七人の冒険者 捜査


「私はスクルージさんに会ってなんかいないんです!」

「そうは言いましても、証言があるんです」


 俺は村長を問い詰めていた。

 

「たしかに、呼び出されはしましたけど、私が水車小屋に行ったときにはすでに火事になっていて!」


 なに? 

 村長はスクルージに呼び出されたのか?

 ドリルはスクルージが村長に呼び出されたとか言ってたが……。


「どのみち、あんたは自分の無実を証明できないだろう。俺がこの村にいるあいだは目を光らせてる。だから、めったなことはしないほうがいいぞ」


 俺は警告だけして、自身の持ち場へもどった。


 証言の食い違い。

 スクルージの言葉はドリルを通して聞いたものだ。

 聞き間違いの可能性もある。

 が、なにか妙だ。誰か……嘘をついている気がする。



 ────



 義勇団解散から1時間ほど経過した。

 なぜか山側の持ち場にマーキュリーが戻ってこない。

 黙って出て行って、それっきりだ。

 とはいえまったく姿が見えないわけじゃない。

 村のほうへちょっと移動してみれば、水車小屋や、塀の近くや、小川のあたりでぐるぐる歩きまわってなにか探しているようすの彼女をたびたび見かけた。


 殺人鬼のことを捜査しているらしかった。

 身勝手なやつだ。でも、現状ではたしかに重要な問題と言えた。

 

 ゆえに俺も行動をすることにした。

 持ち場にいても仕方がない。


 俺は例の水車小屋にやってきた。

 あたりはまだ暗い。夜明けまで今しばらく猶予がある。

 なにかしら新しい発見をすることができるだろうか。

 

 水車小屋の中に入ると、いまだに煙の臭いが充満していた。

 と、同時に死体の位置がずれていることに気がつく。


 マーキュリーが死体を調べたのだろうか。

 火事発生直後の時点で、すでに服とか汚れていたし。位置くらいずらしていてもおかしくはない。


 俺は焼死体を調べることにした。

 確かめたいことがあった。


 死体から胸当てを外す。ボロボロになっていたので簡単に外れた。

 ふと、違和感を覚える。

 

「軽いな……」


 異様なほど軽いスクルージの体に眉をひそめる。しっかり、内側まで火が通っている証拠だろうが……そんなことありえるのだろうか。

 

 記憶の隅にとどめておこう。


「とにかく、まずは死因か。傷でも見つかれば話は変わってくるんだが……」


 スクルージが死んだ原因をはっきりさせておきたい。


 本当に焼死だったのか? 

 焼死じゃないとしたら誰が焼いた、なぜ焼いた?


 事故の可能性が低い以上、そこには誰かの思惑があるはずだ。


 調べていくと、彼の胸に穴が開いているのがわかった。焼死する前につけられた傷だ。

 短剣あたりで心臓を刺したら、ちょうどこんな感じの痕になりそうである。


「致命傷はこれだな」


 間違いない。

 スクルージは殺されたあとで燃やされている。


「焼死体に欲情するなんて良い趣味をしているわね」


 背後で足音がしたかと思うと、涼し気な声がそう言った。


「そんな変態的な趣味はない」

「っ、そ、そうなの?」

「意外そうに言うな。俺のことデフォルトで変態だと思ってるのかよ」

「デフォルトで変態じゃない。殺人鬼くん」

「俺が犯人だとでも?」

「私の中では第一容疑者よ」

「お前はずっと俺といっしょだったろ……」

「だからよ。怪しくない人物ほど不可能犯罪をやっているものだもの。伝説の殺し屋ならどんな殺人術をもっていてもおかしくはないわ」


 マーキュリーはそう言って、小瓶をとりだす。

 中身の半透明の液体が、焼死体にぶっかけられる。


「なにしてんだ」

「聖水で清めているのよ」

「本当は?」


 マーキュリーは耳をしぼませ、鋭い目つきで見てくる。

 

「治癒霊薬よ。わからない?」

「そんなキメ顔されても……。なんでポーションなんだよ。死人にかけても意味ないだろ」

「意味を見出すのはいつだって行動した者だけよ。なにもしないあなたはただ乏しい想像力でなんでもわかった気になっていればいいわ」

「そんな言うなよ……教えてくれよ」

「見なさい」


 細く華奢な指が焼死体をしめす。

 なにも変わりはない。やっぱり、治癒霊薬をかけても無駄じゃないか。


「昨夜、私は同じことをしたわ」


 スクルージはすでに一回びしょ濡れにされてたのか。どんな嫌がらせですか。


「いや、なんでだよ? てか、これで二回目? まじ、なんで?」

「わからないの? 私はもうわかってしまったけれど」

 

 何がわかったんだ。


「スクルージを殺した犯人がわかったのよ」

「嘘、まじで?」


 彼女が答えにたどり着いているのに、俺だけたどり着いていないなんて……。


「だれなんだ?」

「教えてください」

「……?」

「教えてください、でしょ?」

「……おし、教えてください」

「いいわ。まあ、てっきりもうとっくにわかっているものだと思っていたけれど。伝説の殺し屋といえども、所詮は人を殺めることにしか特化していない低スペックな肉人形ということね。正直がっかりだわ」

「了承の意を示すだけで、よくもそこまで悪口がでてくるな」


 マーキュリーは得意げな顔になり、肩にかかった銀色の髪をはらった。


「ついてきて」

「待て、教えろって」

「実はまだ未確定なの。現状は8割確信ってところかしら」

「ならそれでいいいから」


 彼女は俺の言葉を無視して、水車小屋をとびだす。お前なんなんマジで。


 そのまま義勇団の小屋のほうへ走っていってしまう。

 仕方ないので追いかける。


 彼女は自分の小屋に入っていき、紙を手にして出てきた。


「それは?」


 彼女は黙ったまま紙面をひろげた。


 『ガンディアン様の聖域を侵すよそ者どもよ 騎士の死ははじまりにすぎない』


 俺は紙に鼻を近づける。

 うん、血で書かれている。間違いない。

 

「なんらかの形で脅迫文が来ると思っていたけれど」

「予想できてたのか? この不気味な紙が小屋の中にあるって」

「ええ。相手の目的を考えればこれが効果的でしょうから」


 脅迫文が効果的?

 というよりは、脅迫文によりもたらされる影響が、スクルージを殺した人物にとって都合がいい、と言うべきか。


 脅迫文の効果は……不安・恐怖の伝染。


「ところで、このガンディアン様ってなんだ?」

「祟り神の名前らしいわ。ネームドの魔物を示してるんじゃないかしら」

「そういえばスクルージが迷信じゃないとか言ってたな」


 実在する土地固有の魔物か。

 となると、水車小屋の火事と、スクルージの殺害、脅迫文はすべてガンディアンなる祟り神を信仰する者による過激な排他行動と考えられるな。だとしたら、一連の犯人はやっぱり村の者──村長なのか? でも、村長にスクルージを殺す手段がないような……なにか方法を考えたのかもしれない。


「ほかの小屋も見てみましょ」


 マーキュリーはてってと歩いて、それぞれの小屋を勝手に物色していく。

 すべての小屋をまわりおえて、もう一枚脅迫文が見つかった。


 これで2枚だ。


「ほかの小屋にもあったのか」


 マーキュリー個人への脅迫ではなく、義勇団への脅迫と考える必要がある。

 

「村の意志とは裏腹に、俺たちを歓迎してない存在がいる。ってことでいいのか」

「それは犯人を捕まえてみれば明らかになるわ」

「さっき8割わかったって言ってたが、今はどれくらい確信してる」

「9割ってところかしら。ほんとうは10割になる予定だったのだけれど」

「9で十分だ。もう教えてくれてもいいけどな」

「ついてきなさい」

「はいはい」


 マーキュリーは小川の近くにやってくる。

 水車小屋のすぐ横を通って、村を縦断している川だ。

 彼女は膝を折って水面にほそい指をわずかに浸からせた。

 冷たい水温を確認するかのような所作だ。


 と、そこへ──


「ちょうどよかった、マーキュリーさんこれを見てください!!」


 そう言って、小川の向こうからドリルとデューク、ジャックがやってきた。

 ドリルは真っ青な顔で、紙をひろげて見せてくる。


 俺たちが見つけた脅迫文と同じものだ。


「早朝に小屋に戻ったらこんなものが!」


 俺たちよりも、さきに脅迫文を見つけていたのか。

 となると全部で3枚あったことになる。結局中途半端な枚数だ。


 マーキュリーは黙したまま、荒く息をつくドリルから3枚目の脅迫文を受け取る。


「これを見つけたのは誰?」

「僕です、僕ですよ、マーキュリーさん!」

「そう」

「スクルージさんの死はこの村に潜んだ狂った殺人鬼の仕業なんですよ!」


 ドリルは取り乱し、中杖を抱きしめてすがるように吐き捨てる。


「その通りだ! いまさら言うのもなんだが、この村は俺さまたちを歓迎していない……ここにいるのは危険だ!」

「その通りですとも、ジャックさん。私たちこのままでは祟りを恐れた殺人鬼によって皆殺しにされてしまいます! 野盗団どころじゃありませんよ……!」


 ジャックとデュークは完全に怯え切っているようだった。


 これって……脅迫文の効果、脅迫文がもたらした犯人にとって都合のいい状況なんじゃないか。


 俺はなんとなしにつぶやく。


「殺人鬼は俺たちを村から追い払おうとしているのか」

「そういうことになるわね」


 めずらしくもマーキュリーは薄く笑いながら同意してくる。

 なにが楽しいのかはさっぱりわからない。


「マーキュリーさん、はやく逃げましょう、あなたようなか弱い方が次に襲われるかもしれません!」

「いいえ、私は襲われないわ」


 マーキュリーはきっぱりと言う。

 

 ジャック、デューク、ドリルの3人はおびえた顔に、疑問をはりつけていた。


「アーティくん」

「どうした」

「犯人に会いに行きましょう」

「もしかして、10割確信したのか」


 氷のような微笑が答えだった。

 信頼してるわけじゃない。そんな仲間意識みたいなもので彼女についていくわけじゃない。お手並み拝見としゃれこむだけだ。

 

 彼女のなかで犯人はわかっているのだろう。

 澄ました顔が言っている。

 俺はわかってないけど……。もし間違ってたら泣くまで馬鹿にしてやろう。


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