七人の冒険者 終幕


 『死の料理人』が、現場にたどり着いた時に、『狩り人』は9人の武装した男に囲まれていた。


 次々と脳漿をまき散らして崩れ落ちていく男たち、その真ん中で踊るように死を届つづける『狩り人』。


 リキッド。それが、料理人の感じた至高の殺人術への印象だった。


 彼の動きは流体なのだ。

 大海にうかぶ木の葉なのだ。


 だから、彼には剣でも、斧でも、矢でも、火の弾でも当たらない。

 さらに困るのはこの流体には意志があるいうことだ。

 自らに降りかかる脅威を排除する最先端の技術が搭載されているのだ。

 そして、最もおそるべき性質は、それが水であると同時に、触れればタダではすまないマグマであるということだ。

 

 殺しの天才は生まれた時から頂上に座っていた。

 生まれながらにして捕食者だというのに、より捕食者たれと育てられればもう手の付けようがない。


 『死の料理人』は思った。


 なるほど。たしかにスペシャルだ。

 彼は死に愛されすぎてる。

 彼に殺人装置として弱点があるとしたら……寿命をもつ人間に生まれたことだけだろう。


 

 ────



 縄がほどけないように、しっかりと木に縛りつける。

 

 よし、これでいい。


 俺はシェフに視線を移す。

 蜂蜜はちみつ瓶を受けとる。


 俺たちは殲滅した野盗団の野営で、首謀者たちにけじめをつけさせていた。


 元・帝国騎士スクルージ。

 そして、魔法大学のドリル。


 こいつらが今回の事件の首謀者だ。

 

「しかし、なぜこの青年まで?」


 シェフは木に縛りつけられたドリルを見やり訊いてくる。


 俺はマーキュリーのほうを見る。

 彼女はいま、野営に捕らえられていた村娘たちを解放しているところだ。

 身も心も傷ついた彼女らには、俺やシェフが近づかないほうがいいと思った。

 ので、あちらは彼女に任せてある。


 だから、俺がシェフに答える必要があった。


「こいつは野盗の協力者なんだよ」


 俺が野盗団を壊滅させたタイミングでシェフとドリルが現れた。

 マーキュリーが「共犯者のおでましよ」と言うものだから、シェフを撃ち殺そうとしたところ、なぜかドリル青年が俺に攻撃してきたので、とっさに攻撃対象を変えたところ見事正解したというわけだ。


「理由は状況が物語ってる。まず、単純にスクルージが『こいつらを撃て!!』とドリルに命令していたこと」

「たしかに火を見るより明らかな協力関係ですね」

「それと、水車小屋の火災だ。あの小屋には俺も、マーキュリーも出火原因を発見できなかった。つまり、出火原因がない火災ということになる」

「魔法使いが炎を放つしかない。そう言いたいんですね」

「共犯者がいることは決まってた。義勇団が脅迫文で帰らなかった場合にそなえて第二の殺人をする者が必要だからな。というかシェフ、あんたはドリルが怪しいと思ってたから、ここまで彼を追いかけて来たんじゃないのか?」

「そうなんですが、ただ行動が不可解なだと思っていただけですよ。殺人鬼の共犯者だなんて思ってはいなかったです」

「そうなのか……」


 俺はスクルージとドリル、それぞれの頭のうえから蜂蜜をぶっかける。

 

 スクルージが目を覚ました。


「ぅ、頭が……。っ、これは……まさか、全員殺したのか……?」

「そうだ」


 スクルージは蒼白の顔をぴくぴくと引きつらせる。

 彼は遠くでマーキュリーが捕虜を解放しているのをみつめる。

 その瞳がおおきく見開かれた。

 現実を受け入れられないように、ちいさく首を横にふっている。


「ありえない……あり得るわけがない、これは、夢なのか……?」

「そのとおり。もっとも悪夢のたぐいだろうな」

「そんな、どうしてこんなことに……なにがいけなかったんだ……っ」

「だいたい全部だ。自覚ないのか?」

「自覚だと? なにが悪い? 俺のしたことのなにが悪い?」


 ほう。


 俺はシェフと顔を見合わせる。


 殺し屋は金をもらって人を殺す。

 殺し屋の殺人は経済活動にすぎない。

 だからと言って、残された遺族をまえに「俺は金をもらって殺しただけ」なんて言い逃れはしない。


 復讐の連鎖が何十にも絡みあった内側に生きていると自覚してる。

 多くの人間にとって悪いことは、殺し屋というクズたちにとっても悪い。

 

「俺は悪くないはずだ!」

「理由を聞こう」

「この世界はズルしたもの勝ちだろ? 俺はそれを騎士団の腐った連中に学んだ」

「なるほど」

「おま、お前だってズルしてんだろうが……」

「?」

「その若さでA級冒険者なんてありえねえ!」

「ありえる。俺がその証だ」

「嘘言うな! 裏では汚いことばっかやって、表では英雄気取り! おおっと、勘違いすんなよ。だからって攻めてるわけじゃない。みんなズルしてる。お前にだってズルする権利はあるんだ」

「みんなズルしていいのか?」

「もちろんだ! 人の上に立つ奴らが、正攻法だけで勝ち上がるわけがないだろ。この世界はなズルしたもんがちなんだ! どれだけはやくその真理に気がつくかが命運をわけるのさ! だから、毎年毎年まじめに国に税をおさめるバカしかいない辺境の村が利用されるのも、この世界の原理原則にのっとった結果さ! わかるだろ、お前もたくさん真面目な人間を利用してきたんだからな!」

「どちらかというと不真面目な人間を利用してきたが」


 主に飯のタネとして。


「なんだっていいさ! この世界は真面目ほどバカを見る! なにか間違ってるかぁよ!!」


 人が変わってしまったかのような語り口で、スクルージは怒声をあげる。


 こいつもまた嫌なほどの現実に生きてる人間というわけだ。


「スクルージ、あんたは忘れちまったみたいだな」

「なんだ、てめえ、賄賂上等インチキ冒険者が説教しようってか」

「美しいものを追って騎士になったんだろう。だが、それは失われた。秩序への貢献がバカらしくなったんだろ? 平気でルールを破るやつらが利益を享受することが我慢できなくなったか」

「だれでもそうだろ……」

「ああ。120%の理解を示してやれる」

「っ、だ、だったら、俺を助けてくれるのか?」


 俺は深いため息をつく。


「リスクとリターンだ」

「は?」

「どうしてお前は街を歩いていていきなり背後から刺されないと思う? それは大多数がつくりあげた秩序の中に、お前がいるからだ」

「なんの、話だ?」

「秩序を破ってしまった以上、お前の住む世界は無法地帯になった。リターンを求めて、そこへ引っ越したのはお前だ。だから、フラッと現れた殺し屋に最大の苦痛を与えられて死のうとも、リスクを踏んだと諦めるほかないんだ」


 汝がよき秩序の貢献者であるかぎり、秩序は汝の味方である。

 

「そ、そんな……」


 スクルージの目は暗く淀んでいく。

 後悔しているのだろうか。

 

「俺は……俺は、間違えたんだ……こんなことがしたかったんじゃない……俺は、俺は、ただ立派な騎士に……」

「彼女らを見ろ」


 スクルージはうつろな瞳を、捕らえられていた村娘たちに向ける。

 途端にその瞳に涙があふれだした。


「それじゃ。俺はこれで」


 シェフに目配せして歩きだす。


「この森には虫系の魔物が多数生息してるらしい。集まってくるまえに抜け出せるといいな」

 

 マーキュリーは村娘らを連れてもう野営を出ていた。

 はやく後を追おう。


「ま、待ってくれぇえ!!」


 絞り出すような声だった。

 スクルージがこちらを懇願する眼差しで見てくる。


「だのむ゛……っ、俺は、俺は、間違えたんだ……やりなおすから、許してくれ……」

「頼む相手が違う」

「な、な、ど、どういうことだ……」

「スクルージ。どうしてあの娘たちに許しを求めなかった」

「……へ?」

「……はあ。もっとはやく気づくべきだったな。自分の間違いに」


 そうすれば、引きかえすことくらい、いつでもできただろうに。


「待って、待ってください、お願いします! 置いていかないで! ごめんなさい! 許してください!!! お願いします、お願いしますぅ、ぅぅぅぅ……! う、うああああああ!!!」 


 

 ────



 翌日

 

 俺たちはサウスランドシティへの帰路についていた。

 帰りは、馬が2頭増えて、彼らの背中に新鮮な果物がたんまり積まれている。

 

 俺は馬に揺られながら、綺麗な水晶があしらわれた首飾りをかかげる。

 太陽の光を受けて、蒼穹そうきゅうに映えている。とても綺麗だ。


「どうかしら。世界を救った気分は」


 首飾りをポケットにしまう。


「ずいぶんと誇張した表現だな。まあ、人助けをして悪い気分になることはないな」

「そう。よかったわ」


 先頭を行くマーキュリーの銀色の尻尾が、馬のさらさらした尾と一緒に右へ左へ揺れている。

 俺とシェフはそれをなんとなしに見つめていた。


「ところで、祟り神ガンディアンはよかったのか」

「なんのことかしら」

「クライアントの話だよ。あの村には資源もなければ、伝説の武器が眠ってるわけでもない。大金はたくほどの価値がありそうなのは、ネームドの魔物であるガンディアンくらいだ。希少な魔物なら、闇の市場で高値で取引されてるしな」

「あなたはガンディアンに2,000万マニーの価値があると踏んだわけね」

「たかが一匹の魔物にしては値が張りすぎなんてもんじゃないが……絶滅種だったり、古代の怪物だっていうなら、ありえなくはない」

「良い線いってるわ」


 マーキュリーはこちらへ首だけふりかえる。

 白い肌が陽気を受けて、輝いているような気がした。

 

 彼女の視線は、俺とシェフのさらに後ろへ向けられている。

 視線をたどれば、果物が積んである袋の横になにやら銀色の手持ちカバンがぶらさがっている。

 

 サウスランド牧場のクラッツィオがもっている銀色のトランクと似ている。


 銀の鞄という魔術組織が販売する魔道具だ。

 この魔道具があれば、どんなおおきな魔物でも簡単に持ち運べるらしい。


「行き掛けの駄賃だけれどね」

「もしかして、もうガンディアンを捕獲してたのか?」

「ええ。シェフに手伝ってもらったのよ」

「私は殺し屋であり、料理人であり、怪物捕獲のプロでもあるのです。言ってませんでしたか?」


 いや、初知りだし。


「もっとも2,000万マニーは……アーティくん、あなたにつけられた価値だけれど」

「人助けて金そんな金もらえるなら苦労はない」


 裏があるに決まっている。


「邪推よ。未来の英雄への先行投資ってことで納得できないのかしら」


 うーん……できるかな。

 

 自分に英雄の適性があるとは思えない。

 クライアントさんが期待しているものになれる自信はない。

 

 俺は帰路のあいだ、悶々とした気持ちでいた。

 そんな思考の霧のなかでも、村娘たちに手渡された首飾りを眺めている間は、不思議と自分を誇らしいと思う気分になれた。



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