七人の冒険者 来訪


「ええと、名前は?」

「クレアなの。あなた有名な殺し屋ね」


 助け出した少女を連れて露店で串焼きを買い与えたところまではいい。

 問題なのは、名前をたずねただけなのに、あろうことかこんなちみっこい女の子に俺の正体が見抜かれたことだ。殺し屋にして有名とはこれいかに。


「パパが絶対に怒らせちゃダメな人リストにあなたの顔を載せてたのを見たの」

「そうかい、クレア。もしかして、パパはどこかのマフィアのボスだったりするのかな?」

「ジェネラウスなの」

「ああ、そう」


 ジェネラウスファミリー。

 サウスランドシティの隅っこに拠点を置いているマフィアだ。お隣のイーストランド地方とここサウスランド地方の両方で顔が利く。規模のわりには、大マフィアと同格に扱われている。


 俺はあたりを見渡す。

 黒服の怪しげな男たちがこちらをうかがっているのが見つけた。


 俺が助けなくてもちゃんと恐い護衛さんたちがいたわけか。

 しかし、あのスノーザランドの木っ端たちは愚かだ。救えないほどに馬鹿で運が悪い。

 

「ねえ、アダム」


 呼び捨てですか? そうですか。


「どうしたんでしょうか」

「わたしと結婚してほしいの」

「はあ……それは、難しい相談ですな」

 

 俺は近づいてくる黒服たちを見つめながら、適当に相槌を打つ。


「わたしは本気なの」

「うーん、でも自分もまだ愛とかの存在を測りかねている身でして。すこし考えるお時間を頂きたいと思うのですが」


 早く来いよ黒服。なにノロノロ歩いてんだ。

 

 適当にごまかしながら時間稼ぎをしていると、ようやく黒服たちが近くにやってきた。


「アダム・アーティ様……ですね」

「その、お嬢様がなにかご無礼を……」


 2人の黒服たちは見るからに狼狽えていた様子だった。

 ひとりはしきりにハンカチで額の冷汗をぬぐっている。


「アル、ドット、今までなにをしていたの」

「も、申し訳ございません……」

「いつもいつも遅いけど、今日は特別に、格段に、遅かったの。わたし今の今まで誘拐されていたの」

「ッ、ま、まさか、あ、アーティ様が……!」

「馬鹿ね。今回はスノーザランドのちんけなチンピラなの」


 この子、やはり普通の女の子という感じがしない。

 よく考えれば、誘拐されていた時もなかなか冷静だった。

 危機から脱した今となっては、誘拐慣れしている強者の貫禄すら感じられる。


「スノーザランドめ……この落とし前、どうつけさせてもらいましょうか」

「いかにスノーザランドといえど、お嬢様を誘拐されて我々が何も言わないわけにはいくまい。とにかく、旦那さまにこのことを伝えなくては」


 アルとドットと呼ばれた2人の黒服は深刻そうな顔で話し合っている。


 たしかにマフィアにとっては面倒な状況だ。

 ジェネラウスファミリーにとっては、スノーザランドファミリーはデカすぎる。

 デカい口は訊けない。だが、黙っていてはファミリーが舐められる。


 ん、これはもしやベイブの知略なのだろうか?

 この状況を作り出して、ジェネラウスファミリーを取り込もうという──。


 ま、どうでもいいか。

 俺には関係のない話だ。


「さ、お嬢様、いきますよ」

「いやなの。わたしはアダムと結婚するの」

「なにを訳のわからないことを……」

「決めていたことなの。顔が好きなの。それとすごく強いところ」

「結構俗な理由ですな、お嬢様……」


 アルとそんなやり取りをするクレアを横目に、俺はドットにペコペコ頭を下げられていた。


「本当にありがとうございました。お嬢様を見失った時はどうなるかと思いまして」


 こいつら大丈夫か……かなり大胆に誘拐されていたけど……。

 あんなにわかりやすかったのに見失うなんて……もしかして、わざとなんじゃ──。


 いろいろな考えが廻ったが、それ以上は考えないことにした。


 結局のところ、俺には関係がないのだから。


「100万でいい」


 俺は会話の切り上げにそれだけ言う。

 ドットは手記にメモする。あとで俺の口座に振り込こむためだろう。


 金なんてもういらないが、結果的に仕事をしてしまった。

 プロである以上は金銭でやりとりをしないと無用な詮索と意図を生んでしまう。


 たとえば、今回の一件を借りとして、俺がジェネラウスと繋がったとか……そんな面倒な憶測が裏社会に流れては、ジェネラウスの敵対組織に俺が狙われることになるかもしれない。


 金でのやりとりは、そこらへんをクリーンに保つために有効な手段の一つだ。


「ありがとうございました……では、我々はこれっきりということで」

「そんなかしこまらないでいい。あんたらの不手際をボスに報告して揺すろうなんて思ってないから」


 あくまでプロとして淡々と接する。

 

 アルとドットは暴れるクレアの両脇を拘束して去っていった。


「アダムと結婚するのー!」

「はあ……そうですか、お嬢様」

「お嬢様、御冗談でもそのようなことは口になさらないでください……」

 

 かなり腹のすわった部分はあったが、理知的な女の子だった。

 マフィアのボスの子息だとしても、性別が女だと、比較的話ができるから助かる。男はだめだ。生物学的な根拠がそろそろ見つかるくらい「犯罪組織、ボス、息子」にまともなのがいない。



 ────



 レストランに入って席に着くと、すぐにマーキュリーがやってきた。

 彼女が俺の対面に座るなり、どこからともなく料理ののった台車を押す若いウェイトレスと、穏やかな笑顔をうかべたシェフがやってくる。


「ここは私のレストランです」


 俺が質問する前に答えがかえってきた。


「狩人のヴィアインパスタとオズワールのオズレコーヒーです」


 聞いたことのない料理ばかりでてくる。

 これも魔法王国の貴族料理っぽい。


 マーキュリーの前にパスタとコーヒーが。

 俺の前にもパスタとコーヒーが。


「俺はさっき食ったって」

「ええ。ですからそれは私が食べます。ささ、奥に詰めてください」


 シェフが尻で押しやるように俺を椅子から押し出した。

 

 自由な野郎だな。

 この店どうなってんんだよ。


 

 ──しばらく後


 

 俺たちはサウスランド牧場にやってきていた。

 

「一番いい馬を頼む」

「はあ……お前に馬をやるとすぐに死ぬからなあ」


 クラッツィオはため息交じりにそう言った。

 今日も今日とて、汚らしい白衣をまとっている。


「馬たちに取っちゃお前は死神だろうさ」

「俺が殺してるわけじゃない。暗殺ギルドに”仕事”での馬殺害を禁止してもらえよ」

「それを守るモラルの高い殺し屋がいればいいが。特に馬の頭を吹っ飛ばして殺すようなモラルの低い殺し屋は消えればいいと思ってる」

「昨日のは悪いと思ってるさ。本当だよ」

「まあいい」


 クラッツィオは俺の背後、納屋の入り口付近で待機しているふたりへチラッと視線をむける。


「三頭でいいか」

「ああ。助かる」


 俺はクレジットを5カートン渡す。


「今更殺し屋たちなんかとつるんで何しようっていうんだ、アダム。……やっぱり、殺し屋に──」

「戻ってない。遠乗りするだけさ」

「……ならいいんだが」

「……? なんだ。含みがありそうだな」

「当たり前だろう。昨日、死の公募がだされての今日だ。お前は裏社会のトレンドだよ。話が誇張され、憶測が憶測を呼び、極めつけには公募をだしたスノーザランドの跡取り息子が死んだ。お前の復帰希望派たちにとっちゃ、すでにお前は復帰したことになってる」


 ええ……。


「殺し屋に戻ってないなら、明確にしたほうがいい。お前という殺し屋はジェントルトンふくめ強欲な者どもにとっても、そうじゃない者にとっても、あまりにも複数の意味をもちすぎてる」

「……そうだな。気をつけるよ」


 俺はそう言って納屋を離れた。


「馬はもらえたかしら?」


 肩にかかる煌びやかな銀髪を手ではらい、マーキュリーは小首をかしげる。


「ああ。嫌味を言われたけど」

「そう」

「ひとつ疑問なんだが、馬の代金は俺持ちなのか」

「もちろんよ。私クレジットをもっていないもの」


 マーキュリーは涼しい顔で言う。

 隣でどこ吹く風なシェフを見やる。


「冗談はよしてください。普通の殺し屋はあなたほど羽振りが良くないんですから」

「レストランのオーナーだろうが」

「それは……嘘です」

「それが嘘だろ」


 たく、どいつもこいつも。

 シェフは俺のこと尊敬して敬ってくれてたんじゃないのかよ。

 さっきから俺ばっかり金使わされてんじゃねーか。


 

 ──数日後



 俺たちは軽いフットワークでくだんの村に到着した。

 道中、俺がなんのために馬を三頭も買わされて、三日も走らされてるのか、再三マーキュリーに尋ねたが、まったく教えてくれなかった。「足りない脳で考えてみるといいわ」って言われた。いっそ本当に殺してやろうかと思った。


 村は高い塀に囲まれている。そのまわりには広大な畑がひろがっている。今はなんの穀物も植えられていないので見晴らしがよい。

 村への入り口たる門のまえには、厳重にも門番がいた。sらに物見やぐらもある。常時見張りがいるようだった。辺境の村でこの防備はめずらしい。


 門番たちにじろじろ見られながら村に入った。


 辺境の名もなき農村風景には寂寥感がただよっていた。

 冒険者時代にこの手の村にはたびたび立ち寄る機会があったが、記憶のなかのどの村と比べても、ひときわの寂しさと、静けさがそこにあるような気がした。


「ごく平凡な辺境の村よ」


 マーキュリーは言う。


「近くの森でとれる果実と狩猟が盛んで、豊かな土壌ゆえに畑でつくられる穀物の品質はとても良いわ」

「なんの話だ」

「あれを見て」


 視線をむければ荒らされた畑があった。

 煩雑に土が掘り起こされ、木の柵は壊されている。


「新しい痕跡だ。何かあったらしいな。魔物の襲来、ってとこだろ」


 酷なことを言うようだが、辺境の村々では魔物被害は日常茶飯事だ。

 冒険者を雇って定期的に追い払わないと、好き勝手にされる一方だろう。


「立派な塀は魔物対策で最近建てられたものだろう」

「違うわ。そもそもその立派な防護壁の内側で畑が荒らされているのよ。すこしは頭を使ったら。痴呆老人まで最短距離を突き進む気?」

「……。答えは?」


 俺の質問にこたえず、マーキュリーはさっさと歩いて村の中央へいってしまう。

 まじこの女。


 村の中央の広場に人がたくさん集まっていた。

 村民たちとは趣の違う、冒険者然とした恰好の者たちが4人ほどいた。

 彼らは群がる村民たちをおさえるようにして、ひとつ高い台の上にのぼり演説をしていた。


「お願いします! 野盗団を追い払ってください!」

「冒険者さまお願いします!」


「静かに! 静かに! 我々はあなたたちを見捨てはしない! この一件は我ら義勇団に任されよ! 我らがいるかぎり無法者の好きにはさせん!」


 リーダーっぽい冒険者がそう宣言すると、村民たちは歓喜の声をあげた。



 ────



 村には野盗団がたびたびやってきては、略奪をしている。それがこの村のかかえる大きな問題であった。

 穀物と家畜は奪われ、財産も没収され、村の娘が連れていかれる。そんなことはたびたびあり、村民たちは恐怖におびえる毎日を送っていたという。


 俺とマーキュリーとシェフは、さきほど演説していた冒険者らしき者たち──義勇団なる者たちから、これら村の現状を聞かされていた。


 俺はまず、義勇団のリーダーっぽい男である、ふくよかな顔の冒険者へ視線をむけた。


「どうもどうも、私はデュークと申すものです。イーストランドシティで冒険者をしております。こうみえてB級でして。なかなか腕利きなんですよ? はっはは、よろしくお願いします」


 次に胸当てをつけた背の高い男をみやる。


「スクルージ。元・帝国騎士だ。今は放浪の最中でな。たまたまここに立ち寄ったら……こんなことになっていたわけさ」


 騎士スクルージが喋り終えるなり、今度は筋骨隆々の男がずいっと乗り出してくる。


「俺さまはジャックだ! 人生における多くの困難は筋量不足が原因だ! 俺さまは村人にただしいトレーニングを教えに来たわけさ!」

「この男は村を救いたいって言っているんだ」


 スクルージが補足してくれた。


「そうとも言う! で、お前たちも村を助けに来たんだろ!?」

「いや、俺はまだ──」

「よろしくお願いします」


 シェフが俺の言葉をさえぎって、ジャックとガシっと握手してしまう。


 巨漢ジャックの巨体の影から、理知的な青年があらわれた。


「こほん。僕はリドルです。魔法王国で学生してます。長期休暇をつかって帝国を漫遊しようと思って、イーストランドシティに立ち寄ったら、困っている村の人たちを見つけましてね。それで、この義勇団に参加したというわけです」


 義勇団、ね。

 俺はマーキュリーに目で問いかける。この状況はなにか、と。

 しかし、当然のように無視された。


「あなたたち三人は?」


 ドリル青年が俺たちに聞いてくる。


「私はマーキュリー。こっちはアダム、彼がシェフ。村の噂を聞きつけて助けに来たの」


 ちょまてよ。


「そうですか」


 青年ドリルは俺の見る。その視線が腰におりてくる。

 やめろ、物欲しそうに見るな。そういうのはどう考えても筋肉キャラの役目だろ。お前がダークホースになってどうするメガネ野郎。


「魔法使いの方が仲間に増えるとは、とても心強いことです」

「……ああ、まあ、ありがとう」


 なるほど。なるほど。そういうこと。焦ったぁ……。


 俺はマーキュリーに顔を近づける。

 彼女はぎょっとして嫌そうな顔をした。ふざけんな。アホほど傷つくリアクションすんじゃねえ。


「なにホモーティくん」

「だれだよ、ホモーティ。やっぱりお前心読めるだろ」

「で、その臭い口でなにをささやく気?」

「臭くねえ」

「ジョーク。どうしたの、怒った?」

「俺を傷つけることだけを目的としたジョークをやめろ」

「はやく要件をいいなさい。内緒話していては私とあなたが仲いいみたいじゃない」


 お前が普通に聞いてればいいんだよ……。

 

「……おほん。俺はわかったんだ」

「へえ、なにをかしら」

「お前の目的はこうだ。村を襲っている野党団を俺に見つけ出させ、皆殺しにさせる。そうだろう?」

「当たらずとも遠からず、かしら」

「かしら、じゃねえ。俺に殺人以外期待してないのはわかってる」

「別に皆殺しじゃなくてもいいわ。殲滅するだけでいいのよ」

「いや、ほとんど同じ意味」


「お二人さんなにをこそこそ話してるんです?」


「いえ、なにも」

「いえ、ちょっとね」


 サッと俺たちは離れる。


 マーキュリーたちの目的はわかった。

 あとは俺が選ぶターンだ。


「この村には冒険者を雇うだけのお金が残っていないんです。だから、私とジャックさんは、それぞれのパーティを置いてきて、ボランティアとして単身この村を義勇団として守ることにしたんですよ。ドリル君が加わってくれたのは幸いでした」


 そこまでこの村は疲弊していたのか。

 しかし、疑問だな。


「村はなぜ騎士団に助けを求めなかったんだ」


 と、訊く俺の質問に答えるのは騎士スクルージだ。


「村民たちは助けを求めたらしいが、なかなか動いてくれなかったらしい。騎士団は腰が重たい部分がある。辺境の些末な村くらい軽視することはあるだろう」


 まじかよ、騎士って最低だな。税をかえせ。


「本当に、本当に許せませんよ、騎士団の怠慢は! 騎士が困っている民を救うのに理由が必要なんですか!」


 そう立ち上がり、怒りをあらわにするのはふくよかなデューク氏だ。

 彼がこの義勇団のリーダー的な位置にいるのもあってか、まわりのメンバーはそれぞれにちいさくうなづいたりしている。


 騎士団の怠慢。

 ありそうな話ではある。

 けど、本当にそうなのだろうか。

 

「皆で力をあわせて無法者どもを斬りふせてやりましょうぞ!」


 ふくよかなデュークはそう言って剣をぬいて空高く突きあげた。

 

 マーキュリーが俺へ水色の瞳をむけてくる。


 やれってか。俺にも村を救う片棒をかつげってか。


「報酬がでるなら考える」

「クライアントは2,000万マニーまでなら出す準備があるそうよ」

「2,000万か。素人の野党倒すだけでそれだけ稼げたら効率良い。暇だし、ほかにやることもないし、これは殺し屋の仕事にカウントされないし……まあ、受けてやっても──」


 言葉をつらつらと並べながらも、内心では穏やかではない。

 2,000万? 正気かよ。

 クライアントはこの村をすくって2,000万以上の利益を回収できる見込みがあるのか? クライアントにとってこの村はそんなに大事なのか?

 いや、2,000万あったら信頼ゼロの殺し屋を雇うより、もっと適切な戦力を用意できたはずだ。それこそ騎士団を動かすことも──。


 なにが目的なんだ、クライアント。

 というか、この村と世界を救うことに何の関係が……。

 やっぱり、悪魔とか魔人とか吸血鬼とか人狼とか、そんな感じの厄災が封印されてるんじゃ……。


「いずれわかるわ。気がついたら英雄の一員になってると思うから」

「……。だから、心読むなよ」


 ──こうして俺は法外な報酬で雇われ、名もなき村を守る事になった。

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