男の娘という概念にクラスメイトの性癖が歪みませんようにとぼくは祈った
「えー、春風の代役について佐藤からみんなに提案があるようでーす。ていうかなんで俺が司会やらされてんの?リーダーおまえなんだから自分でやればいいだろ……」
次の日の朝、神楽坂先生からホームルームの時間をもらって春風さんの代役を決めることにした。現在教卓の前で、金髪イケメンがその進行をしている。
こういうのは名ばかりの雑用係より、クラスの中心にいるやつが進行した方がみんなまとまってくれるのだ。
ぼくは文句ありげな表情をしている金髪イケメンの隣まで歩いていく。
「知ってのとおり、春風さんは足を怪我しているので代役を立てないといけません。ということで、一応聞くけど春風さんの代役やってもいいよーって人」
そうクラスに問いかけるも、案の定誰も手をあげない。やりたくないやつは手をあげろとややこしいことを言って嫌がらせしてやろうかとも思ったが自重した。
なぜならみんな手をあげないことに申し訳なさそうな、しみったれた顔をしていたからだ。
まあ仕方ないことではある。実際残り時間が少なすぎて、練習なんてろくにできたもんじゃないのも事実なのだから。
「えー、こうなったのは最初からもしもの時のための代役を用意できなかったリーダーであるぼくのミスですすいません」
ぺこりと頭を下げて、「ですが」と話を続ける。
「そんなみんなに朗報です。実は先日、西宮大助君からぜひ自分が代役にと立候補の申し出がありました」
と告げると、途端にクラスの視線が大助の席に集中した。が、そこに大助の姿はない。クラスが挙手を求めた時とは打って変わってざわつき始める。
「あー、男でやって、ウケを狙いに行くってこと?」
「ていうか、西宮本人はどこ行ったわけ?」
「つーかウケ狙って滑ったらそれこそ大事故になるくね?」
などなど憶測が飛びはじめたところでぼくはわざとらしく盛大に咳払いをした。
みんなが静かになるのに3分かかりました。とか言う先生ってこんな気持なんだろうな。
「ちなみに、ウケを狙うつもりとかは一切なく。クソ真面目な代役候補です。まあ、実際に見たほうが早いか……。じゃあ入ってきてくれー」
ぼくが廊下に向けてそう合図すると、ガラガラと勢いよくドアが開いた。そこから入ってきたのは……
「え、だれ……?」
「うわ、かっわい……」
教室に入ってきた謎の美少女の存在に、クラスメイトの視線が釘付けになった。ぼくの隣まできた美少女が、口を開く。
「あの、この度春風さんの代役に立候補した大助です、はい」
その美少女から出た明らかに男の声に、クラスが一瞬静寂につつまれて……
「えー!?」「嘘だ!」
「男?でもそれを知ってもなお、俺の胸はこんなにときめいて……これが、恋?」
そして爆発した。いや、みんなの気持ちは痛いほどわかるよ。ホント化粧ってすごい。願わくば大助の女装でクラスの男子ならびに女子達の性癖が歪まないことを祈りたい。
ぼくが七瀬にメイクしてほしい奴というのは大助のことだったのだ。
七瀬は大助に対して「特徴がなくて、変な癖がない顔っていうのは、化粧で化けやすいのよ」とかなんとか言っていたが、さすがに限度ってものがあると思う。
「で、今回この化粧を担当したのはあちらの七瀬さんになります」
紹介されるとは思っていなかったのか、ぼくがそう手を向けると七瀬は嫌そうに口元を歪めた。
「いくら!?いくら払えばいいの?私をあのレベルにっ」
「わたしにもその秘術をお教えください七瀬様!」
一斉に、一部の高校生ながら化粧をかじっている、ませた女子生徒たちが目を血走らせて七瀬へと詰め寄った。いや、こわいこわい。女子の向上心っておそろしい。
「その、引いたりしないの?みんな見たんでしょ?私の頭を……」
怒涛の勢いで詰め寄る女子たちの群れにタジタジになった七瀬がそう尋ねる。
「は?七瀬さんなに言ってんの?女が綺麗になりたくてなんかするのって当たり前でしょ」「本能本能」「わたしとか今日バリバリ化粧してるし」「だってエクステみたいなもんじゃないの? わたしも前髪薄いからつけてるし」「わたしもすっぴんとの落差ひどすぎて彼氏に振られたし。あいつ許さねえ。かわいさの最低値じゃなくて最大値を見ろよ」「それな!」
七瀬は口をあけて呆然と女子たちの話を聴いていた。彼女にとっては、自分のこの頭を受け入れてくれる人も居るんだろうけど、それは少数派なんだという意識がまだ頭の片隅にあったんだと思う。そのイメージと実際のクラスメイト達の反応のギャップに戸惑っているようだった。
「……えっと。次、西宮をメイクする時見ててくれれば色々教えられるかも。メイク、頼んでくれればやらないこともないし」
普段の十倍はか細い声で、七瀬は女子たちにデレた。彼女なりにクラスメイトと向き合おうとした努力した結果がこの反応らしい。なんというか、借りてきた猫感がすごい。
彼女がクラスで馴染み、学校でもあの高圧的な態度で毒を吐く日も来るのだろうか。その光景をぼくは見れそうにないので、ちょっぴり残念に思う。
「えーっと、話続けても良い?」
いくら待っても女子たちのわちゃわちゃ話が終わる兆しが見えそうになかったので、ぼくは口を挟む。
「あははは」とか「すいませーん」とか言って我に返った女子たちが自分の席に戻っていく。
「代役の容姿については大変好評でなによりですが、彼には一つ欠点があります」
ぼくはそう言って、大助の方に視線を送った。
「えっと、ぼく、セリフも演技も全部覚えてるんだけど、セリフが絶望的に棒読みになっちゃうんだ」
「えー、でもまあしょうがないんじゃねーの?」
「覚えてるだけでもまだマシだろ……」
大助がそう申し訳無さそうに告げても、依然として代役をすることに肯定的な意見が多かった。他にできる人、やりたがる人がいないというのはあるけど……。なによりクラスメイトとまったく絡みのなかった大助が、この文化祭準備期間で随分クラスに溶け込んだというのも大きいのだと思う。
「そこで春風さんに、大助の動きに声を当ててもらって、二人一役で主役を演じてもらおうと思うんだけど、どうだろう?」
ぼくがそう告げると、クラスはその言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、すこし静かになった。
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