それはおよそ女子高生の放つ威圧感ではなかった

 朝、登校して下駄箱を開けると、ハラリと紙切れが落ちてきた。そこには『放課後、化学室前』とだけ書いてある。差出人の記載はどこにもなかった。


 大助……ではなさそうだ。あいつだったら別に直接言えばいい話だし。そうなると誰がこんなものを入れたのか、まるで検討がつかなかった。


とりあえず告白、という可能性も考慮して心を舞い上がらせながら、ぼくは言われた通り放課後、化学室へと向かった。


 そこには今回の文化祭で衣装係の責任者となった被服部の七瀬さんがいた。


 なんだろう。特にフラグは……いや待てよ。もしかしたら、昨日自らリーダーを買って出た行動力が評価されたのか?衣装責任者に任命されたのが彼女にとっては嬉しくて、好きっ!となった可能性もある!


「あ、このメモ机の中に入れたのって七瀬さんで合って……」


 ドンと彼女の手がぼくの耳をかすめて、壁に叩きつけられた。


「私ね、学園生活は完全に捨ててるの。目立たないようにしてたのに、よくも余計なことしてくれたわね」


 おとなしいと思っていた女の子に、壁ドンされながらドスの効いた声でそう言われて思考停止したぼくの頭には「なんかキャラ違くね?」とか。壁ドンで前屈みぎみになった彼女の制服の隙間を覗いて「こいつ胸ちっさいなぁー、あっ、鎖骨の上にほくろある」とか。そんなどーでもいい感想がぷかぷかと浮かんでいた。


「いや、でも七瀬さんも、了承してたしいいのかなーって」

「あのみんなのいけるじゃんみたいな雰囲気の中で断れるわけないでしょ常識的に考えて。悪目立ちするじゃない」

「じゃあ今からでも無理ですって言えば」「今更断っても目立つでしょ」

「あの、さっきからなんで七瀬さんはそこまで目立つのを嫌がるん「あんたからの質問は許可してない」

「ええ……」


 少しは言葉を最後まで言い切らせてくれたっていいじゃないか。


「反抗的でも反感を買うし、好意的にしてもめんどくさい。だからね、わたしは今まで空気になってきたの」

「はぁ」

「返事もしなくていい。なんなら息もするな」


 話に相槌を打ったらそう言われた。死にますが。


「そしてなによりあんた、劇の主役に渚を指名して、どうにかしようとでも思ってるわけ?」


 さっき言われたとおり、ぼくは沈黙した。


「質問に答えなさい」


 しかし胸ぐらをぐいっと掴まれた。


「いやさっき自分でしゃべるなって」「口答えは許可してない」


 ぼくが三十年生きてきた中で、社会に出てからを勘定に入れても、果たしてこんなに理不尽な仕打ちは受けたことがあっだろうか。


 確か、渚というのは春風さんの下の名前だ。なぜここで春風さんの話になるのか。というかそもそもなぜぼくは壁ドンされてるんだ。もう今の状況のなにもかもわけがわからない。


「別に、みんなの前で言った通り、春風さんが演劇部だからってだけだ。というか、七瀬さんって春風さんと仲良くしてるイメージないけどなんでそんなことを気にするんだ」

「渚と私は親友だから」


 ぼくが質問に答えたからか、彼女はぼくの疑問にも答えてくれた。


 しかし、あの春風さのことに関してはウィキペディア並に詳しい大助からもそんな情報は聴いていない。


「それって本当に友達?春風さんの方もそう思ってるやつ?」

「なに?私ひとりの妄想じゃないのって疑ってるわけ?ちゃんと仲良いわよ。ただ、学校で仲良くするつもりはないっていうだけ。あの子、それなりに人気者だから話したら目立っちゃうでしょ?」


 付き合ったことを誰にも知られないようにする初々しいカップルかよ。どうやら彼女はなにがなんでも学校で目立ちたくないようだった。


「とにかく、引き受けたからには劇の衣装作りはちゃんとする。ただ、もし渚におかしな真似したら、あんた色んな意味で殺すから」


 ドスの効いた低い声で忠告をされた。続けて「わかった?」と聞かれたのでコクコクと必死で頷くと、彼女は「教室でも、ちゃんと見てるわよ」と脅し文句を残して去っていった。いや、こえーよ……。

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