帝王にもっとも近い男


 『犯罪伯爵』と呼ばれる闇の帝王がいる。

 帝王は14歳の頃にはサウスランド・ジェントルトンの前身となる組織を作り上げた。

 以降の1世紀に渡り、犯罪連盟となったサウスランド・ジェントルトンは、成長し続け、イーストランド地方、ノースランド地方、ウェストランド地方をふくめた4つの地方すべての犯罪組織をのきなみ統一し、ゲオニエス帝国北方にて巨大な悪の城を築きあげた。


 誰も彼に逆らうことなどできない。

 騎士団にもジェントルトンの手先がいる。

 冒険者ギルドにもジェントルトンの手先がいる。

 もしかしたら、隣人もまた、君の声に耳を傾けているかもしれない。


「ベイブはアレを殺しそこねたみたいだな」


 黒いメガネの男は、水色の髪をした愛らしい顔の少女に言う。

 彼はジェントルトンの上席幹部のひとりだった。

 『肉の王』と呼ばれている。

 その残酷さ、邪悪さからサウスランド・ジェントルトンの次の統治者となるとすらまことしやかに囁かれる男だ。


 伝統的に6つの席しかない幹部、そのうち3つが上席であり、組織の中でも帝王に最も近い位置にいる大マフィアのボスでもある。

 

「その後はどうなってる」

「はい。彼はスノーザランドの屋敷をでた足でまっすぐにサウスランドシティ暗殺ギルド・ハンターズオアシスに」

「億の殺し屋が古巣にもどったか。ジェントルトンの意志に勘づいてるな、これは」

「ええ。おそらく」


 『肉の王』はメガネの位置をなおすと、邪悪に微笑んだ。

 口角が高く吊りあがったその顔は、悪魔にすら見える。


「あの無能め、死に際にジェントルトンを裏切りやがった」

「ではどのような処遇を? ベイブ・スノーザランドは死んでいますが」

「裏切者には制裁を。スノーザランドの残党を全員捕まえろ。バラシてカルトの魔術師どもに売れ。ひとりも逃がすな」

「かしこまりました」


 鮮烈に、痛烈に、徹底的なまでの厳罰のみが、組織の裏切り者には与えられる。

 

「ジェノヴァ様」

「どうした。何か言いたいことでもあるのか」

「アダム・アーティも殺すのですか?」

「質問の意味がわからんぞ」


 『肉の王』──ジェノヴァは目をスッと細める。

 青髪の少女は、のどをごくりと鳴らした。


「彼はすでにサウスランド・ジェントルトンへの忠誠を放棄し、我々の世界から足をあらいましたが……彼は『狩り人』です。決して狩られる側にはなりません」

「ベイブの二の前に俺がなると?」

「いえ。それ以上の危険かと」

「はっはははは! どうしたんだ、そんなにあの男が恐いのか?」

「彼は最強の殺し屋です。彼の訓練時代も、現役時代も知っています」

「ああ、お前はマダムのところの殺し屋だったな。で?」

「…………暗殺ギルドには彼以上の殺し屋はいません。断言できます。我々には彼は殺せません」

「君の慎重なところは好きだ。だが、あまり助長するな」


 ジェノヴァはそう言って、少女の横を通り抜けていく。

 

「ジェントルトンに逆らう者には制裁が必要だ。ゆめ忘れるな」


 そう重苦しく警告する声音が、遠くなっていった。

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