二人一組のこの仕事は、誰と組まされても文句は言えないのだ。
「あんたのそのかけ声……何なんだ?」
「ん?これか。なんかこの方が気合い入るような感じがしてよ〜」
そしてイルバは自身の武器を眺めた。
「前から思ってたが……変わった武器だな」
「あぁ。
「しんき……?」
「俺も人から聞いた話だから詳しくはわかんねぇが……」
そこまで話したところで、思わぬ闖入者が現れた。
とても小さなそれは、なぜかカイトスの足元に寄ってきた。背中に冷たい汗が流れ、総毛立つのを感じる。
「おー!わんこだぁ」
硬直したカイトスとは違い、しゃがみ込んだイルバは子犬に向かってこっち来いと手招きした。
抱き上げると子供のような笑顔でずかずかとカイトスに近付いてくる。
「なんでこんな所にいるんだろうな?首輪が付いてるから迷い犬かな?町で聞いてみるか」
「来るな」
拒絶されてイルバはきょとんとした。
「なんだよ……こんなに可愛いじゃねぇか」
「よせ、寄るな」
よくよく見るとカイトスの顔は蒼白だ。腰が引けて今にでも逃げ出しそうである。
「……もしかして、おまえ……犬が怖いのか?」
「怖いわけじゃない!」
「だってそんなに」
「近づかれるのが嫌なだけだ!さっさとどっかに連れて行け!」
子犬を抱いたまま、イルバは豪快に笑った。
「そうか!おまえにも怖いものがあったのか!」
「だから違うと言ってるだろ!!」
人には知られないようにしてきたが、幼少の頃の野良犬騒動の時から犬は視界にも入れたくないのだ。
それは容姿が似ている魔物はもちろんの事、シリウスの大犬の紋章も見たくないほどだ。
この男はそんな事も知らず愉快に笑っているが、前回の風呂場の件もあって広める事はないだろうと考えていた。
つまりは油断していたのである。
その希望は見事に打ち消された。
帰還してから、イルバはこの出来事をすぐさま砦内に広げた。
噂を聞きつけた隊員たちは口々に言う。
「可愛い所もあるじゃねぇか」
「おまえも人の子だったんだな」
イルバは仲間と打ち解けるきっかけを作ろうとしただけなのだ。
実際上手くいったようだったが、そんな事は今のカイトスには知るよしもなかった。
それからしばらくの間、イルバを無視していた事は言わずもがなである。
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