平穏をくれ
ようやく屋敷へ帰ってきた。
マーキュリーとシェフとは途中で別れた。
馬は彼らと別れた後にサウスランド牧場へ返品してきた。
買った時より、数が増えて帰ってきたことにクラッツィオは喜んでいた。
ようやくあいつらと離れられた。清々した気分である。
獣女のほうは厚かましいし、ナルシストだし、性格も最悪。
三流料理人に関しては、穏やかな顔してるわりに、すごい失礼で、馴れ馴れしい。
「……」
ひとり屋敷の玄関前でたちつくす。
両手にいっぱいに果物のつまった袋をかかえて。
吹きすさぶ廃墟に残された椅子にでもなった気分だ。
これは……
2年前に初恋の人が死んだときのことを思いだす。
俺はモヤモヤした気持ちの理由を探りながら、リビングへ足を運んだ。
俺の手元には例の黒い封筒がある。
マーキュリーが約束通り報酬としてくれたものだ。
今からクラリスを探しに行くつもりだ。
「アダムが帰って来たの」
「おかえりなさいませ、アーティ様。ご無沙汰しております」
してねえよ。
というかなんでこいつら俺の家に勝手にあがってんのよ。
リビングに入るなり、ジェネラウスファミリーの令嬢クレアと、その付き人アルが俺を出迎えた。いや、勝手に出迎えられた。
俺の家にプライバシーないの?
なんで最近やたら不法侵入されんの?
「お、お、お帰りをお待ちしておりました、アーティ様。じ、実は折り入って、アーティ様に頼みたいことがございまして──」
「ふざけるなよ。俺の家に勝手に上がっておいて」
「っ、ひ、ひいいいいい!!」
ひと睨みすると、アルはブワッと額から冷汗をふきださせ、脱兎のごとく逃げ出した。
俺は残されたクレアを見やる。
「カッコいいの……」
「お前もだ。この前はかわいそうな目にあってたから優しくしてやったが、今回はそうもいかない。リビングに出入りするたびに誰かいるのが普通になったら困るんだ」
恍惚としていたクレアは、目を丸くする。
「マーキュリーお姉ちゃんがアダムに相談するようにって」
「あの女、なんのつもりだ」
「アダム、わたしの持ってきた暗殺依頼を受けてくれる?」
「断る。俺はもう殺し屋じゃない」
クレアはしゅんとうなだれる。
「これが暗殺対象よ」
しれっと二階からマーキュリーが降りてきた。
おい、なにしてるてめえ。さっき別れたばかりだろうが。
「暗殺対象はスノーザランドファミリーのボスよ」
「……」
「アーティくん? 聞いてるのかしら」
「聞いてはいる。聞く気はないが」
俺はクレアの顔を見る。
そういえば、俺があのおかしな村に行く前に、クレアがスノーザランドの下っ端にさらわれていた。
「スノーザランドとジェネラウスは抗争状態一歩手前よ」
「もし戦いが始まったら、パパもクレアも殺されてしまうの。スノーザランドはジェネラウスとは比べ物にならないくらい強力なの」
だろうな。
なんたってサウスランド・ジェントルトンでも力のある大マフィアだ。
もしスノーザランドがほかの犯罪組織に貸しをつくって、頭をさげるほどの覚悟を決めたら、サウスランドシティ──いや、サウスランド地方すべてが敵になる。
この前のドンパチでは、ベイブは俺からガーヴを守れないと思っていたから、120%の死ぬ気でこなかった。たぶん内心では、ほとんど諦めていたんだろう。
「お願いなの、ジェネラウスを助けてほしいの」
「……無理だ」
「アーティくん、どうして依頼を受けないの?」
「どうもこうもない。俺は殺し屋をやめたっていっただろ。村でのことは、成り行きだ。スクルージが腐ってたから根性いれただけだ」
「なるほど、そういう理屈なのね」
マーキュリーは耳をピンとたてて肘を抱く。
「報酬はクライアントがだすわ。言い値でね」
「わかった。それじゃ10億マニーよこせ」
「わかったわ。クライアントはとてもお金持ちだからポポンッと出してくれるはずよ」
「待て待て……。なあ、マーキュリー、さっきからお前の思い付きで喋ってないよな? クライアントめちゃ迷惑受けてない?」
俺を動かすために10億マニーなんか出せるわけがない。
どんな犯罪組織のボスでもそこまで羽振りは良くない。
「だせるわ。なんなら明日にでもここに帝国通貨で用意できるわ。それだけのチカラが彼にはあるはずだもの」
「そんなバカな……なあ、お前のクライアントって何者なんだ?」
「知りたい? 知りたいのなら、そうね……」
マーキュリーは考え込むようなしぐさをする。
しきりに尻尾が揺れているのが気になってしょうがない。
「私の頭を撫でなさい」
「…………意味がわからないんだが」
「いいから。クライアントの秘密、知りたいんでしょ? なら、撫でるのよ」
「……。俺が撫でようとした瞬間、噛みついたりしないか?」
「私を野蛮な獣とでも思っているのかしら。心外だわ」
マーキュリーは眉間にしわをよせて恐い顔をしてくる。
こんなに感情的な彼女を見るのははじめてかもしれない。
しかし、わからんな。
俺がこいつの頭を撫でて、こいつになんの得がある。
俺はマーキュリーをじーっと見つめる。
緊張した面持ちで、彼女はこちらへ湖面ように透き通った視線をむけてくる。
「わかった。撫でる」
それでクライアントの秘密が知れるなら、当然撫でてやるさ。
噛みついてきたら、羽交い絞めにしてやればいい。
「わかった。それじゃそこに私が座るから、丁寧にありがたく撫で──」
マーキュリーの縦長の耳がピコピコ動く。
「ッ! 伏せて!!」
そう彼女が叫んだ瞬間。
俺は突き飛ばされていた。
刹那ののち、あたりは灼熱の爆風に巻き込まれた。
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