七人の冒険者 殺人鬼
俺がマーキュリーを連れて水車小屋に戻った時、さきほどよりも大勢の村人が集まっていた。村長に言って、全員集めさせたからだ。
「村長、確認しましたか?」
「え、ええ……ここに全員います」
「本当に?」
「田舎の村は家族みたいなものなんです。皆の顔も名前もよーく覚えております……しかし……まさか……」
「どうしたんです?」
「い、いえ、なんでもありません」
なんだろうこの態度は。
まあ、犠牲者が出ていないのはよかった。
義勇団のもとへいく。
ジャック、デューク、ドリル、そしてシェフらは揃っていた。
「アダム君……ッ、お、遅かったですね」
「ええ、まあ、ちょっと」
デュークにあいまいに返す。
「いや、いやあああ! 野盗が侵入したんだわ! 冒険者なんか雇ったからきっと怒ってしまったに違いないわっ!」
「祟りじゃあ、祟りじゃあ……」
現場の混乱は増す一方だった。
そんな中、呑気な足取りで、マーキュリーは焦げた小屋からでてくる。
俺の横をぬけ、彼女は喧騒を無視してデュークに話しかけた。
「デューク、ちょっといいかしら」
「な、なんだい、今、すごく混乱していて……まさか、野盗に侵入されるなんて……」
「そのことなのだけれど、あなた達はいつこの村に着いたのかしら」
「え、それは今朝ですが……なんでそんなことを?」
「そう。では、私たちが村に来る数時間前ということね。みな一緒に来たの?」
「ええ、イーストランドシティで集まって……」
「義勇団は誰が言いだしたの? リーダーのあなた?」
「あの、いったいこの質問に何の意味が……」
「答えて」
「スクルージさんですよ……イーストランドシティで彼が村を守る義勇団を集っていたんです」
「そう」
マーキュリーは腕を組んで黙りこんだ。耳はピン立ったまま。尻尾も垂れ下がったまま動かない。なにか考えているのだろうか。
「野盗がやったとは考えにくいと思いませんか──ねえ、ミスター・アーティ」
酷いにおいの場所に、酷くうさん臭い声。
俺はシェフの顔を、じろっと見かえす。
「俺もそう思ってたとこだ」
理由は”焼死体”だ。
殺し方が合理的とはいえない。
暗殺したいなら黙ってころせばいい。
どうして火を放つ必要があった。
そんなことすれば目を引いて脱出を難しくさせるだけだ。
それにもひとつ理由がある。
というのも、夕食の後、俺は村の堀のまわりの土を魔法で泥に変えておいたのだ。
高度なトラップ魔法ではない。すこしばかり足跡が残りやすく、その泥を踏む者がいたら、俺にわかるように細工しただけだ。
先ほど、ジャックに皆を呼んでもらってる間に、それらの泥を確認してきた。 結論として、”侵入の形跡はなかった”。
無論、俺を欺ける魔法使いはいる。
だが、野盗団にはいないだろう。
魔法を使えるような連中は、ほかにいくらでもやれる仕事がある。
そして、魔法使いが乗り込んできて暗殺を実行していく可能性も低い。……たまに俺みたいなのもいるが、例外と考えていいはずだ。
となると、内部の人間がスクルージを焼いたことになるが──。
「ミスター・アーティ、なんでしょうかその胡乱な眼差しは」
「いいや、なんでもないよ、シェフ」
心情的には、こいつが一番怪しい気がする。
理屈とかじゃない。いろいろ怪しすぎる。
「野盗の可能性が低いってどういうことだ!」
「説明を、なにとぞ説明をお願いします、シェフさま……!」
村人たちがわめきたてはじめた。
シェフは咳払いをして、昼間にデュークが演説していたように、すこし高い段差にのぼった。
「野盗がわざわざミスター・スクルージを殺し、水車小屋に火を放つのは不可能なんです。そうでしょう、ミス・マーキュリー」
「そうね。この晩、外からの侵入者がないのだから、難しいでしょうね」
焼けた小屋から出て来ながら、マーキュリーはきっぱり言う。いつのまにまた中に入っていたのだろうか。服が黒く汚れている。……死体でも調べていたのか?
「なに?」
マーキュリー俺へ睨みをきかせてくる。
「いや、なんでも。というか侵入者がいないって話、どれくらい信用できるんだ」
「ほぼ100%信用してもらっていいわ。賢者や賢王クラスの詠唱者が野盗団にいないかぎりね」
いるわけがない。賢者クラスの魔法使いなんて国家に仕えて良い生活をしている身分の者たちだ。よりの高位の賢王ならなおさらだ。辺境の村で略奪なんかしない。
つまり、かなり信頼できる状況証拠だ。
彼女は魔法使いとして俺よりずっと高位にいる。
独自に警戒して、索敵を展開していたのだろうと考えられる。
「じゃ、じゃあ、この中の誰かが殺ったってことなのですか?」
そこまで村人の誰かが言うと、あとに待っているのはパニックだった。
「「「「殺人鬼がいる……!?」」」」
何人かがハモったせいで鮮明に聞こえた。
総勢80人強の集団が疑心暗鬼に陥ってしまった。
「レディース&ジェントルメン、どうかご安心ください」
シェフは場を鎮めるようによく通る声で言った。
「誰も彼を殺してなどいません。一体だれが勇猛果敢な帝国騎士であるミスター・スクルージを殺すことができるのですか。素人にはとても難しい話だと思いませんか?」
「それは、たしかに……」
「そ、そうよね……! あの騎士様を倒せるはずがない……!」
「それともなんですか、この村には隠れた実力者がいるのですか?」
「いえいえ、まさか!」
「いたら野盗どもと戦ってますよ!」
「では、強力な武器は? ボウガンなら背後から撃って帝国騎士を殺せると思いますが?」
「私たちはそんなことしません!」
「騎士様を殺すなんて!」
「村人みんな家族みたいなもんです! へそくりの数だってお互いに知ってるのに、そんなもの隠してもってるわけないです!」
「そうでしょう。やhり、これは事故ですな。これを見てください」
手には黒ずんだ物が握られている。熱で変形しているが酒瓶らしいと判別できた。
コルクでポンっとぬけるタイプではなく、ひねって開けるキャップ型だ。
「水車小屋にこのように”変形した酒瓶”がたくさんでてきました」
ボトルの首と底は繋がっているものの、その途中がぐにゅっとしている。
「つまり、火事の真相はこう解釈すべきなのですよ。泥酔したミスター・スクルージがなにかしらの火種を放置してしまったことによる出火である、とね」
「な、なるほど!」
「それしか考えられないわね!」
シェフのやたら説得力ある声と弁舌で、村人たちのパニックはおさまっていった。
こうして夜の事件は一端の収束をむかえた。
が、俺はなにひとつ納得していなかった。
いや、義勇団の誰もが、今の説明で、スクルージが事故死したはずがないと思うようになったことだろう。
「俺さまが信じるのは筋肉だけだが、スクルージがそんな阿呆なことするやつじゃないってことはわかる!」
「シェフさんは、スクルージさんが持ち場を離れて飲んだくれていたっていうんですか……?」
「私もそれは違うと思いますぞ!」
ジャック、ドリル、デュークから猛烈に否定され、シェフはたじろぐ。
イイ感じなので俺もいっしょに攻撃する。
「それは違うと思うが」
「ここぞとばかりに便乗するのとてもダサいわ、アーティくん」
「なんで俺にだけ……」
「でも、私もシェフの言っていることは違うと思うわ」
シェフは渋い顔して「どうみても事故ですよ」と言い続ける。
「では、ドリル、あなたに聞くけれど、スクルージが持ち場を離れたのはいつ頃で、どれくらいの時間かしら」
「え、えっと……火事の少し前だったと思います。15分、あるいはもっと短かかったかもしれないです。村長に呼び出されたらしいです。なにか相談したいことがあるって言われたとか……それが最後です」
ん? 村長?
「その時は酔っていなかった?」
マーキュリーは構わず質問をつづける。
「もちろんです、よ。見張りをしていたんですから」
マーキュリーはシェフへ水色の視線をもどす。
「たった15分で泥酔するのは難しいと思うけれど。それも、火のなかで熟睡できるほどに」
「ですが、扉が閉まっていた可能性も……」
たしかに扉は抵抗なく空いた。
「カギはかかってなかったな。というか、帯剣してたんだ。鉄の檻じゃあるまいし、木の小屋からの脱出なんて帝国騎士ならなんとでもなると思うが」
「言われてみれば、そうですね。事故の線は薄くなってしまいましたか」
そもそも、いきなり飲みだす意味がわからないしな。
俺たちは顔を見合わせる。
それは、スクルージの死がよくないことを示唆している証だった。
みんなさっきの言葉を気にしてるらしい。
スクルージが死ぬ前に会っていたという人物。
「もしかして、村長に殺された……?」
「この村には祟り神の伝説があるらしいわね」
「それじゃその祟り神を恐れた村長さんがスクルージさんを……」
うーん……できるかあ?
改めて考えると、難しそうな話だ。
否定しきれないが、帝国騎士スクルージを襲って倒せたとは思えない。
可能性があるとしたらさっきシェフが言ったような素人でも使える強力な武器だ。
不意打ちでボウガンを頭に撃てたとかなら殺せなくはない……だが、やっぱり、この辺境の村にあるとは思えない。
そんな高級な武器があるなら、野盗に奪われてそうだし、そもそも、それで野盗に反撃してる気もする。
仕方ない。
とりあえず疑ってみるか。
俺は議論を深めるための小石を投じることにした。
「たった15分で帝国騎士を気絶させ、水車小屋に監禁し、焼き殺すか。控えめに見ても重労働だ。まあ、15分以上時間があったなら話は別だが」
「「「え?」」」
声がかさなり、視線が俺に集まる。
皆の注意が十分に集まったのを受けてから、俺は青年ドリルを見やる。
彼の顔が蒼白にそまっていく。
「ちょ……ッ、待ってください! アーティさん、あなたもしかして、ぼ、僕が殺したとでも!?」
迫真の表情で言われると、俺も言い返しづらくなる。
だが、ここは毅然として振舞おう。怯むな、俺。
「犯行の不可能性は15分という時間の制約によるところが大きい。俺たちはペアで持ち場にいた。スクルージの生存に関する前提はすべてお前の証言で構築されてる。つまり、お前の嘘で真実はいくらでも偽装できる」
「だから、僕がやったっていうんですかあ!?」
「可能性の話だ」
「だ、だ、だったら、ペアを組まずにひとり行動をしていたシェフさんも怪しいですよ!! そういえば、さっき真っ先に事故でこの一件を片付けようとしていましたし!!」
その意見には同意だ。こいつ吊ろうぜ。
「ノーノー、違います、私ではありませんよ。そんな無益で殺傷をしてどうするというのです。ミスター・スクルージとは今日会ったばかりなのですよ」
「たしかに、今日ここに集まっているのは初対面ばかり……殺す動機が……ん? そうか、そもそも殺す理由がここにいる人間にはないのではありませんか?」
デュークは閃いたようにポンっと手を打つ。
「それじゃあ、やっぱり野盗が?」
「「「うーん……たぶん?」」」
ダメだ、話が進まない。
今こうして議論しあっても解決の糸口を見つけるのは難しそうだ。
「みなさん、今夜のところはいったん持ち場に戻るというのはどうですか?」
シェフは提案する。
「野盗団の仕業ならここで私たちが混乱していることは、賢い行動とは言えませんので」
「そうですね……」
「わ、私は嫌ですよっ! 殺人鬼が潜んでるかもしれないなんて……そうじゃなくても、もしかしたら本当の祟りの可能性だってあるのに……!」
「みんな俺さまと一緒にいれば平気だ! 祟りだろうが殺人鬼だろうが俺さまの筋肉防空壕で返り討ちにしてやろう!」
「それは攻撃技なんですか……?」
しばし揉めたが、このままでは埒が明かなそうだったので、俺たちとマーキュリーは勝手に持ち場に戻ることにした。
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