七人の冒険者 昼
義勇団は客としてもてなされ、村の空いている小屋をそれぞれ貸し与えられることになった。
俺の小屋の両隣がマーキュリーとシェフなあたり、俺を逃がさないという暗黙の気迫を感じるのは気のせいではありません。
向かいに側には、魔法使いの青年ドリル、ふくよかな冒険者デューク、そして、巨漢ジャックの小屋だ。
唯一、騎士スクルージだけは離れた水車小屋を選んだ。
村は幅1メートルほどの小川で縦断されているのだ。畑を潤す重要な生活資源である。
まだ太陽が高いうちに、義勇団は村の防衛について話し合いをすることになった。
この中では陣地戦闘に明るい騎士スクルージが、防衛案を作成し、各々がもつ戦闘能力を考慮して、持ち場を決めていった。
「村の西側と南側には堅牢な堀があり、その向こう側は小麦畑だ。刈り入れは終わってる。こちら側は見晴らしがよく、物見やぐらもある。防衛は比較的楽だ」
冬が終わりすこしずつ暖かくなってきた時期だ。
冬前ではいちめん黄金の畑となり、きっと視界は悪かったことだろう。
「村人の話じゃ野盗団は南と東の、堀がない山方面からくるとのことだ。こちら側にはもっとも優れた冒険者であるアダム・アーティが見てくれ。盗賊なんだろ。野盗連中らには鼻が効くことを期待している」
騎士スクルージは適切に陣地防衛線を構築していく。その手腕はなかなかのもので、作戦会議──ほとんどスクルージの作戦を聞くだけ──は2時間ほどで終わった。
さらにいざという時に戦えるように、村人たちにこん棒の作り方と振り方をレクチャーしていた。
俺の持ち場は村の北側、裏とも言っていい山方面だ。
すぐ横に小川が流れていて、この川はそのまま村を縦断している。
この山方面というのが難所で、西と南のような丈夫な丸太づくりの塀があるわけじゃない。あるのは簡易的な木の柵だけだ。
なんでも、あの堀は野盗を想定して作られたものではないらしい。
街道から見える西と南側をそれっぽく見栄えをよくすることが目的だとか。
つまり村の実態は、防御力ゼロのくせにやたら豊かな村、というわけだ。
どう見てもただのカモです。
これは容赦なく略奪されますねぇ、ええ、はい。
「あそこは平気なのか?」
俺は塀にに空いた穴を指さす。
小川が村の外へとぬけていくための穴だ。
俺の疑問にスクルージが答える。
「あそこは鉄の柵で封鎖してある。畑方面の堀における穴だ。強度の確認のために一時的に外しているだけだ」
彼がそう言うと、すぐ近くで体格のいい男たちが鉄の柵をトンカチで叩いてカンカンしているのに気付いた。
経年劣化の影響を心配しているとは。
さすがは元・帝国騎士だ。
余念がない。
──しばらく後
日も落ちだした頃、村人たちに料理をふるまわれた。
食べ物もそれほど残されていないだろうに、獲れたての野鳥のスープ、焼きたてのもっちりパンを提供してくれた。美味だった。
「デザートは私が腕を振るいましょう」
そう言ってシェフが出しゃばって来やがった。
シャカリキに採れたて果実を持参した包丁で鮮やかにカットし、どこからとりだしたのか高級そうな皿に盛りつける。
最後に白い皿面を特性のソースでこざかしく飾りつけた。
シティボーイで、しかもイケメンコックときたら村娘たちやお母さんに騒がれるのも無理はない。俺はシェフが黄色い声援を受けるのを遠めに眺めるだけだった。
ふと、騎士スクルージが俺のそばにやってくる。
「その若さでA級冒険者だなんて驚きなものだ」
そう言いながら、彼は俺の隣に腰をおろした。
「成り行きでギルドの緊急クエストをいくつかこなしただけですよ」
「だが、実力は本物というわけだ」
「まあ、そうかもしれません」
あんまり謙遜しすぎても嫌味っぽいよなぁ。
適度に実力を認めながら、それとなく受け答える。
「ところで、アダム・アーティ」
彼は急に深刻そうな顔をして、耳打ちしてくる。
「この村はどうやら普通の村じゃないらしい」
普通じゃない、とな。
クライアントがこの村にこだわる理由かもしれない。
「どうにも本物の祟り神がいるとかな」
「祟り神? 呪いとか、厄災と……そういうやつですか?」
「古くからこの土地に根付く固有の魔物らしい」
「魔物ですか」
「村によそ者が滞在すると祟りによって、焼き殺されるんだとな」
「それはおそろしい話なことで」
「完全な迷信というわけでもないらしい。俺もイーストランドシティで何度か聞いたことがあった。もしかしたら、騎士団がこの村に手をださないのもあるいは」
騎士殿はそういって怪しい眼差しをたたえ、薄く微笑む。
驚きだった。
まさかスクルージからこんな話を振られるとは思わなかったからだ。
おしゃべりを好まないタイプかと思ったが……そうでもないのだろうか。
「つまらない話をしたな。忘れてくれ」
それだけ言ってスクルージは去っていった。
存外、おかしな男だ。
スクルージの背中を見送っていると、入れ替わるように耳の生えた少女がとなりに座てきた。もふもふした耳をしばたかせている。
「おい」
「なにかしら」
「野盗団どうするんだ」
「どう、とは? もっと具体的に言いなさい。人生は有限よ」
俺との会話が人生レベルの損失みたいに言うな。
「だから、防衛じゃなくて、俺がいったほうがはやいと思うんだ」
「野盗団がどこに陣地を張っているのか現状では不明。それに、入れ違いで村に来られたら、あなたはただ辺境を散歩するだけで2,000万もの報酬を手に入れることになる。それは気に食わないわ」
「俺がいなくても野盗団を追い払う自信が?」
「追い払う? 殲滅可能よ。私ひとりでね。でも、あなたが働かないのは気に食わないわ」
気に食わないんだ。
まあ、言われてみればそうか。
数日調査すれば野盗たちの足取りはつかめる。でも、村にくることがわかってるんだ。
だったら迎え撃った方が労力的なコストパフォーマンスはいいかもしれない。
楽な方を選ぼう。
「わかった。それじゃあの騎士殿の作戦通りにでいくか」
「そうしましょう」
「……なあ、それより聞いたか」
「祟りの話なら聞いてないわよ」
「聞いてんのか。スクルージって意外とおしゃべりなんだな」
「……そうは見えなかったけれど」
「まったくだ」
その後、会話は途切れた。
沈黙がしんどくなってきたので、俺は「今夜は頑張ろう」とおざなりにマーキュリーに言って席をたつ。
すると──
「頑張りましょう、お二方」
そう言って急に話に割って入ってきたのは、魔法使いの青年ドリルだ。
「疲弊していると聞くのに、村をあげてここまで歓迎してくれたんです。期待にこたえなくては嘘になってしまいますよ」
「そうだな。頑張ろう」
「ええ」
ドリルは、俺の横のマーキュリーへ顔をむける。
「では、マーキュリーさんも夜お気をつけて。なにかあったらすぐに僕を呼んでください。僕はこう見えて『火の二式魔術師』なんです。野盗ふぜい蹴散らしてごらんにいれますよ」
彼はそう言ってマーキュリーに薄く微笑む。
俺のほうには、かるく頭をさげるだけ。
挨拶は済んだとばかりに、彼は風のように小屋へもどっていった。
俺はマーキュリーの能面のような無表情をみる。
これはどういう心境なのだろう。
「なにかしら」
「あいつ魔法使いだってな。気が合うんじゃないか」
「あなた男なのね。彼と気が合うんじゃないかしら」
「そのくくりは無理があるだろ」
「黙りなさい、ホモーティくん」
「それ引っ張るんじゃねえ」
「だいたい、あなたは主語は大きすぎるわ。能無しに見えるからやめたほうがいいわよ」
沈黙と、すこし冷たい夜の風が俺たちのふ吹き抜けていった。
とりあえず言えることはひとつだけだ。
ドリル青年よ。このクソ女だけはやめておけ。
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