『火葬屋』


 屋敷の庭で棒立ちしている人影が3つある。

 彼らは20mさきで火柱があがっているのを満足げに眺めていた。


「着弾だ」


 焼け焦げたマントの男は言った。

 手には大きな筒を持っている。金属製のそれは、爆弾を遠くへ撃ちだすためのものだ。最新の武器である。


「アルフレッド殿、ドーター殿、報酬をはあなたたちから受け取るように言われている」


「こ、こちらが約束の報酬でございます……『火葬屋』さま」

「うむ」


 黒いスーツの中年アルフレッドは、冷汗を手拭いでふきながら、紫色の硬貨がなかでじゃらじゃら音を鳴している袋を渡す。

 焦げマントの男──『火葬屋』は、その大きな袋の重さを確かめるように、一回宙へ放り投げた。

 そして、再びキャッチする。


「うむ。たしかに200クレジットあるようだ──ん?」


 『火葬屋』は鼻先をなにかがかすめたのを見逃さなかった。

 それが飛んできた方向へゆっくりと首をむける。


 20m先、燃え盛る火柱の横に立っていた。

 愛杖ブラックポーラーを短く構えた『狩り人』が。

 煙で汚れてはいるが、大きな傷は負っていない。

  

 『火葬屋』は目をおおきく見開く。

 わきにいたアルフレッドとドーターも、驚きのあまりのどをひきつらせた。


「貴様ッ! どうやって──」


 『火葬屋』がそういって金属の筒を、敵へ向けようとする。

 彼はそこでようやく気がついた。自分の両手がないことに。

 手首から先が、血を垂れ流して無くなっている。


 『火葬屋』は悟る。

 そうか、最初の攻撃ですでに落とされていたんだ。


「光栄だ……、お前ほどの殺し屋に殺されるのなら──」


 『火葬屋』の頭が弾かれる。

 芝生のうえで大の字で転がった。

 それきり彼は動かなくなってしまった。



 ────



 濡れたタオルをしぼる。

 寝室の俺のベッドのうえには、気を失ったマーキュリーとクレアが横たわっている。


 白い肌がすすで汚れている。

 その肌には無数の切り傷があって痛々しい。

 ポーションをかけて治療したので平気だとは思うが……。

 今は安静あるのみだ。

 

 俺はマーキュリーの顔を濡れたタオルで拭いていく。

 形の良い鼻の輪郭にあわせてゆっくり布をおしあてる。

 ふと、瞼が開いた。のっそりと。湖の湖面のような視線がしばらく宙をさまよって、俺に落ち着いた。


「………………」

「今は寝てろ」


 マーキュリーはぼうっとしていたが、その瞳を大きく開いて、なにか言いたげにする。が、結局なにも言わなかった。すこし恥ずかし気にしているところを見るに、俺に助けられて悔しがっているのだろうか。


 だとしたら、最高だ。


 俺は怪我人たちを置いてリビングへ降りる。


 そこは、もうめちゃくちゃな有様だった。

 吹き抜けで天井が高かったおかげで、なんとか屋敷全体は燃えなかった。

 だが、庭方面の窓は全部割れて、床は全面真っ黒こげ。

 俺が消火したさいの水浸しもあいまって、とても人間の生活空間とは思えない。


 俺はその惨状を目にしっかりと焼き付けてから、物置へいく。


 物置には椅子に縛られた黒服が2人いる。


 彼らは俺が入ってくるなり「許してください……ごめんなさい……」と涙声をもらしはじめた。


 俺は近くの棚に置いてある、200クレジットもの大金が入った袋を手に取る。


「アルとドットと言ったな。仔細を話せ」

「ごめんなさい、許してください……ボスの、ボスの命令だったんです……!」

「だれだ。お前らのボスは、ジェネラウスか?」


 まだ幼いクレアの護衛でありながら、このような裏切りを演じるとは。

 以前の俺の推測は当たっていたのかもしれない。


「許してください、お願いします……お願いします……っ!」


 俺はドットを撃ち殺す。

 顎から上が吹き飛ぶように、威力を強めに風を撃った。


「ふざけんじゃねぞ、てめえ」


 思わず暴力的な言葉が漏れた。


 俺はアルの胸倉をつかみ片手で持ちあげた。


「あ、ああああ! ああああ! 無理です、無理なんです、言ったら殺されます、ああああああ!」 


 アルの頭をわしづかみにして、ドットの砕けた脳漿に押しつける。

 ついでに、彼の右ひざの皿を撃つ。アルのふくらはぎが膝に別れを告げた。

 血が埃っぽい地面に飛散する。


「うがあぁああああ!? がァあ、あああッ?!」

「左足が残るかはお前次第だ」

「ベイブ……ッ! ベイブさまです!」

「スノーザランドのベイブか?」

「そうでしゅッ、そうでしゅゥゥウ……うわああぁぁ、足が、足がぁ、あ!」


 アルを解放すると、彼は泣きながら倉庫の端まで行って、かりかりと扉をひっかいて開けようとする。


「助けて、くだしゃい、言ったんですから……!」


 アルの頭を吹っ飛ばす。


 リビングに戻ると、玄関のチャイムが鳴った。


「あら~ん♡ ずいぶん色っぽくなってるじゃなあ~い♡」

「ああ……3人だ。倉庫に2人いる。もう1人は……あそこだ」


 俺は庭の芝生のうえでくたばった殺し屋を指さす。


「本当に連れないのねえん♡ でも、びっくりしちゃったわあ、こんなすぐ会えるなんてねえ~♡」

「俺もだよ」


 俺は大きなため息とともに、ペニーと屈強なる男たちをなかへ招き入れた。



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