フラッと参上し、撫でるように殺す
俺がスノーザランド屋敷にたどり着くまでに払った殺し屋の手の数は、20にものぼった。
腕の衰えを感じ、たった数年で進化した武器にも驚かされた
ただ、どれも目的を達成できないほどのおおきな障害とはなりえなかった。
「ま、待て、待ってくれえ、ぇ……!」
かすれた声。ベイブ・スノーザランドが俺の足首をかよわい力で掴んでいる。
「息子は愚かだ、馬鹿で、どうしようもない……。ボスとして無能にすぎると切り捨てるべきような人材だ……。だが、あいつは、あいつは私の息子なんだ。たったひとりの息子なんだ」
懇願するような涙声だった。
「アダムぅ、頼む……。私とお前の仲だろう? お前の祖父が死んだことは気の毒に思う。本当だ。もし息子がそんなことをしようとしてると知っていたら、私はやつの腕を切り落としてでもやめさせたさ。だが、起こってしまったことは仕方がないじゃないか、そうだろう?」
荒い息をつき、ベイブは俺のことばを待っている。
暖炉で薪の爆ぜる音だけが返答だ。俺はベイブの書斎をあとにしようとする。屍が横たわり、命を吸って、ぐっしょりと濡れてしまった絨毯に足跡を残しながら。
「アダムッ!! わからないのか!?」
背後で怒声をあがった。
「サウスランド・ジェントルトンが黙ってないぞッ! こんなことをしてタダで済むはずがない!」
サウスランド・ジェントルトン。
この地方の犯罪組織の多くが加盟している上位の犯罪連盟ともいうべき悪の城だ。俺の育ての親もここの幹部である。
「もし息子を見逃せば、私がジェントルトンに口をきいてやる。お前はもとの平穏を噛み締めればいい! だが、もしお前がガーヴを殺すなら、ジェントルトンはお前と全面的に戦うことになる!」
「死人がどうやって喋る」
やはり殺すか。
踵をかえし、ベイブの前でしゃがみこみ、杖を眉間に押し当てた。
途端「ひいいい!!」とベイブは、羽虫のような甲高い声をだした。
「ベイブ、あんたへの恩で生かしてやろうといってるだけだ。あんたが生きる権利を放棄したいなら勝ってにすればいい。俺も報復という後顧の憂いを絶てるしな」
「わ、わかった、わかった……! いけ、いけ! 私と息子無関係だ! もう二度とお前には干渉しない! お前の邪魔はしない! な?! それでいいな!」
杖を離した。
ベイブはホッと息をつく。
「ジェントルトンが動いたら最初にお前を殺す」
「っ」
「理解したか? 理解したら返事をするんだ」
「わ、わかった。私は絶対にお前を裏切らない。息子とは違う、私たちはよき紳士同士であろう!」
そういうベイブの額には、冷汗がにじんでシャツの色が変わるほど濡れていた。今の脅迫で5歳くらい老け込んだようだった。
「ぁぁ……やはり、こうなったか……あの馬鹿め……っ」
ベイブは泣きながらそんなことをつぶやくのを背中に受けながら、俺はやつのもとへむかった。
迅速な行動のおかげで、俺がガーヴを捕らえるのに時間はかからなかった。
やつは街はずれにあるスノーザランドの隠れ家で仲間たちを集め、遠出の支度をしていた。
最初の護衛が俺に気がついてから、数分で敵勢力の大部分を無力化した。殺し屋はまじっていなかった。ほとんど素人のような者たちだ。頭数をそろえても、さほどの脅威には感じなかった。
「ふざけんな、ふざけんなよ、あのザコ野郎……!」
ガーヴを見つけた。ずっと向こうのほうで、急いで馬車に乗り込んでいる。まもなく彼を乗せた馬車が発進し、森の入り口へむかいだした。
距離は30メートルほど。十分に狙える距離だった。
杖の先端をむけ「≪汝穿つ火弾≫」とつぶやく。
火属性二式魔術に分類される、貫通力に優れた焔の紅槍だ。
火の槍が馬車のうしろから、ど真ん中をぬけて行った。
猛スピードで走行していた馬車は、跳ねるように進路をもつれさせた。
道を外れ、大穴の空いた車体を木に激突させ、大きな音をたてて停止した。
くすぶる炎がすこしずつ大きくなる馬車に近づいた。
首なしの馬が二頭倒れている。紅槍がちょうど当たったみたいだ。可哀想なことをした。彼らには俺を死ぬほど恨んで呪ってもらうほかない。
馬車と地面の隙間から、弱り果てた声が聞こえてくる。
「あ、あつい……いたい、た、たすけろ、誰か、いないのか……」
「馬車の真ん中を撃ち抜いたはずだが。まだ生きてるとは運がいいな」
ガーヴだった。やつは生きていた。
ちぎれた片腕で地面をこすり這いつくばっている。
「……っ、あ、アダム……っ」
俺に気がついた。
杖をむける。
「ま、待て……! 俺じゃない! お前は勘違いしてる……! 俺はお前の家に盗みになんて行ってないし、使用人だって殺してない! 馬だって盗んでないんだ……!」
「じゃあ、なんで俺の受けた被害を全部知ってる」
「あ……」
こいつ馬鹿か。
「違う、違う、なにかの間違いなんだ……! ぅぅぅ、ぅぅ、ああ、というか、お前の方こそどうなんだ!」
光明を見出したかのような目で、ガーヴは声を張りあげた。
「俺が殺したのはたったひとりのじじいだけだ! それに比べてお前はなんだよ!! いままで何人殺して来たんだよッ! 今日だって、いったいどれだけ俺様のファミリーの人間を殺したんだ! どう考えたってお前のほうが殺してる!」
「殺された人数が多いから、俺のほうが悪いと?」
「そうだ!! 常識で考えろよ! お前はいまここで俺を殺せば必ず神の怒りにふれる! だってそうだろう、こんな理不尽なこと許されるはずがないんだからなッ!」
「お前は勘違いをしている」
「は?」
「俺は祖父であるハリーを殺されたことを恨んではいない」
ガーヴは茫然としていた。
「なに言って……こんだけ殺してんだろうが……ッ!」
「ああ、殺した。だが、お前が俺を怒らせたのはそのことが原因じゃない。動機の最たるは──クラリスだ」
「………………う、ま?」
「ああ」
「……ッ、だ、だ、だったらなおさら釣り合ってねええだろうがあああ! 俺様を見逃せ、バカ野郎、タコ野郎がぁ! たかが馬盗んだだけで殺されてたま──」
風の弾をガーヴの眉間に撃つ。
黒い穴があいた。彼の体がこと切れた人形のように地面に伏した。
じんわりと、広がっていく血だまりを待たずに、俺は背をむけてその場をあとにした。
「殺人の動機は相対的なもんだろ」
真昼の空ににつかわしくない血みどろの香りがする。
なんとなくつぶやいた言葉だった、誰に言ったわけでもない。
言ってから、自分への言い訳だったようにも思った。
けれど、すこしの後に、どうせ忘れる。
俺は数ある選択肢のなかに、つねに殺人による解決があるというだけなんだ。
だから、秩序をいともたやすく破壊してしまう俺のような最悪のクズは、人殺しにいちいち罪悪感なんて抱かない。
それは、お前も同じだろう、ガーヴ。
クズ同士わかってるはずだ。
動機なんてもっとシンプルで、呆れるほど最悪だって。
「ムカついたから、ぶっ殺してやった。とな」
ああ、やはり、俺のような人間は綺麗な世界に住む価値がないな。
心の底からそう思った。
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