七人の冒険者 解決


 

 わずかに東の空が明るくなってきた。

 俺はマーキュリーについていき、村の畑方面の大きな塀のそばに来ていた。


「義勇団の連中おいてきたが、よかったのか」


 俺はさきほど彼らを解決編に誘ったのを思い出す。

 殺人鬼の正体がわかった。だから、この生意気な女の推理を聞いてやろう、と。

 しかし、ジャックもデュークもドリルもそんなことどうでもいいらしく、とにかくこの村から逃げ出すことで頭がいっぱいだったようだ。

 結果、だれもついてきやしない。


「大丈夫よ。犯人は自ら私たちの前に正体をあらわすわ」


 そうですか。


「そんな上手くいくのか?」

「ええ。自信の根拠を聞きたい?」

「聞かせてもらおうか」

「私の推理だから。完璧に完遂できる完全な論理だからよ」


 聞かなきゃよかった。


「見て。この鉄の柵を」


 マーキュリーは小川と塀の交わる点を指さす。

 すると、水流が不自然にうねり、かと思うと穏やかな流れが一気に激しくなった。

 鉄の柵は抵抗なく押し流されていってしまった。


 マーキュリーの魔法だ。

 

「簡単に外れたわ」


 激流でしたけどね。


「まあ、たしかに思ったより簡単に外れたな」

「私も村の周辺の泥に細工をしたわ。けれど、常に移り変わる川に魔法をかけることはしなかったの」


 ということは、この川を使えば出入りできたのか? 


 なんてことだ。

 まさか村に秘密の侵入ルートがあったなんて。


 となると、前提が崩れるのか。


 ここから侵入し、スクルージを殺害後、またここから逃げることが可能になったのだから。内部には犯人はいないのかもしれない。


「なんでわかったんだ。この柵がはずれるって」

「逃走経路より、犯人の方がはやくわかったから、かしら。犯人が確定した状況でどう逃げたのか考えたら、そういえば”彼”がここに興味を示していたのを思い出したのよ」


 鉄の柵に興味を示していたのって……。


「水車小屋のすぐ横からこの川は流れてるな……流れ自体は大したものじゃないし、水車小屋を燃やし、この小川を使って逃げるプランは十分に可能だ。というか、村周辺の泥の索敵魔法があるかぎり、この川を使って、上流か、下流かに逃げたとしか考えられないな」

「上流は私たちが見張っていたわ。逃走経路としてはこの下流方面を使ったのでしょうね」


 湖の水面のように澄んだ瞳が、俺をみすえてくる。

 挑戦的なきらきらした色をしていた。気を抜けば思わず見とれていただろう。


「アーティくん、犯人に追いつけるかしら」

「さあな。追跡はそれなりに得意だが。まあ、やってみよう」


 俺とマーキュリーは村をでて、小川をくだりはじめた。


 小川は畑地帯もぬけてずっと向こうの森へつながっている。


 川を使って逃げたとしたらきっと相手はびしょ濡れだったはずだ。

 あの鉄の柵を外したところで船は通れないし、塀の外に船を隠せるスペースもない。そのまま、ぼしゃんっと入るしかない。


 だからまずは相手が川から陸地へ上がった場所を見つける。


「これか」


 森に入ってすぐに痕跡を見つけた。

 ぬかるんだ地面に草の踏まれた跡が残ってる。

 それに足跡もだ。今はまだ夜明け前だ。

 逃走が数時間前なら、この痕跡は犯人が残すには妥当に思える。


 ふと、俺は足のサイズと深さを見てハッとする。


 この足跡……。


「湿ってる、足跡が新しい。まだ遠くに行ってないな」

  

 森のなかを先行して進む。

 マーキュリーはあとをぴったりついてくる。


 足跡を追いかけて歩き続けると、野営を見つけた。


 足跡は野営のなかへと続いている。

 

 野営は立派なテントからなっていた。

 規模からして30人~50人ほどの団体らしい。


 ひと気はあまりない。が、見張りが数人いるのを遠目に確認できる。仲間同士で談笑しているようだ。警戒心は皆無だ。


 足元を見やれば、野営内の地面が踏み固められていた。それなりの期間ここに滞在していそうだ。


 俺たちは、野営の隅っこの人の気配のないテントにスッと体をすべりこませた。

 マーキュリーも軽やかな足取りでついてくる。


 テントと地面の継ぎ目を見やる。外側と内側で草の生え方が違う。

 長い間、ここに拠点を構えている証だ。テント内は特によく踏み固められる。

 そのため、草が生えにくくなる。


 状態から見て4か月以上ここに滞在しているようだ。


 マーキュリーは膝をおって、地面に手を伸ばす。

 魔物の毛皮が絨毯みたいにしかれていた。


「これ、ドランドビルのものね」


 ドランドビル。角が特徴的な猪の魔物だ。

 

「この地域じゃ冬の間はめったに姿を見せないわ」


 この野営がしかれたのは冬前の時期で間違い、か。


 その時期と言えば、あの村が野盗団に被害を受けはじめた時期と合致する。


「まさか、野盗団の拠点にたどりつくなんてな」

「アーティくん、あなたの出番が来たようね」


 ここまで俺はなにもしてない扱いですか? そうですか。


 俺はブラックポーラーを抜いて、肘を曲げて、ほぼ体に密着させるようにして短く構える。荒事は俺のようなやつが適している。


「そんな杖の構え方はじめて見たわ」


 マーキュリーは目を丸くして訊いてきた。

 

「それはよかった。こういう構え方するやつはだいたいろくでもないからな」

「殺し屋特有のものなの?」

「……そうとも言える。こうしておくと近接戦にすばやく移行できるだろ? 屋内戦を想定してるんだ。つまり、対人魔法使いの構えだ」


 人類の叡智たる魔法魔術は、本来は非力な人類が、おそろしい魔物たちに対抗するためのものだ。歴史の積み重ねと、天才たちの努力のうえに築かれた崇高な神秘である。

 それを人殺しの道具として洗練させるなど、先人への冒涜にほかならない。


「喋りすぎた。ここで待ってろよ」


 俺はマーキュリーを置いてテントの外へ飛び出した。


 5人の見張りへ杖を向けて「動くなよ」と言いながら近づく。


「ッ、だ、だれだてめえ!!?」

「杖をおろしやがれ!」

「なめやがって!」


「……っ、お前は……」


 人数が多いと人間は勘違いして助長する。

 こちらは武器を構えているというのに、いっせいに剣やら斧やらをふりあげて突っ込めば勝てると思い込んでしまう。


 仕方ないので撃ち殺すことにした。ひとりを除いて。


 俺の足元に4人の屍が転がる。血と泥があわさってべちゃべちゃしている。


「お前、お前がどうしてここに……」

「それは俺のセリフなんだが」


 血相変えて剣を構え、あとずさっていく男。

 野盗たちと仲良く談笑をしていたそいつには見覚えがあった。


、あんた生きてたんだな」


 俺は剣を構えるその男──スクルージが目の前にいることを確かめるようにじっと見つめた。


「殺人鬼の正体。やっぱりあなただったのね」

「お前もいるのか……」


 安全を確認したマーキュリーが俺の横に並び立つ。


「やっぱり、あなたってとても強いのね。さっきの動き、びっくりしたわ」

「そりゃどうも」


 そう嬉しそうな微笑みをされると困るんだ。

 ほっぺたが柔らかそうとか、どうでもいい感想がでてきちゃうしさ。


「んっん。マーキュリー、いつからスクルージが怪しいと思ってたんだ」

「焼死体よ。昨日死んだものではないことが、スクルージの思惑を推し量るための決定的な根拠になったわ」


 マーキュリーの言葉にスクルージは眉をひそめる。「黒焦げになった死体がいつ死んだかなんてわかるはずがない」決めつけたように彼は言った。


「あなたが無知なだけよ。方法はあるわ。狭い常識と貧しい知識、浅慮な行動と根拠のない自信で語らないで。滑稽よ、知能指数の低い殺人鬼さん」

「っ、このガキ……!!?」

「治癒霊薬への反応を見れば一目瞭然だったわ。死後半日程度の死体は、たとえ細胞が破壊しつくされていて蘇生の見込みがなくとも、治癒霊薬、つまりポーションを処方されることで傷の再生を試みる魔法反応が観測できるはずだもの。騎士学校で習わなかったのかしら。それとも低能すぎて授業を理解できなかったの?」


 治癒霊薬による再生反応がなかったということは、スクルージの焼死体が昨夜の火事によって生じたものではないということの証左というわけか。


 となると、死体は事件より前に用意されていたことが確定する。


 だから、マーキュリーは死んだはずのスクルージが生きていた前提で推理を構築していたんだ。


 思えば、火事が発生し、焼死体が見つかった水車小屋はスクルージ自身が進んで選んだ場所だった。

 そして、その水車小屋はほかの義勇団メンバーの小屋からは離れていた。

 なにかしらの細工をするには好都合な状況が意図的に作られてたのか。


 それに、小川を使った逃走方法もスクルージじゃないとできない。

 スクルージは村の防衛力を確認してあの鉄の柵を調べていた。

 昨日の日中に留め具を締めなおしたのに、川の流れで簡単に外れるなんて不自然すぎる。


「焼死を選んだは義勇団を欺くためね」

「……」


 スクルージは険しい顔をするだけで答えない。


「短剣での殺傷痕を判別しにくくさせるためかと俺は思ったけどな」

「それもあったんじゃないかしら。彼はこの死を私たちが勘違いできるように種を蒔いていたようだから」


 シェフは泥酔による事故と考えた……。

 それは、床に散らばった酒瓶からだ。

 発見当時、変形した酒瓶がやたらたくさん落ちてた。


「火事の当時、酒瓶は空だったはずよ」

「……。熱で変形してたから、か?」

「そう。もし瓶の中身に十分な液体が入っていたら、コルクではなくキャップ式の葡萄酒の瓶は、内側からの圧力で破裂しているはずだもの」


 変形していた大量の酒瓶の事を思えば、あれらすべてを短時間で空けきるのは現実的じゃない。つまり、大量の酒瓶がダミーで置かれたことになる。


 そういえば、デュークは祟りと言って恐れていたが……あれもスクルージが言い出したんだったな。村の歓迎パーティの時、こいつはみんなもとへ行って、祟り神の迷信を聞かせていたんだ。


 もし人が死のうものなら、まっさきにそのことを思い出すように。


 自分の死を誤認させられれば、なんでもよかったわけだ。

 

 そのための餌をまいた。

 事故、祟り、野盗、俺たちの中の架空の殺人鬼でも──。


 あるいはそのすべて。 


 目的は、そのいずれの要因でも達成できるものだった。


「完璧だと、思ったのだがな……」


 スクルージは剣を地面にさして諦めたように笑う。


「あんた、騎士のくせに野盗団の一員だったのかよ」

「元・騎士だと言っただろ。くだらない肩書きだ」

「俺たちを村から遠ざけようとしたのは、なんでだ」

「簡単なことだ。あの村はまだまだ利用しがいがある。ああいう閉鎖的な村は搾り取るだけ搾り取るのが俺たち野盗団って生き物のやりかたさ」

 

 スクルージは俺たちの背後を気にしながら、話をつづける。


「騎士団の知りあいに頼んで、やつらが村にこないようにしたのも俺の計画の一部だ。死体は背格好の似てるやつを選んだ。バレないはずだったのにな……ほかの義勇団はくだらない正義をかかげてやってきたただのボランティア集団だ。村人のなかに狂信的な殺人鬼が紛れ込んでいて、それが仲間の一人を殺したとなれば、すぐに尻尾をまいて街に帰る……そういうシナリオだったのさ。どうだ、なかなかできたものだろう?」


 そこへ俺たちが合流してしまった。

 3枚しか脅迫文がなかったのは、あらかじめそれしか用意してなかったんだ。なぜなら、計画において、本来、村で生き残っているのが、ジャックと、デュークとドリルの3人だけのはずだったのだから。


「しかし、なぜだ。どこで間違えた? 俺はお前たちが義勇団に参加するハプニングがあろうと、十分に計画を遂行できると思っていたのに」

「偽物の焼死体をスクルージ本人と誤認させるのに、火事を利用したのは悪くないアイディアだと思うわ。猿なりに知恵をしぼったのね」

「このガキ、さっきからなめてると……ッ!」


 スクルージが剣を抜いてたちあがる。

 が、俺はスクルージの足元を撃つ。

 彼はビクッとして静止した。悔し気に顔を歪ませている。


「燃やしすぎたのが失敗だったわね」


 スクルージは「燃やし、すぎた……だと?」と脂汗を噛みながら問いかえす。


「火事発生から消火まで、せいぜい15分から20分しか経っていなかったわ。火事の時間にたいして、あの焼死体はあまりにも燃えすぎていたの。私の腕力でも問題なく持ち上げられるほど”軽かった”もの」


 脂肪や水分が蒸発しきると、人体は信じられないほど軽くなる。

 たしかに、あの焼死体は長く見積もっても15分しか燃えていないにも関わらず、やたらと軽かった。


「だ、だが、もしかしたら激しく燃えていたかもしれねえじゃねえか!」

「燃料がないとそこまで十分な火力には至らないわ。そして、あの水車小屋にはその燃料にあたるものがなかった。そもそも、”火元が不明”だったわ」


 マーキュリーは出火原因も調べてたのか?


「残念だったわね。生焼けでは顔が違うことがバレてしまうかもしれないから、あらかじめ念入りに燃やした死体を水車小屋のどこかに隠しておいたでしょう。なのに、バレないための用心が、結果的に計画を崩壊させるキッカケになってしまった。皮肉な話だわ」


 勝ち誇るマーキュリーに便乗して、俺もドヤ顔をする。

 なかなかやるやつだ。伊達に態度がデカくない。まあ、態度もどこかと同じように慎ましければもっといいんだが。


「その男がA級冒険者さまだからって調子に乗るな。く、くっふ、ふふ、ふはは……いい気になるのも今の内だけだ。特にそのケモノ女、お前はあとで仲間と廻してたっぷり可愛がってやる。俺をコケにしやがって」

「あなた、とっくに詰んでるのにどうして自信満々なのかしら」

「俺たち野盗団総出でなぶりころしてやるからさ!」


 スクルージがそう言うと、草木を分けて男たちがぞろぞろ湧いて出てきた。

 どこにそんな潜んでたんだってくらい人数がいる。


「せいぜい50人でしょ。アーティくんの敵じゃないわ」


 マーキュリーは腕を組んで、薄い胸を張り、自信満々に微笑む。


 その間も野盗団員たちがどんどん湧いて出てくる。


 スクルージの笑みが深くなる。


「50人? 数えなおしたらどうだ?」


 マーキュリーの笑みがスンっと無情の真顔にもどった。


「何人いるのかしら」


 俺は答える。


「147。いや、148だ。やっぱり150だ」

「……そう。お金は払うんだからちゃんと仕事しなさいよね。本当にしっかり頼んだわよ。大丈夫よ、私もついているのだから。私たちは無敵よ。こんな下賤なやつら敵じゃないわ。大丈夫。大丈夫よね? 大丈夫といいなさい。アーティくん?」


 やたら口数が増えたマーキュリーに苦笑いが漏れる。


「な、なにかしら、余裕の笑み……よね?」

「さあな。あ、160人でフィニッシュだ──俺のそばを離れるなよ」

「死んでも離れてやらないわ。存分に頑張りなさい」

 

「お前たち、そのメスガキは殺すなよ。男のほうは──やっちまえええ!!!!!」


 スクルージが咆哮にように叫ぶと、野盗たちはいっせいに襲い掛かってきた。

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