俺の親父が黙ってねえからな


 とある隠れ家の小部屋のなかで、ろうそくの明かりに照らされ浮かびあがる人影が、狭そうにひしめいている。

 外では雨音がぽつぽつと聞こえはじめている。


 その中でも、明るい赤髪が特徴的なガーヴは、ニヤニヤと下衆に笑いながら、ズラッと並ぶ金品と、高級アイテムの数々を見やる。


「あっはは、やってやったぜ、最高の気分だ」

「やりましたね、ガーヴ様!」


 ガーヴと共に笑っているのは、彼の父親をボスとしたスノーザランドファミリーの面々だ。


「あーあ、にしても、たまらねえ顔だったな。あのパラサイト盗賊野郎。なんの仕事もしねえで、いつまでもうちのパーティにいられると思ってやがったんだ」


 小部屋いっぱいに詰まっている金品はすべてアダムの屋敷から盗まれたものだ。


 アダムが日課で墓参りをすることを知っていたガーヴとベネットの一味は、屋敷に忍び込み、アダムのあらゆる財産を強奪していたのであった。


「にしても、気に食わないですよね! なんであんな盗賊風情がこんな金持ってたのやら。マフィアになる度胸すらない、小物のなかの小物のくせ!」

「あいつの屋敷、俺のよりでかいしな……どこからあんなデカイ屋敷を買う金が出てるんだ? ……まあ、細かいことは気にする必要はねぇな」


 ガーヴはアダムの生活に引っかかるものを覚えはしたが、そんなことは些細なこととばかりに気にしないことにしたらしい。


 今、彼らの目のまえには、山のように積みあげられたマニー金貨と、冒険者にとっては垂涎物のポーションや、マジックアイテムの数々が並んでいる。


 これらはすべてアダムの屋敷から盗んできた成果物であった。


 ガーヴは思わず漏れる邪悪な微笑みをおさえて、努めて威厳ある大物を気取りながら、まずは、アダムの寝室に置いてあった彼の杖を手に取った。


 杖はアダムが常日頃から使っているモノではなかった。

 アダムはクエストのさなか、よく魔法を使用するので、魔法の心得があるのは知っていた。

 だが、普段使うのはもっと安そうな既製品だったはずだ。


 しかし、これは違う。


 真っ黒い短杖で、長さは26cm。

 艶消しのされた美しい杖身と、持ち手に使われている手に馴染む滑らない革素材。特徴的な彫刻がほられており、これが一流の職人のオーダーメイドの作品であるのは明白だった。

 一目見て、これが特別な杖なのだとわかる。しかも、未熟な魔法感覚しかもたないガーヴでも感じられるほどに、精巧な魔力の香りを漂わせているではないか。


 間違いなく一級品の杖だ。

 かなりの高級品だと思われた。


 職業:盗賊風情のアダムが使うには、あまりにも不釣り合い。

 おおかた高名な魔術師か英雄から盗んできたのだろう、とガーヴは思った。


「盗賊ごときには勿体ねえ品だな。俺様が売って金にしてやろう」

「「「うぇーい!」」」


 ガーヴに続いて子分たちが頭の悪そうな、特に意味のない声をあげて沈黙を埋めていう。そうでもしないと、すぐに場のボスは機嫌を悪くしてしまうだろうから。子分も大変だ。


 そうこうして、ガーヴと子分たちのあまり頭のよくないやり取りは続いていき、アダムの屋敷から盗まれた様々なお宝鑑定団による目利きが行われた。


 結果として、ガーヴはすこし頭痛がしはじめていた。

 なぜなら、どれだけ数え直しても、盗品のあれもこれもが異様なほどに、値打ちものばかりだったからだ。


 とんでもない額になりそうだ。


 ガーヴは思う。最低金額として見積もったとしても……最低獲得総額は1,000万マニーに登るのではなかろうか?


「すげぇな、盗賊って儲かるんだな……俺も盗賊になろうかな……」

 

 ガーヴはすこし目を虚ろにしてつぶやく。

 

「お気をたしかに! ガーヴさまはスノーザランドの次期頭領なんですよ!」

「っ、もちろんだ。はは、想像より羽振りの良い盗賊稼業にびっくりしただけさ。なあに、スノーザランドのボスのほうがずっとデカイ金を動かせる。俺が奴に負けている点はひとつとしてない」

「流石はガーヴさま! 我らスノーザランドの輝ける星です! よっ、サウスランド地方一番の男!」

「そうだろう、そうだろう。うん、そうだ、俺がやつに負けていることなど一つもない」


 ガーヴの心中を暗いものが覆っていく。


 端的に言って、盗賊ごときのアダムと、大マフィアであるスノーザランドの若頭では、裏社会における格が圧倒的に違う。奴隷と一国の王子くらいには差があると言っていい。


 しかし、ガーヴは知っている。

 自分の父親がやけにあのアダム・アーティとかいう小汚い盗賊を信頼していることを。

 見方を変えれば機嫌をとっているとすら取れるほどに、彼を好意的に言いあらわすことを。父の奴を見る目が、実の息子である自分を見るよりも、期待のこもった目をしていることを。


 ああ、気に入らない。本当に気に入らない。


 ガーヴは眉根を寄せて、露骨に機嫌悪そうにして、酒瓶をグイっとあおり、のどを熱い刺激でうるおす。


 ふと、高笑い響く小屋の扉が外側からノックされた。


 ガーヴは泥のように暗い思考から、ハッと我にかえり、顎をくいっと動かして、子分のひとりに扉を開けさせるよう指示をだした。


 入って来たのは青色の髪をした男だ。

 長い前髪の隙間から、鋭い眼光がのぞき、顔には軽薄な笑みがこびりついている。


 その顔を見るなり、ガーヴは笑顔で「ベネット」と語りかけるような声をもらした。

 ガーヴのよき理解者であり、ともに大マフィアのボスとなる運命を背負った盟友だ。


 ガーヴは立ちあがり、酒瓶を片手に持ったまま、小屋の外へと出る。


 小屋の玄関のすぐ横手には、ガーヴたちの馬と荷車が停めてあった。

 しかし、その中で一際美しく、身の締まり方から、筋肉の発達具合からして、只者ではない馬が一頭紛れ込んでいた。


「おお、どうしたこの馬」

「アダムのところに厩舎があったんさ。ガーヴたちが引きあげたあとに戻って連れてきたんだー。すごいと思わないー?」


 ベネットは得意な様子で、その美しい馬を撫でた。


「良い馬だな」

「ガーヴにやるぜ。俺は馬はあんまり好きじゃないからねー」

「まじか。サンキューな、ベネット」


 ガーヴは酒をぐびりとあおると、美しい毛並みを撫でで、不敵に微笑んだ。


 持つべきものは親友だな。

 

 そんなことを思いながら、ガーヴは「俺の成果も見てくれや」とベネットを小屋の中へと招き入れるのだった。



 ────



 夜更けのすこし前。

 先ほどまでどしゃぶりだった雨はすっかり止んでいた。


 ガーヴとその子分たちは手に入れた美しい馬を連れて、ある牧場へやってきた。


 寒々しい月明りに照らされているのは、右手を見ても、左手を見ても、ひたすらに整備された草原のつづく風景だ。


 月光に輪郭をふちどられた雲が夜空を泳いでいる。空が低く感じられるほどに、雲が低空飛行しているように感じるのは気のせいではない。


 ここは標高500mに位置する高原だ。

 サウスランドシティの中心から1時間ほど馬に揺られれば来れる癒しの名所として、観光スポットにもなっている。

 しかし、こうした表向きでは健全な場所には、得てして裏の顔があるものである。


「ガーヴ様、どうしてこんなへんぴな牧場なんかに?」

「サウスランド牧場を知らねえのか? おめえよくそれでスノーザランドにいられるな」

「へ? あ、すみません……っ」

「ふん。まあいい。……サウスランド牧場はどこのファミリーにも属しちゃいない。だが、その仕事の腕前でここらいったい仕切ってる犯罪連盟『サウスランド・ジェントルトン』御用達の仕事場になってるんだ」


 裏社会で特別な地位をもつ牧場。

 それを聞いただけで、ガーヴに質問をした者は、目の前の静謐な風景が、すべてまやかしであるような気がしてしまい、背筋の凍るような怖気を感じるのだった。


 ガーヴ一行は、おおきな馬納屋のなかへと入っていく。

 巨大な納屋で見上げるほどの高さと、見渡すほどの広さを誇っている。


 馬納屋の中では、顔つき穏やかな者たちが馬の世話をしていた。


 しかし、彼らはガーヴをいちべつするなり、スッと瞳の温度をさげた。その豹変ぶりは、慣れていない者ならおもわず足を止めてしまう驚きを持っていた。


 彼らの目つきと、冷たいまなざしが、彼らが危険な世界の住人であると語っている。


 そんな彼らの視線を凪のように受け流して、ガーヴたちが馬納屋の奥へたどりつく。

 すると、ひときわ大きな馬房……と呼んでよいかもわからない広々としたスペースで、ろうそくの明かりを頼りに、なにやら作業をしている人間がいた。


 その者は、手をとめてガードたちへ振りかえる。


 年齢は40代半ば。渋みのある暗い髪色をしている。馬納屋のなかでは不自然極まりない汚れた白衣を着ていた。

 足元に置かれた銀色のトランクとあいまって、どことなく変わったセンスを持った人物だという印象を見る者にあたえてくる。


 ガーヴは口を開く。


「やあ、クラッツィオ。元気しているかい、変わった学者くん」

「なにしに来た?」


 クラッツィオと呼ばれた白衣の男は、首をかしげ、おしゃべりをするつもりはない、と言外につたえてくる。


 ガーヴは意味のない愛想笑いで言葉の接ぎ穂をさがしながら「ああ、そうだ、研究は順調か?」と思いついたように言った。


「はあ、お前がこなければな」

「はっ、そうかい。魔法使いでもあんたは格段に変わってるな」

「で、なにしにきた」

「話ができねえな……。まあいいさ、あんたに仕事をもってきてやったんだ」


 ガーヴはベネットからもらった美しい馬をクラッツィオに見せる。


「あんたさ、モンスターとか馬の持ち主を変えられるんだろ? テイマー学がなんとかって……ほら、だからさ、ちょちょって感じで、この馬のマスターを俺に書き換えてくれよ。元の持ち主が、この馬とテイマー契約結んでて、このままじゃ乗れねぇのよ」


 クラッツィオはガーヴの言葉を聞いて、うっすらと目を見開きながら、美しい馬にそっと手を伸ばしている。かすかに震える指先。


 だが、あと数センチで触れそうになったところで、彼はサッと手を引っ込めてしまった。

 その姿はまるで、この馬には触る事すら憚られると言わんばかりだ。

 

「ガーヴ、この馬どこから盗んできた?」

「んなもん、あんたに言ってもしかたねえだろうがよ」

「さっさと答えろ」

「……はっ。ちんけな盗賊さ。小物分際でデカい屋敷に住んでたからわからせてやったんだ」

「デカい屋敷、ねえ……」

「ああ。こーんなにデカい屋敷だ。この馬納屋よりもデカい。使用人もいたらしいぜ。じじいだったらしいけどな」

「……そのじじいはどうしたんだ?」

「さあな。普通殺すんじゃねえのか?」


 ガーヴは得意げな表情で、拳を手のひらに叩きつけて、パチンっと音を鳴らした。


「へえ、殺すねえ」


 クラッツィオはおかしくて仕方ない笑いをこらえるようにして、肘を抱いた。

 ガーヴもおかしそうに笑いの調子をあわせる。


「馬鹿が」

「……ぁ?」

 

 たった一言。クラッツィオの冷たい嘲りが響いた。

 ガーヴは思わずほうけた顔をする。


「てことは、この馬は……『狩り人』の馬ってことだろうが」

「……て、てめえ、今なんつった?」


 クラッツィオは深くため息をつき、手元の机に腰かけると、 


「出ていけ」


 静かに、されど重苦しく、圧を感じさせる声でそう言った。


 ガーヴは目を丸くして「……はぁ?」と、声にもならない吐息をもらす。

 ただ、自分が侮られていることを空気で察していた。ガーヴの大マフィアの若頭としてプライドが、舐められてたまるものか、と彼を奮い立たせる。

 机に腰かけて余裕をかますクラッツィオへ、ガーヴは一歩、二歩と威圧的に近づいていった。


 クラッツィオは、そのちっぽけな誇りを嘲笑で跳ねかえした。

 せまってくる彼をまるで恐れていないように、再びはっきりした声でつづける。


「出ていけっつってんだ。聞こえなかったか?」

「てめえ……んでだよ。なに不機嫌になってんだ? 馬のテイムステータスを白紙にしてくれりゃいいんだよ。たったそれだけのことだろ?」

「その馬は無理だ」

「あんだと?! ただの馬じゃねーか」


 ガーヴの言葉を受けて、クラッツィオが固まる。

 そして、片眉をあげて、冗談を聞きかえすように「ただの馬?」と笑いながら問いかえした。


「馬じゃねよ」

「は……? いや、馬だろ……」

「いいや、違う、馬じゃねえ。これはアダム・アーティの馬だ」

「…………馬だろ。てか、てめえよさっきから俺様にそんな口きいてんじゃねよ。てめえクラッツィオおい、俺様の言う事聞けねえっていってんのか!」


 ガーヴはいよいよクラッツィオの胸倉に掴みかかった。


「──だからそう言ってんだろうが」


 固く握られた拳。

 勢いよく振りぬかれ、ガーヴの顔を打ち抜いた。


 ガーヴはなにが起こったかわかってないかのような、呆けた顔でたたらを踏み、唇から血を流しながら、ぎょっとした様子の子分たちの顔を右から左へと見まわす。


 視線がひと通り旅をして、襟元をただして、涼しい顔をしているクラッツィオへ戻ってくる頃、ガーヴの表情は明確な怒りによって歪んでいた。


「アダム・アーティの馬を盗んじまうような大マヌケの話なんか聞けねえってよ。さっきから繰り返してんだろうが。わからねえのか、ガキ。耳にクソでも詰まってるのか?」

「ッ!! て、てめえクラッツィオおい! この俺様にそんなこと……!!」


 ガーヴの額に青筋が浮かびあがる。

 

「あーあ、もうブチぎれちまったぜッ」


 ガーヴの手の中に赤い魔力の粒子が収束していき、それは刃渡り2mの両刃大剣・魔剣ジョルジャックとなり、彼の英雄たる威厳として顕現した。

 

 クラッツィオはつまらなそうな顔をしながら「おめえ、まじでバカなのか」と言うと、近くにあった銀色のトランクを足で軽く小突いた。


 ……………………………………。


 瞬間、世界が沈黙した。


 否、静かになった。より正確には、その地獄の底にいる怪物のうなり声を聞くために、この場にいるすべての生物が、自主的に沈黙させられていたというべきだろうか。


 決して自分の存在を知らないでください──。

 自分はつまらない雑草です。路傍の石にすぎませんので、どうか通り過ぎてください──。


 多くの生命は、恐ろしい怪物をまえに、ただ空気に徹することしか許されない。


 銀色のトランク。

 そのなかにいったい何が入っているのか。

 その正体を知らないことが、つまらない見栄を張るより、はるかに重要なことであることは、ガーヴにもすぐ判断できた。その危機感は本能的なものだった。


 クラッツィオは静かになった馬納屋のなかで、最初に口を開く。


「やるんなら構わねえ。でもよ、忘れてんじゃねえよ。ここは俺の牧場だ。ここじゃ俺が王だ」


 ガーヴの頬を気持ちの悪い汗が、ツーっとつたっていく。

 

 ガーヴは思い出していた。

 目の前のくたびれた白衣野郎が、むかしは名のある使役術者であったことを。


「おい。出て行くか、死ぬか。さっさと決めろ」


 ガーヴはいつのまにか、馬納屋で作業していた男たちが、冷たい目つきで、自分たちの事を取りかこんでいるのに気が付いた。


 ガーヴは必死に思考をめぐらせる。


 俺はA級冒険者だ。

 いや、実力だけならS級は硬い。

 だって俺様だからな。

 『黒い翼』の他のメンバーが足を引っ張ってるからA級に甘んじてるだけ。

 だから、実質S級さ。ああ、間違いない。

 じゃあ、そんなエリートS級冒険者の俺様は、このちょっと押せば倒れそうな疲れた壮年をぶちのめせるだろうか。

 

 散々考えたすえ、ガーヴは魔剣ジョルジャックを魔力の粒子に変換して武装解除した。


「……チッ。クラッツィオ、てめえ覚えとけよ。俺様にしたこと。俺の親父がだまってねえからな!」


 大マフィア・スノーザランドと、いち牧場。

 争いになればその結末はわかりきっている。


 ガーヴは冷汗を滝のようにかきながらも、気丈なうすら笑いを浮かべ、子分たちをひきつれて、足早に納屋の出口へと引きかえしていった。


 今に見てろ、その涼しい顔を糞まみれにして、許しをこわせてやるぜ!

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