中途半端な関係性は軽率にリセットできるけど、腐れ縁はなかなか切れるもんじゃない
「頑張ってももう仕方ない」から、「頑張りたいけど、まだどうしても怖い」になったのは大きな進歩だろう。大助のおかげで、あともうひと押しのところまできている。
「春風さんさ、スマホの電源切ってるよね」
ぼくは彼女の親友から託された秘策を、今使うことにした。
「あ、うん。メッセージを見るのが怖くて……」
「多分、つけたほうがいいと思うよ」
血行が良くなったせいでムズムズする鼻を掻きながら、ぼくはそう勧めた。
「クラスのグループチャットの通知、324件……?なに、これ……」
電源がついた瞬間、春風さんは唖然としたようにつぶやいた。
春風さんが、グループ内でどんな会話をしていたかを確認すべく、深呼吸をして画面をタップした。ぼくも自分のスマホで同じグループチャットを開く。そこに表示されたのは……
『私達、劇のこと春風さんに頼りすぎちゃってた、ごめん』
『俺も春風さんと同じだ!将来はニートになりたいけど周りにはプロ野球選手になりたいって嘘ついてる!』
『春風さんとおまえを一緒にするなハゲ』
『坊主はハゲじゃねえよ!』
『嘘ついてたことなんて、全然気にする必要なんてない。だって本当の夢を周り言うのって、怖いもん』
『私も自分の夢、親にも誰にも言えてない』
『劇、どうなるかわからんけど、でも成功させられるようにわたしたちも頑張るから』
『休んでからも、ちゃんと春風さんに指摘されたこと意識して、劇の練習続けてるよ。うまくなった自信あるから、早く見てまた指導してほしい。甘口で!』
『自信があるなら辛口にしろこのチキン野郎』
『野郎じゃないもん』
そんな内容のメッセージが、ずらーっと並んでいた。
いずれの内容も、早く戻ってきてほしいだとか。怪我のことも、嘘のことも気にしなくていいだとか。劇を絶対成功させようだとか。そういうものばかりだ。
「西宮くんたちが、みんなに頼んでくれたの?」
驚いて固まっていた春風さんが再起動した。
「いや、この流れを作ったのはぼくでも佐藤くんでもないよ。履歴をさかのぼれば分かると思う」
大助がそう言うと、春風が画面を人差し指でスクロールしていく。そして、ついにこんな流れになった原因である発言を見つけた。それは七瀬から、クラスメイトへのメッセージだった。
クラスメイトの前で空気をぶち壊したことへの謝罪から始まって、学校では隠してたけど春風とは小さい頃からの付き合いだということ。自分の頭のことを隠すためにクラスメイトを避けてたこと。本当の夢などはぼかしてはあるものの、春風さんが女優になりたいと嘘をついていたのには深い理由があって、騙す気はなかったこととか。全部が赤裸々に書かれていた。
そしてその上で、
『渚は、自分なんかとか、嘘ついて怪我までしてクラスのみんなに合わせる顔がとか。そういうくらだらないとこをうじうじ勝手に考えて学校を休んでるんだと思います。だから、みんなが渚に対して本当はどう思っているのか、ちゃんと伝えてあげてくれませんか』
と、七瀬が書いた文章とは思えない丁寧な文章でクラスのみんなへとお願いがされていた。
「七瀬がそのメッセージを最初に乗っけてさ。そしたらあとは勝手にこうなってったんだよ」
七瀬を説得にいった際、最後に彼女から頼まれたのは自分のメッセージに反応をしてくれということだった。
なので意図的に流れを作ろうとしたのは確かだ。小川さん、大助、あと影響力が強そうな金髪イケメンにも反応してくれるように頼んだ。だけどほかのクラスメイトにはなんの声掛けもしていないし。ぼくらの工作なんてたかだか三百二十四分の五に過ぎないのだ。
つまりこれらの温かいメッセージは間違いなく、今でも春風さんがクラスのみんなから好かれているという証明に他ならないのだ。
「七瀬のやつが、どうせ春風さんが学校に行きたくなっても、クラスのみんなに合わせる顔が~とか、自分には劇に参加する資格なんて~とか、どうでもいいことでうじうじ悩むだろうからってさ。春風さんは自分がどれだけ人気者で、好かれてるか自覚がないからって。ホント、親友って怖いよ。全部ドンピシャで当たってるんだもんな」
「ぼたん……」
つぶやく春風さんは、嬉しそうな悲しそうな。そんな色んな感情が一緒くたになったような複雑な表情を浮かべた。
「……春風さん。もしこれを見てもまだクラスのみんなが。なんてまだ言うならぼくは君を軽蔑する」
大助が春風さんの目を見て、そう言い放つ。
「そんなの、そんなの思うわけないよっ」
それに対して春風さんは目に涙を貯めて、震える声で叫んだ。
「私、ぼたんにひどいことしちゃったのに……」
ぽつりと、春風さんはスマホの画面を見つめてこぼした。
「七瀬の頭のこと。小さい時から、ずっと隠したがってたことだったの。なのに図星をつかれて逆ギレして。そのせいで秘密をバラしちゃって。なのに……」
彼女の瞳に留まって居られなくなった涙が次々に線を引いて画面へとこぼれ落ちて、文字をにじませた。
「あいつ……七瀬さ。春風さんのこと、親友って言うんだよな」
ぼくがそう言うと、七瀬さんが「え?」とこちらを見上げた。
明らかに誰かを友達だとか、ましてや親友なんて言うようなタイプじゃない七瀬が、春風さんのことだけは最初から、そしてついには喧嘩したあとまで変わらず親友と評していた。
「多分、薄っぺらな表面だけの関係だったら苦労なんてしないんだ。なにか気に食わないことがあったら、仲良かったのが嘘みたいに二度と関わらないではい終わりってなって。でも本当の親友っていうやつは、どんなに喧嘩しても、それまでの関係が無かったことになんてならないんじゃないかな」
少なくともぼくが見た二人からは、関係をなかったことにしたいだなんて気持ちは微塵も感じられなかったと思う。
「ぼくも、友達が多くないからよくわからないけど……。それが春風さんにとって本当に大切な友達なら、仲直りもしようとせず諦めるなんて間違ってるよ」
大助がぼくに続くようにそう言った。
「ぼたんはわたしのために、秘密を知られて自分を辛いはずなのに、わたしが勇気を出せる手助けをしてくれてて。クラスのみんなはこんなに優しい言葉をかけてくれて。なのに、勝手に嫌われたんだって決めつけて、勝手に独りで落ち込んでただけの自分が、情けなくてしょうがない」
春風さんは乱暴に涙をゴシゴシと拭いて、充血した目でぼくらを見た。
「まだわたしを見放さないでくれるクラスのみんなの想いに、ちゃんと答えたい。それに、ぼたんはクラスのみんなから逃げずに向き合ったんだもん。わたしもちゃんと向き合いたい。だって、親友とは対等でいたいから。わたしだけ逃げるなんて、そんなの嫌だ」
春風さんは、キリッと睨むようにぼくらを見て、告げた。太ももに載せられた手ももう震えてはいない。彼女の決意の固さを表すように、強く握りしめられていた。
「ぼくたちは今日、劇を成功させるために春風さんに頼みたいことがあって来たんだ。話を聴いてくれるかな」
「なんでも言って。この足でもまだできることがあるなら、どんなことだってやるから」
大助の問いかけに、春風さんは悩む素振りもなく、力強く即答した。
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