伝説の殺し屋をたずねて
「聞いたか、『狩り人』が戻って来たって話」
「聞いた、聞いた。誰かの依頼でスノーザランドのボスを殺したって」
「ちげえよ。やつが殺したのはボスの息子だ」
「俺はふたりとも殺されたって聞いたけどな」
「噂じゃスノーザランドの連中への復讐だってのもあるけどな」
「個人的な恨みか? それじゃ、殺し屋にもどったわけじゃない?」
「俺たち殺し屋に動機なんて必要ねえ。あるのは殺そうと思った相手を、殺したか、殺してないか……あるいは殺されたか。それだけだろう」
「だな。『狩り人』は殺そうと思って、スノーザランドのボスだか、息子だか、あるいはふたりをぶっ殺した。それは事実だろうな」
「てことは、蘇ったってわけだ。伝説の殺し屋が──」
────
目が覚めると、窓の外で小鳥が鳴いていた。
ロマンティックな目覚めではない。
むしろ全身筋肉痛でそれどころじゃない。痛い。すごく痛い。語彙力がなくなりそうなほど痛い。
「じじいになった気分だ……」
俺はベッドから足をなげだして、うなだれるように腰かける。
実に2年ぶりに人を殺して一夜明けた朝。
昨晩は、くたくたになって屋敷に帰って来た。
ガーヴの共犯であるベネットを、スノーザランドの数あるアジトから見つけるのに多少の時間はかかったが、それでもすぐにすべての戦いの片はついた。ベネットの親元のホークスファミリーが彼を即切り捨てたのには苦笑するほかない。
この家に追手はこなかった。
寝首を掻かれることもなかった。
ベイブを生かしておいたおかげだと思う。
本来ならあの男も殺してよかった。だが、そうするとトップを失ったことによって、スノーザランドファミリーの混乱に陥ることになる。
もしスノーザランドが分裂し、あるいは解散した場合、残党化した構成員のなかにベイブたちの仇を討とうとする者がでてきてもおかしくない。つまり俺へ復讐しにくるかもしれない。
言うまでもなく面倒くさい。
もちろん、攻撃してくるなら殺すだけだが……それではダメなんだ。
「ベイブが生きているうちは手綱を握っておいてもらおう」
俺はベッドから腰をあげて、洗面台で顔をあらい、リビングへおりる。
リビングは昨日のまま、荒れたままだ。
シャンデリアは焼け落ち、天井には穴が空き、壁はズタボロ。
そんな世界の終わったあとの廃墟のような空間には見知らぬ存在がいた。
ひとりの少女がソファに腰かけている。
薄明るく、涼しい空間に映える銀色の流れる髪。
瞳は湖のような水色をしている。
特筆すべきは、頭からぴょこんっと生えている耳だ。
獣の耳みたいだった。犬のようにピンと立っている。
よく見れば腰のあたりから尻尾のようなものも垂れている。すこし動いてるところを見るに、作りものではないらしい。
幻のように美しくも、氷みたいに冷たい印象をいだかせる少女だった。
「……」
「アダム・アーティ。あなたが噂に聞く最強の殺し屋ね」
不法侵入系美少女は俺のことを知っているらしい。
俺のほうがたぶん年上なので丁寧な言葉遣いを選んだところは誉めてやろう。
だが、そんほかいろいろな状況に関しては厳しく対応せざるを得ない。
他人と話すのは……それも、年頃の女と話すのには体力を使う。
がいたしかたあるまい。俺だってパーティじゃそれなりに人付き合いしていたのだ。舐めるなよ雑種。
「……ぉ、おい。んっん……な、なんで俺の家に……」
「?」
喋りなれないせいか声がつまってしまった。
もごもご喋ってるせいか、キモイものを見る目を向けられている気さえしてきた。
気をとりなおして、一度おおきく咳払いしてからはっきりと話し始める。
「どうして俺の家にいる、と訊いているんだ」
「そうは言っていないと思うけれど……」
「いいから! こ、答えろ」
「……。あなたに会うためよ」
「そうか」
会話終了。
じゃない。
そうじゃないだろ。
まずい。会話を速攻で終わらせる癖がでてしまった。
「んっん。俺のことを知っているのか」
「ええ、伝説の殺し屋と言われてる所以も」
物騒なことを言っているわりに、彼女の眼差しはどことなく嬉しそうであった。そんな気がした。
「知ってるなら、わかるだろう。君の行動が不適切なのことは。無断で殺し屋の家にあがるなんて命知らずもいいところだ」
「大丈夫と判断したのよ。あなたは優しいと聞いたしね」
「……。だれに?」
「クライアントの秘密は明かせないわ」
クライアント?
彼女自身の意志でここにいるわけじゃないのか?
俺は情報を聞きだすべく、威嚇と威厳を見せつけることを選ぶ。
「言え。じゃないと殺してしまうかもしれないぞ、お嬢さん」
「なれない言葉はつかうべきではないわ。聞いていて滑稽だもの。あなた普段、お嬢さんなんて女性にたいして言ったことないでしょう。声が浮ついているわ。それに、童貞顔なのだから無理しないで。こっちが恥ずかしくなってくるのだけれど」
「……ッ!?」
な、な、な、なんだこの女。
たたみかけて来やがった。
悪口のフルコースじゃないか。俺が何したって言うんだよ。しんどいよ。
ううむ……こいつはかなり嫌いなタイプかもしれない。
硬く、氷のような声質。そして、淡々とした感情を見せない喋り方。
目の前の女と話していると、丸め込まれそうな嫌な予感を覚える。
俺の経歴を知っているという点から考えても、関わったら面倒くさそうだ。
引くなら今のうち。彼女のことを知ってからでは遅い。俺の勘がそう告げていた。
「ああ、すまないけど、もう帰ってくれないか。どこの誰から聞いたか知らないが、俺はもう殺し屋じゃないんだ」
「怒ったの? 童貞顔というのは冗談なのだけれど……。知りあいに初対面の男性にこう言っておくと打ち解けられると言われたので口にしてみただけよ」
「俺相手に実験した度胸は認めるよ。だから、お願いですから早々にお帰りください。あとのその知りあいはたぶん男の友達いない」
俺は少女にそれだけ言って横を通りすぎる。
なんか話しかけてきていたが、すべてを無視して、リビング脇の机に置いていあるピッチャーを手に取り、グラスに注いで、あおり飲んだ。
少女は怒ったのか、むすっとした表情で、腕を組んで冷たいまなざしで俺の背中を貫いてきていた。
この手の輩は構ってはいけないのだが……圧力がすごい。
「話を聞いてもらうまで帰らないわ」
「そうか。それじゃ一生そこにいるといい。俺はもうひと眠りするから」
別に眠くなかったが、俺は再び寝室にこもることにした。
気が済めば帰るだろう。
もう俺の表世界での居場所は消えたんだ。毎日の仕事も何もない。なにもやることがない。最後の身内もいなくなった。クラリスも闇の市場に流れてしまい行方不明だ。もはや生きる意味も残っていない。かといって死ぬ理由もない。殺される理由ならあるかもしれないが、殺されるつもりはない。なんだこれ。なんだこの人生は。
俺にできるのは、知り合いの情報屋にクラリスの行方を追ってもらいながら、貯めた財産でひきこもり生活を始めることだけ。
これからは伝説の自宅警備員として名を轟かせていこうじゃないか。
益体のないことを思いながら、まだ生温かい寝床にもぐりこんだ。
目が覚めたら彼女は消えていることを祈って。
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