闇に舞い戻る狩り人


 冒険者ギルドからの帰り道。

 滝のような雨に捕まって、踏んだり蹴ったりな沈んだ気持ちだ。


「しばらく止みそうにないか」

 

 雨宿りをしていたギルド前から、意の決して飛び出し、雨の中を駆け抜ける。


 演劇の舞台にあがれば、だれよりも濡れネズミの役を達者にこなせる自信に身に着けながら、冒険者ギルドから屋敷へと帰着するこに成功する。濡れネズミ帰りました。


 にしても、なんたる事でしょう。


 控えめに言って、へこへこしながらどんな雑務でもこなす有能を、除名処分だなんて。『黒い翼』に残された良心である女性陣がいれば止めてくれたのに。……止めてくれたよね? うーん、思い返すとあんまり仲良くなかった気がするし厳しいかあ。


 まいい。

 彼女らがとめてくれようと、とめずに一緒になって俺を追い出していようと、どのみちあのパーティを離れる事にはなっていただろう。


 いつかこうなる気はしていたんだ。俺という存在は奇妙なもので、世界には俺と俺以外の人間しかいないこと強めに意識している節がある。

 誰も俺に踏み込むことはせず、俺もまたそれを望まない。だから、俺もまた他人には深く踏み込まない。浅くも踏み込まない。


 孤独のプロフェッショナルなのだ。


 それゆえに、チームで内で不快指数を高めてる自覚はあったし、軋轢生みまくってるのも知っていた。


 だから、追放されても不思議ではない。

 それにハリーの残した言葉もある。

 幸せとか絆とか、綺麗なものを見つけるために表世界との繋がりである『黒い翼』にしがみついて来たが、今となってはしがらみにしかなっていなかった。

 

 だから、これで良い。


 俺は凪のように穏やかな気分で、屋敷のリビングへと戻ってくる。


 すると、それまで静寂だった波紋に、おおきな波が起きて、俺を飲み込まんと押し寄せてきた。


 俺は右から左へ、ゆっくりと視線を移動させる。


 歩けば足裏をじゃりっと鳴らすガラスの破片。背もたれの破けたソファ。倒れた本棚。破壊されたレコード……俺はいまだ散らかったままのリビングを見てまわると、ド派手に荒らしてくれた野郎どもへの静かな怒りがふつふつと再燃してきた。

  

 同時に血に濡れた泥が残る厩舎もフラッシュバックする。

  

 抱いたのは冷たい怒りだった。

 

 それまで封印していた情動が、止まっていた時間が決壊して溢れ出したようだった。


 顎の下を這うような怒りの由来が、ハリーの死によるものなのかはわからない。それほど気にしてはいないような気がする。


 自分は他人の死に泣けない。感情全体の諸機能が不完全だからだ。


 ただ、わかることもある。


 悲しめない人間であるが、それは怒れないことと同義ではないということだ。俺は知っている。俺は悲しない分だけ、怒るタイプの人間なのだと。


 空っぽになった厩舎にやってきた。

 クラリスがいた馬房に入り、膝を折り、地面に残るひずめの跡をそっと指でなでる。


 温かさなど、もちろん感じない。

 だが、こうすることで彼女がここにいた時の記憶が蘇るようだった。


 ああ、しかし、やはりこれが一番か。

 馬はだめだろう。あまりにもギルティだろう。だめ、ほんと。

 そんなことしたらよう、戦争だろうがよ……っ。

 


 ────



 深夜。月明りが照らすなか、雨のせいでぬかるんだ泥道をふみわけて行く。

 不快な気分と噴出しかかった怒りを抑えながら、俺はサウスランドシティ郊外の高原にあるサウスランド牧場へとやってきていた。

 

 ずいぶん久しぶりに来たような気がした。 

 あまり変わってない景色のなか、目指すのは奥にある小さな納屋だ。

 

 冷たい明かりに照らされるドアの隙間から、炎の揺れるあたたかい灯りがもれてきている確認してから、俺はドアを三回ノックした。

 

 中から「あぁ」と気のない返事が聞こえる。


 両開きの扉を開けると、なかに3人の人影を見つける。

 デニム生地のオーバーオールを来た若い男がふたり。

 そして、汚れた白衣に身をつつんだ男だ。


 若い男たちの、作業の手をとめてこちらを見る目は、困惑の色を映していた。


「ああ、大丈夫。彼は友人だ」


 白衣の男が言うなり、オーバーオールを着た若い男たち──とはいえ俺よりいくらか年上だが──は、ぺこっと頭をさげて作業を再開する。


 俺は彼らの横をすぎて、白衣の男の横、ちょうど客がくることがわかっていたかのように、都合よく置かれていた子椅子に腰をおろした。


「クラッツィオ。ここに俺の馬が来たはずだ」


 そう言うと、白衣の男──クラッツィオは、椅子に座ったまま、くるりとこちらへ体の向きを直した。


「顔を見たはずだ。教えてくれ、クラッツィオ」

「アダム……教えるのは構わない。だが、ひとつ問題があるじゃないか」


 俺は小首をかしげる。


「また仕事を再開するってことにならないか」

「……殺し屋に戻るつもりはない」


 俺はこの世界に踏みとどまらねばいけない。


 綺麗な、魔法のような、俺では決して手に入れられないと思っていたモノを見つけるために。前までなら、俺は夢見るにはあまりにも超現実的な世界を見すぎたと思っていた。


 血を金に換え、食う飯を他人の臓物をバラすことでまかなってきた俺には、どうにもむずがゆくて、臭すぎて、こそばゆい。失笑ものだ。

 

 だけど、ハリーは俺でも手が届くと言った。


 であるならば、この世界に踏みとどまって、その片鱗くらいを見ようと思うことくらいは俺の人生にも許されてよいのではないだろうか。


「綺麗な魔法をどこかで見つけられると思ってるんだ」

「綺麗な魔法?」

「ああ。でも、それは殺し屋なんかしていたら、絶対に手が届かないものだ」

「……そうか。わかった。……だけどな、アダム。きっと勘違いされる。『狩り人』が戻って来たって。それだけは覚悟しておいた方が良い」


 クラッツィオはサウスランド牧場を訪問した者のことを教えてくれた。


「助かるよ、クラッツィオ」

「お前には恩があるからな。幸運を祈るよ、アダム・アーティ」

 

 クラッツィオに背を向けて俺は歩きだした。

 


 ────


 

 屋敷にもどってきた。

 散らかったリビングを通り過ぎて、物置へとむかう。


 物置には職業:重戦士の冒険者が使いそうな、さびついた戦槌があった。

 何に使うでもなく、ガラクタとして放り込んでおいたのに、まさか使う日が来るとは思いもしなかった。


 俺はさびついた戦槌の重さを確かめるように両手でしっかりもち、そのまま『黒い翼』のクエスト準備室へとむかった。


 ガーヴの一声で、勝手に占有されていた部屋である。四方の壁に棚と、個人用のロッカーが設置されている。今は、ほとんどの備品が盗まれており、すっからかんの様相だ。

 

 とはいえ、用があるのは残されたわずかばかりの備品ではない。


 俺は戦槌を壁に立てかけ、部屋の奥の重厚な木製の棚を、ズズぅーっと押して移動させる。


 裏には築数年の綺麗な木目の壁あらわれる。


「ああああああ!」

 

 俺は戦槌をおもいきり振りあげ、その重さの意志に従うままに、その綺麗な木壁を叩き割った。


 一撃で粉砕され、穴が開いた。

 穴をべりべりめくって、拡張してしていく。


 壁の裏に現れたのは、今度は石レンガの壁だった。


 俺はそこへ、再び躊躇なく戦槌をたたきつけて、粉々に石レンガの壁を破壊した。


 何度も何度も叩きつけ、額にうっすら汗がにじんできた頃、粉々に砕けた石レンガの向こう側に、金属の光沢が見えはじめた。


 それは真っ黒な金属でできた金庫だった。

 縦2m、横幅1mほどの大きい金庫だ。

 

 俺は金庫の取っ手をひねり開ける。

 特にロックなどは掛けていない。


 ひさしぶりに開く金庫の扉はずっしりとした重みがあった。これを壁に埋めた時には、もう取り出すことはないと思っていた。ずいぶんとはやく使うことになったと思う。


 金庫の扉を開いて、なかに納められたものを確かめる。目についたのは、真っ黒で分厚い革製の外套だ。


 よく着込まれて柔らかい。今は丁寧にたたまれて、再び着られる時を待っているようだ。

 

 『狩り人』を象徴する黒い外套だ。


 フードを目深にかぶれば、伝統的な暗殺者にみえる。袖や外套の裏地には、さまざまな道具を仕込める。仕事をする時は脳死でとりあえすこれを選んでおけば、まず間違いない、まこと便利な服装である。

 

 外套のほかに必要な武器をいくつかとりだす。


 同型の長さ26cmの黒い杖が10本ほどずらっと並んでいるところから、3本だけとりだした。


 俺は相手が死ぬところをしっかり確認しないと気が済まないタイプの殺し屋だったので、近接戦闘を好んでいた。


 杖の予備を準備するのは、近接戦闘で魔法を乱射すると、たまに呪文が跳ね返って、たびたび杖が折れることがあるからだ。あと物理的にもわりかし折られる。だから、仕事の時は最低3本は持ち歩くようにしていた。


 続いて金庫から取り出すは、短剣だ。


 数種類ある短剣のうち、ブーツの中に隠せるちいさめのサイズのモノを一本。


「そして、もう一本は……」


 もう一本はスペシャルだ。……いや、あえて最強のノーマルとでも言うべきか?

 殺し屋時代にいつも使っていた相棒は、刃物の殿堂ウツキンゾ製のオールドファッション、タングナイフである。

 鼻をちかづけ、その重厚な金属の香りを楽しむ。冷たい光沢の肌触りもまた格別だ。ずっしりとした重さには、ナイフとフォークよりも握りなれた故郷のような哀愁すら抱く。

 タングナイフは武骨でしゃれっ気になどまったく感じさせない頑固な職人気質を感じさせる短剣として殺し屋界隈で広く知られている。どんなに雑で過酷な場面で使っても、折れず、欠けず、必ず期待に応える。プロフェッショナル好みのタフさをもっているからだ。殺し屋であれば、みんなタングナイフを懐に忍ばせているのは常識。何にでも使えるからな。いや、ほんと。なんならタングナイフ一本で髭剃りから、ムダ毛そり、肉や魚をさばいたり、サラダを作っているまである。タフさに取りつかれた殺し屋たちのタングナイフ好きは異常。筋肉モリモリマッチョマンの殺し屋がパンイチでタングナイフ手に暗殺しに来た時の絶望感ったらない。


 おおっと、いかんいかん。

 ついタングナイフへの愛と記憶が爆発しかけてしまった(爆発済み)


「こんなところか」


 俺は金庫の中を見渡して、狙撃用クロスボウやら爆裂魔術がこめられたスクロールやらをひと通り見て「いや、これに手を出したらもう殺し屋だろ……ッ」と、心を鬼にして伸ばかけた手をひっこめた。


 最後に金庫からとりだすのは、紫色の光沢をもつ怪しげな硬貨だ。

 その輝きを見ると、必死にこの光沢を集めた時代を思いだす。


 10枚でワンカートンとなっている束が、全部で20個ほど、金庫の蓋部分に特別に設けられたくぼみにはまっている。


「はあ……」


 この硬貨に頼れば、『狩り人』の古巣である暗殺ギルドの支援を買うことができる。

 それは『殺し屋』として、再び裏社会に認知される危険をはらんでいる。


 だが、必要な選択だ。

 相手はガーヴだ。スノーザランドファミリーは総力をあげて俺の前にたちはだかる。


 ちゃちな強盗犯のもとへ、てくてく歩いて行って、その頭を撃ち抜くのとはワケが違う。


 俺がやろうとしてるのは、現役時代なら相当高額な報酬になってるだろう殺しだ。であるなるば、殺し屋アダム・アーティが積んだレガシーに頼る必要がある。


「まあ、掃除も必要だしな……」

 

 俺は暗澹たる気持ちで、紫色の硬貨──血塗れの通貨『クレジット』をとりだした。



 ────



 雨に濡れ粉塵まみれになった服を着替えた。

 クレジットを手に、俺は寝室へやってきた。


 金庫に入っていた魔導書も持ってきた。

 古びた革の装丁で年季のはいった魔導書だ。


 本をめくれば、そのページの大部分が白紙なことに気が付く。


 俺は白紙ページを適当に開いて、記憶をたどって、ある名前をつぶやく。


「呼びかけ、『掃除屋』ペニー・クリー」


 詠唱を受けて古びた魔導書『遠方からの呼び声』が起動した。

 しばらく、じりじりとした砂嵐のような雑音が寝室に響いたあと、声がかえってきた。


 俺は端的に用件を伝える。


「ああ、俺だ。……アーティだ。……そう、アダム・アーティ。『見送り』の予約をしたい。たぶん10人くらい、早朝。ああ。ああ……よろしく頼む」


 魔法による遠距離会話を終えたあと、『遠方からの呼び声』の白紙のページには、今しがたの俺と相手方の会話が一言一句もらさずに記録されていた。

 仕事と金と信頼だけでなりたつ世界だからこそ、こういう魔道具が重宝される。


 俺はクレジットの束をほどき、ベッド脇のサイドテーブルのうえに立てる。10枚重なった硬貨のタワーを手にとり、1枚1枚チャリチャリと落として枚数を確認する。たしかに10枚あった。


「……はあ」


 サイドテーブルのろうそくの火を吹き消す。

 黒い杖を手にもち、ベッドに浅く腰掛ける。

 そうして、俺は静かに目を閉じた。


 

 ────


 

 2時間後。


 ごく浅い睡眠をとっていた俺は空気が変わるのにあわせ、ゆっくりとまぶたを持ちあげる。


 まだ窓の外は暗い。夜明けまで、いくばくかの猶予がある時刻だ。


 目を覚ますには少し早い。が、こちらも寝てたわけじゃない。できるだけリラックスしようと思っていた。とはいえ、久しぶりの緊張感にギンギンだが。


 もう何度となく繰りかえしてきたからわかる。経験上、組織的な無法者をかき集めると、だいたいこれくらいで部隊を編成しおえる。


 1人で殺し屋殺しさせるのは難しい。

 なら、10人ならばいけるだろう。

 経験上、殺し屋を殺し屋以外で排除しようとすると、なぜか10人ぶつける輩が多い。


 結果、迅速に殺し屋を殺そうとした時、どれくらいの時間で、敵が準備を整えおえ、住所へ襲撃してくるのかもわかるようになる。


 このタイミングで俺の殺し屋センサーが稼働し、なにやらおかしな気配が屋敷に侵入して来たということは……つまりそういう事なんだろう。


 俺はそっと立ちあがり、部屋の外へと向かう。足音はしない。癖になってんだ。音殺して動くの。


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