才能ないよ


 パカラパカラっと軽快にリズムを刻む馬上で姿勢をかがめ、サウスランドシティを駆け抜ける。

 赤茶けた屋根の連なる表通りを突っ走る。

 スノーザランドファミリーの本拠地はガーヴの実家だ。奴はそこにいる。

 

「ん」


 馬上の俺へ向けられる鋭い殺気。

 はるか前方、なかなかに賑やかな往来のある朝の表通り、通りの真ん中で仁王だちして突っ立っている人影を見つけた。


 青い外套を着た男だ。


 手にクロスボウをもっているのが見えた。

 奇妙な形状のボディを持っている。

 ガチャガチャしてて複雑な機構をもっていそうそうだ──


 そんなことを思っていると、スッとクロスボウがこちらへ向けられた。──かと思えば、矢が間をおかずに飛んできた。

 

 首をふって、矢を避ける。

 耳たぶを風切り音がかすめた。


「この距離で狙えるのかい」


 クロスボウも進化したものだな。

 だなんて、文明の利器のチカラに関心したのもつかの間だった。

 

 第一射のあと、即座に第二、第三射がとんできて、俺の馬にあたってしまった。

 朝の通りに響き渡るいななき。俺は転ぶ馬といっしょにド派手に地面をころがり落馬した。


 く、クロスボウも、進化したものだな……というかなにそれ連射できるの……流石に聞いてない……てか欲しいまであるんだが……。


「ごめんな。ありがとう」


 短い別れのことばを馬にかける。淡白だがこれしか言うことはないと思った。俺はすぐに表通りから路地裏へ飛びこんだ。


 また俺の馬が死んだ。

 わずかな時間の付き合いとはいえ……気分の良いものではないな。


 

 ────



「さて、伝説の殺し屋の実力見せてもらおうかな~!」


 通りをいく市民たちが、突然の落馬事故にそうぞうしくなる中、青い外套の男は、ニヤニヤした笑みで、舌なめずりをする。

 

 彼は複雑な機構のクロスボウからマガジンを取りはずすと、新しいものを装填する。

 3連射を実現した最新式の可変クロスボウ、さらに、近接戦闘用のショートバレルのカスタマイズ、つがえられている黒い矢には粘質の液体が塗りたくられている。

 

「さーて、狩り開始~!」


 青い外套の男はスキップするような足取りで、楽しげに裏路地へ飛び込んでいく。

 一歩深く踏み込んだかと思うと、彼はまるで風のように走りだした。身軽さと気配を殺す術は、明確に表世界の戦士とは異なるものだ。


 彼もまた殺し屋であった。


 青い外套の殺し屋は、アダム・アーティが逃げこんだ付近までやってくると、警戒度をいっそう引き上げて気配遮断に徹して移動する。


 殺し屋は思う。


 あの男はの標的はわかってる。

 僕は彼の戦い方も理解してる。

 だったら殺せる。

 僕の手で伝説に手を届かせてみせる。


 注意深く索敵をする殺し屋。

 興奮から、ついつい掠れた声がもれる。


「僕はねぇ知ってるんだよぉ……どこ、どこぉ……アダム・アーティ……」

「俺は貴様など知らん」


 殺し屋はピタッと動きをとめた。

 次に踏み出す足のつまさきを地面につけた状態で、石のように固まった。


 彼の後頭部には尖った杖が突きつけられている。明瞭な死の香りが遅れて場に満ちる。


 殺し屋は久方ぶりに心臓の跳ねあがる感覚を思い出していた。

 最後にこれほどの衝撃を受けたのはいつだったか。

 そんな益体のないことを思ったのは、走馬灯に近い生命の本能だったのかもしれない。


「武器を捨てろ」

「ね、ねえ、アダム、僕は君の大ファンなんだ」


 全身から噴きでる冷汗は恋の衝動だった。

 否、興奮と言うべきだろう。


「すごいよ、本当に信じられない、君は、僕より二回りも年下なのに、その領域にいるなんて……」

「はやく」


 殺し屋は思う。


 理想の殺し屋とはなんだろうか?

 腕力の強いやつ? 近接格闘術のプロ? あるいは魔術師? 剣術家?


 いいや、どれも違う。

 暗殺が得意な殺し屋こそ理想だ。


 暗殺には3つの意味合いがある。

 

 1.犯行をまわりに悟られないこと

 2.犯人をまわりに知られないこと

 3.対象に気がつかれず殺すこと


 必要に応じて、スマートな暗殺と、ラフな殺戮を使い分けられるものが至高の殺し屋だ。


 これが出来る殺し屋は、そう多くはない。


「アダム、君は完ぺきな殺し屋だ。暗殺が得意で。暗殺失敗後のアフターケアにも余念がない」


 クロスボウがガチャっと音を立てて地面に落ちる。

 

「だけど、僕は悲しいよ」

「……こうなってるのか。悪くない」


 殺し屋は思う。


 アダム……油断しすぎだよ……人の武器で遊ぶなんて……平和ボケは君を弱くした。


「最強のアダムじゃなきゃ、いくらでも殺せるよ!」


 青い外套の殺し屋が言った瞬間、物陰から2人の殺し屋が飛びだしては、短剣で素早く斬りかかる。

 

 「……ああ」と、疲れたような──ともすれば呆れかえったとも受け取れる声を漏れた。


 青い外套の男は、すばやく振りかえると、短剣を腰裏から抜き、そのまま斬りかかった。


 隠れた仲間に気がつかないなんて、ここまで愚かになってしまったのか、狩り人よ!


 かつての彼を知る者の、そんな悲痛なる嘆きは、本人の行動で否定されることになった。


 油断しきった様子のアダムは、かかとザっと地面をすらせながら、わずかに後退した。ちょうど短剣の先端から逃れる。必要最低限の回避。当たるリスクを背負うかわり、最速の反撃に移れる。


 ゆえに新手の殺し屋の顔面に、矢が突き刺さり、風穴が空いたのは必然だったのかもしれない。

 

「爆裂霊薬」


 ぼそっとこぼすアダム。


「ッ、この反応速度は……ッッ!!」

「4,000万!!」


 アダムのクロスボウの矢を避け、すぐさま間合いをつめる青い外套の殺し屋。

 新手の殺し屋は短剣を至近距離で投擲しながら、その着弾とかぶるようにハイキックをぶちかまして、どちらかの攻撃が通るようハイセンスな攻撃をしかける。


 が、どんなに機敏に動いたところで、神がかった反応速度のまえでは無駄だった。


「思うんだが──」


 短剣をかるくキャッチするアダム。せまるキックはしゃがんで避ける。

 ついでとばかりに頭上を通りすぎる足首に短剣を添えたかと思うと、足首の健と膝裏が撫で切りされ、液体のように流麗な軌道のままに、殺し屋の股間を突き刺してしまった。


 間髪いれず、残った最後の一射を、青い外套の殺し屋の右ももに撃ちこみ、片足に風穴をあけてふっとばしてしまった。


 正確さ、速さ、反応、センス……並べはじめたらキリがない殺し屋パラメータすべてにおいて、基本的な数値の差がありすぎた。


「才能ないのになんで殺し屋やってる?」


 殺しの化身はぶつけた。苦しみにあえぎ傷口を必死におさえて悶える2人へ、心の底からの疑問を。


「あ、アダム、しゃま、ぁ……」

「うがぁ、あっ、よ、よん、せんまん……!」

「あ、あだむしゃまぁ、あ、あなた様は、天才、しゅぎる……」


 殺し屋は死の間際におもった。


 自分は天才などではなかった。

 殺しの天才は、死の運命すら自分の指先で定めてしまうほどに、あまりにも鮮烈で、強烈で、猛烈なまでにほかの有象無象とは違う。


「……殺し……うまぃ、で、しゅねぇ……」

「知ってる。だから、殺し屋になった」


 やがて、襲撃者たちは息絶えた。

 アダムは風の弾丸で動かなくなった両者の頭を撃ちぬく。血だまりが2つに増えた。


 路地裏はしんっと静まりかえる。


「殺し屋なんて、本当にろくでもないな」

 

 虚しい響きだった。ひどく軽蔑した視線が死体をみおろしていた。


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