【完結】 無能として追放された盗賊、実は最強の殺し屋でした
ファンタスティック小説家
殺し屋、アダム・アーティ
「アダム・アーティ、殺し屋になりなさい」
彼女の最初の命令は、いまなお克明に俺の記憶に刻まれている。
身体をいくら洗おうとも染み付いた血の匂いが消えることない。いつだって細胞ひとつひとつの隙間にまで、死の香が満ちているのを感じる。
賑わう街に出れば、通りですれ違う彼ら彼女らを、殺せたかどうか、殺すならどうやるのか、その後の処理に関してまで、いつだって考えている自分がいる。
五臓六腑をめぐる冷えきった血と殺人に最適化された思考──すべて育ての親にもらったものだ。
当時から、あの人は奴隷を買い集めていた。
集められた奴隷の中に、俺がまじっていたことは、ある意味では運命だったのかもしれない。あるいは宿命、天命? なんでもいいか。
奴隷たちは彼女のもと、彼女の望む形に教育され、配役に耐えられるようデザインされる。
男子ならば、殺し屋として育てられる。
例外はない。
女子ならば、娼館へ送られ、歳を取れば使用人として生きる道を与えられる。
とりわけ美しく、教養を修められるだけ頭の出来がよければ、貴族の家へ送られたりもしていた。
俺は男子だった。
だから、殺し屋として育てられた。
最初にあたえられた科目は、脂ぎった中年をクロスボウで撃ち殺すことだった。
あとで聞いた話だが、俺が殺した中年男はえらくデカい債務を抱えていたようだ。それもバックに大マフィアがついている金貸し屋への借金だった。
中年男は、家も妻も娘、すべてマフィアに売り払い、それでも、今から逃げるためにまわりに迷惑をふりまき逃亡していたらしい。
彼のように借金を返せなくなった底辺にして人間失格の債務者には、相応の末路が待っている。
多くの場合は、殺して、死体をバラシて、闇の魔術師に部位ごとに売り払うのが一般的もちろん、もちろん、裏社会ではの話だが。
「アダム、その男を殺しなさい」
「はい、マム」
殺人を強要されて、躊躇なく実行できる者は100人に2人しかいないのだと言う。
目隠しをして、両手両足を縛られ、涙と鼻水を流して命乞いをする者にたいして、思いきり棍棒を振り抜けるか否か──そういう話だ。
俺はソレが出来る側の人間だった。
その日、俺は自分が天才だと証明してしまった。
もう10年も前の話だ。
あの日から、俺は彼女──マムのもとで、場と道具を選ばない殺人術の修練に明け暮れた。
一番鍛えさせられたのは場と道具を選ばない体術関連の技能だが、冒険者や騎士が使うような剣術も勉強させられた。
主要三流派では、それぞれ高みに到達し師範を打ち負かした。
俺には才能があったので難しくはなかった。
大陸で話されてる主要4言語も勉強させられた。どこへ派遣されても、すぐに現地の文化に適応できるよう、さまざまな教養も修めさせられた。
俺は良い成績を修めることに必死だった。
俺には、それしかなかったからだ。
閉鎖的な訓練施設のなかで思うのは、いつだって外へ出ることだけだった。
そのためにはマムの敵を排除できるくらい優秀な成績をおさめ、彼女の殺しの依頼を任されるくらい有能にならないといけなかった。
マムは一流にしか興味がなかった。
だが、集められた男子たちのうち、『一流の殺し屋』になれる者はごく僅かだった。
多くが殺人に抵抗を覚え、思うように技能を身につけられなかった。技能がなければ科目をクリアできなかった。
14歳までに必要科目をクリアできない者は、″一流の見込み無し″、としてどこかへ連れて行かれてしまっていた。
その行く先は俺も知らない。
人殺しを学んでいるのは間違いないのだから、きっと二流、三流として名札をつけられ、マム以外のもとで殺し屋として生きる事になるのだろう。あるいは傭兵だろうか。
まあ、どのみち俺たちのような犯罪組織に育てられた孤児たちには、裏社会のどこかでひっそりと生きるしかないのだろうが……。
俺がすべての科目を修了したのは13歳になって3ヶ月が過ぎた頃だった。
俺は無事にマムに認められ『一流の殺し屋』としての肩書を手に入れることができた。
俺はマムの元で、3年間にわたってさまざまな”仕事”を与えられた。失敗したことは一度としてなかった。
裏社会にて『狩り人』の二つ名が浸透してきた頃、マムは俺にある仕事を依頼した。
「アダム、あなたに『億の仕事』を与えます。見事やり遂げてみせなさい」
『億の仕事』というのは、一億マニーを越える報酬がかかった仕事のことだ。
こういう案件では、対象を殺すことは、容易なことじゃない。というより、困難極まると言ったほうが正しいだろうか。不可能に近いと言われている。
『殺し屋』と呼ばれる者たちは、疑いなく最も危険な人類だと言える。
そも特別な才能がなければなれず、才能を持たない者はその過程でふるいおとされる。
『殺し屋』に対処できるのは『殺し屋』だけである。
表世界で英雄を名乗る冒険者や、傭兵では、殺害の修羅にまで育ってしまった対人のプロ相手に為すすべはない。
俺には殺し屋としての才能があったから、不可能と言われた『億の仕事』をやり遂げることができた。
そうまでして裏社会から抜け出したかったのには理由があった。
ひとりの少女だ。任務先で出会い、そしていっしょに人生を歩もうと思わせてくれた。……まあ、思わせてくれただけだったが。
俺の初恋は成就しなかったが、俺でも人好くことが可能だと言う実証を得ることができた。
血と金を交換する日々の中で、そんな”綺麗な魔法”なんて存在しないと思っていたのに、だ。だからかもしれない。どこかで綺麗な、高尚な、尊いなにかを求めるようになれたのは。それがマトモになれば手に入るような気がしたのは──。
とにもかくにも、結果として、俺は16歳の頃にはマムの元を去ることができた。
俺は自由の身になり、殺し屋稼業から足を洗った。
18歳になった今、俺はA級冒険者パーティ『黒い翼』の盗賊として、比較的まっとうに社会のなかで生きていた。
────
「──、──い、おい、アダム、聞いてんのか」
機嫌悪そうに言う年季入った酒場の机に足を乗せるのは『黒い翼』のリーダー、ガーヴ様だ。
彼は有力マフィアのボスの息子であり、優れた冒険者『魔剣士』の二つ名で知られている。
すっかり過去の記憶にバッドトリップしてしまっていた。
いかんいかん。
頭を切り替えて、目の間の赤髪の男の話に意識をむける。
すると、おかしなことが起こっていた。
赤い魔力が鋭い槍となって飛んでくるではないか。
俺はそれを見てから、すこし考え、スッと一歩横にスライドするように移動してその赤い魔力を避ける。半呼吸の間のできごとである。
魔力を自在に放射できる、破壊の魔剣ジョルジャックの力だろう。クエスト最中、よく乱射されているのを見るので慣れている。当たったことはないが、たぶん痛いんだろう。うん、すごく痛いだろう。
赤い魔力によって壁に拳ほどの大きさの穴が空いた。
俺はそれを見て「うわぁ」と特に意味のない声を漏らす。
なにかしらリアクションをすることで、相手の機嫌を損ねない処世術である。
ガーヴ様はハッとすると、顔を真っ赤にして、目をカッと剥いた。
「なに避けてんだよ」
処世術の効果はいまひとつか……。
俺はせまってくるガーヴ様を両手で、どうどう、と押しとどめながら「当たったら怪我しそうだったので」とボソっと言った。
元来、俺は人と喋るのが得意ではない。
修行時代も友達はいなかったし、表に出てきてからも継続して孤高のぼっちを貫くほどだ。
「ふざけんじゃねえ、てめぇが無様に怪我して俺を楽しませろや。ほら、次は顔面いくぞ」
ガーヴ様が手をかざすと、赤い魔力の粒子が玉となり、なかなかの速さで飛んでくる。
俺は首を振ってスッと避ける。
理不尽な暴力が嫌いだ。
意味のないことが嫌いだ。
利益にならないことが嫌いだ。
なので、理不尽で、意味がなくて、俺にとって一文の得にもならないガーヴ様の余興につきあわされることが嫌いで、なんならガーヴ様本人が嫌いで嫌いで仕方がないということになる。
「てめぇアダムこら、舐めてんのか?」
ガーヴ様は俺のもとへズカズカと歩いてきて胸ぐらを掴むと、腕力にものを合わせて思い切り引き寄せ、顔を近づけてくる。
「良い気になるなよ? ここじゃ俺様がボスだ。なんでか知らねぇけど親父に気に入られてるみてぇだから、俺のパーティに入れてやったが、あんまり調子に乗ってと、まじで飛ぶぞ?」
それは一回ヤってる奴のセリフなんよ……。
「えーと……何がですか? 何が飛びます?」
「てめぇの首だよ、このタコ野郎!」
「イカの方が好きです」
ちょっとした茶目っ気のつもりだったが、俺は思いきり殴り飛ばされて、冗談に失敗したことを悟る。
そういえば、マムは言っていたか。
「あんたじゃ、マトモに生きられないよ」
あれは遠回しな嫌味ではない。
それどころか、ドストレートのド正論だったんだろう。
元々、マトモに生きれるように育てられて来なかった。
俺は人と普通に接することができない。
ああ、マトモとは、まこと難しいものだな。
「でも、なんで俺は殴られてるんだろう……俺、悪くないよな……」
「てめぇが悪いんだろうが。俺様に逆らうことは徹頭徹尾、罪悪なんだよ」
「んな理不尽なあ……」
「けっ、減らず口ばっか聞きやがって。俺様を舐めるんじゃねえ。働いてねぇのに寄生虫みたいに俺様のパーティにくっつきやがってよ。親父の頼みじゃなかったら、てめぇなんかとっくに捨ててんだよ」
その後、散々に暴力をふるわれた。
ガーヴ様が満足して、俺の家から帰ってくれる頃には日が暮れていた。
背中の曲がった老人が、濡れたタオルを持って、歩幅をちいさく、てくてくとやってくる。
「無事でございますか、アダム様」
「ありがとう、ハリー」
「どうして一方的にやられるようなマネを?」
「表世界では我慢しなくてはならないことがあるんだ。あれがそうなんだと思った」
「アダム様は我慢が苦手なのによく頑張りましたね」
「別に。我慢は得意だ。ずっとそうやって生きてきたから。なんなら、殺し屋なんて我慢大会みたいな側面もあるくらいだったしな」
俺はハリーにそう言って、苦手な微笑みをつくった。
「アダム様……、すこし笑顔の練習をなさった方がよろしいかと」
「そんなに笑顔が下手か?」
「はい。端的に申し上げますと、粘着質なストーカーの顔と言いますか……目がなまじ死んだ魚のようなので、何を考えているかわからないサイコパスのごとき印象が先行してしまいます」
「そんな言わなくていいだろ……」
俺でも傷つくんだぞ。
にしても、長年に殺人に携わってきたせいだろうか。
どうにも俺は、俺が思っている以上にマトモではないらしい。
マムが言っていた言葉の意味は、つまり、こういう事なのだろう。
俺としては、十分以上にやっていけると思っていたんだ。
客観的に見て、俺は高水準の基本スペックを持ってるし、教養も深く、四カ国語のマルチリンガルだ。顔だって良いほうだし、ちょっとしたユーモアもあるつもりだ。
「アダム様はご自身がなぜぼっちなのかを、よく省みてください」
「前向きに善処するよう尽力しよう」
「それは顧みないということですね。わかります」
ハリーは俺の血で汚れた床を拭きながら、苦笑いを浮かべていた。
「どうかアダム様が幸せを見つけられますように。本当の絆を結べる仲間に出会えますように」
「幸せも、絆も……俺には臭すぎる言葉だよ」
「そうでもありません。環境がまともでないならともかく、いまは周りがまともなのです。アダム様もマトモになってそれを手に入れられます」
「ああ。そうあれるよう前向きに善処するよう尽力しよう」
「まったく、あなたと言う人は……」
ハリーは疲れたように乾いた笑顔をうかべ、ため息をつくのだった。
────
ハリーの掃除を手伝い、そうそうにリビングを綺麗にした。のちに、愛馬が腹をすかせているだろう厩舎へやったきた。
「クラリス、ごはんだ」
「ブモブモ」
「いっぱい食べろよ」
「ブモブモ」
クラリスはマムの牧場から貰ってきた牝馬だ。独り立ち祝いでもらった。
「ああ、こらこら、ニンジンばかり欲しがるな、乾燥草を食べるんだ」
「ブモブモ!」
「だめだ。このニンジンはお前のじゃない」
クラリスは偏食家なので、食事には気をつけないといけない。
ブモブモ言いながら、バクバクと乾燥草を吸い込んでいくクラリスを見つめながら、俺は今の自分のあり方を振りかえっていた。
俺は今の生活に満足している。
幸せかと聞かれれば、よくわからないが、少なくとも毎日血を洗い落とさずに済んでる。
職業:盗賊としてマフィアのドンたちが手を焼く息子たちの冒険に同行し、その命を守っていれば、彼らの親たちが俺に報酬を払ってくれる。
もちろん、クエストとは別料金で。消して安くはない金額だし、おかげで生活に不自由はない。
マムからもらった馬も飼えているし、屋敷も買えたし、使用人としてハリーも雇えてる。
俺に何一つ不自由はない。
なにも、不自由はないんだ。
────
昼過ぎ、市営の集合墓地へやってきた。
ここ2年ほど通っている場所だ。
「シェリー、明日はクエストに出かけてくる」
シェリー。ただそれだけ刻まられた墓石の前で、膝をつく。枯れた花を交換して、新しい花を添える。
自身の母親に対する呼び方として、名前呼びは一般的ではないかもしれない。
だが、俺と母の関係はあまり一般的ではないので気にすることでもない。
マムが俺の母親──シェリーの存在を教えてくれた時には、彼女が鬼籍にはいって18年が過ぎていた。
同い年まで命をたもった彼女のことを、俺は母親と呼ぶ気にはなれなかった。
顔も見たことがない彼女が、実の母親だという実感がまるでなかったからだ。
「今日でちょうど2年なんだ。裏社会の奴らにはめっきり会ってない。仕事もしてない。これでもう足を洗えたことになるかな?」
返ってこない返事をいつも待ってしまう。
自分の鼓動しか聞こえない静寂のなか、俺はしばらく黙して、ありもしない思い出を回想するように、センチメンタルな気分に浸っていた。
普通の親子ならば、こんな時、なにか共通の思い出をこころに描き、悲しさのなんたるかを夢想することが出来るのだろうか?
俺はマトモじゃないので、涙なんて流れないし、腐りきった瞳には、母との思い出など映りはしない。すべてが嘘だ。ニセモノだ。演技だ。自分を欺く虚構の感傷にすぎない。
ただ、墓参りをする青年の姿を見かけて、そのありようを模倣して、自分にも、人並みの楽しい思い出や、悲しい記憶があるのだと、思い込みたいだけの気持ち悪いひとり芝居なのだ。
俺には何か思いたいという願望しかない。
人並みの感情を理解したいと思うことしかできない。
マトモってなんなんだろう。
「そろそろ行くよ。昼間、クラリスにニンジンをあげてなかったんだ。ご機嫌を取らないと」
夕方、俺は屋敷へと帰宅した。
明日のクエストのことを再確認しようと、『黒の翼』の事務所として勝手に使われてる俺の自宅のリビングに戻ってくる。
靴音の響く寂しげなリビングに、一歩足を踏み入れる。
すぐに俺は違和感に気がついた。
リビングが荒らされていた。
机は叩き折られ、床には穴が、壁にも穴。
普段から事務所として使われているために、様々な書類も散乱している。
強盗が押し入った?
「ハリー? ハリー!」
すぐに大声を出した。
「アダム、様……っ」
「ハリー、大丈夫か?」
ハリーは厩舎で倒れていた。
顔はアザだらけで、血が大量にでている。ひどい怪我だ。
ずいぶんとひさしぶりの充満する血の匂いだ。気持ちが悪い。
「すぐにポーションをとってくる、待ってろ」
屋敷に戻り、冒険のための装備が置かれているクエスト準備室に向かう。ガーヴ様が勝手に使いだしたせいで、今ではみんなの共用スペースとなっている部屋である。
「盗まれたか」
常備してあるポーションは盗まれていた。
ポーションはそれなりに高価な品なので、こんなことだろうとは思った。
加えて、身体能力強化や、属性耐性付与を行えるポーションもなくなっているようだ。冒険に必要な様々な備品が、高価な物から順にすべて盗まれてしまったらしい。
物の価値のわかる奴の犯行だ。素人ではないかもしれない。手慣れた盗賊、あるいは冒険者だろうか?
自宅を荒らされ、なんとも不快な気分だったが、今は犯人探しをしてる場合じゃない。
一刻もはやく、ハリーにポーションを届けなければ。
俺はキャビネットを片っ端から開いて、残っている備品をかき集める。
治癒霊薬は高価だが、材料さえあれば、即席で調合できないことはない。
かつて、マムのともで殺し屋をしていた俺は、たとえどんな困難な状況下であろうと、絶対に任務を遂行しなければいけなかった。
霊薬調合くらいは慣れたものだ。
不幸中の幸いか、基本的な治癒霊薬を作るためのポーション材料は盗まれていなかった。
犯人らは何に使う物なのかわからなかったのだろう。
「よし、完成だ」
俺は手早く、ポーションを調合しおえた。
既製品ほどの効果は期待できないが、無いよりはマシだ。
ハリーのもとへ急いでもどり、患部にポーションを処方していく。
「アダム様、ありがとうございます……っ、ですが、もう、大丈夫で、ございます……」
「ハリー? 何言って──」
そう言いかけた瞬間、ぐしょりと湿っている感覚を、手のひらがとらえた。
ハリーの腹部にはおおきな穴が空いていて、真っ黒に染まっていた。
暗くてわからなかったが、致命的なまでの出血量だった。
「ハリー……。そうか。死ぬのか」
「はい、アダム様……」
老いた体が静かに重たく冷たくなっていく。
俺に残された最後の家族の死だというのに、俺の心中にはさしたる揺らめきはない。
「アダム様……わたしと、あなたの接し方はあまりにも歪なもので……とてもじゃありませんが、孫を導けたなどと胸をはって娘に会いに行けないものです……」
「そうだろうな」
「アダム様は、やはり、わたしを恨んでいらっしゃいますか……?」
どうだろうか。
ハリーはシェリーの父親で、俺の祖父だ。
彼がまっとうな生き方をしていれば、俺の母親、ひいては俺は地獄を見ずに済んだかもしれない。だが、たらればに意味はない。
ハリーは俺がマムの元で人殺しを教えられている間、俺と言う孫の存在も知らないで、のうのうと表世界で生きていた。
そのことが腹立たしくないわけではにが……運命を相手にしたとき、人のチカラではどうにもならない場合が多分にある。
俺はよくも悪くも冷めた視点を持っているのだ。
だからこそ、俺は本心を口にする。
「いいや。俺にとってのハリーは良き使用人だった。これまでたくさん苦労かけたな。お疲れさま。それと、ありがとうございました」
「……ぁぁ、後悔ばかりのろくでもない人生でしたが……これで帳尻はあわせられそうですね……」
「それどころか収支はプラスだと思うが」
「ふふふ……」
しわくちゃの手が俺の頬に伸びる。
「大丈夫……あなたなら、綺麗な魔法を手に入れられます……絶対マトモになれますよ」
しわくちゃな手がふと力がぬける。
土に沈みそうになる手を掴んで受け止めた。
涙などながれるはずもない。
それは俺には過ぎた情動だ。
俺はハリーを庭先に埋めた。
もくもくと、淡々と、しゅくしゅくと。
喪失には慣れている。
俺はきっと余人より、生と死の分別が良い。
死んでしまったものは仕方がないと思える。
しかし──
ハリーを埋葬したあと俺は厩舎へ足を向けて、馬房をのぞいた。
空っぽだった。ブモブモ言って俺の手にニンジンを探す彼女はそこにいない。
俺は自分の内側で、ふつふつと炎のような感情が揺めきたつのを感じていた。
まだ間に合うもの、手が届くだろうものを分別してしまうほど、俺はものわかりがよくない。
──その晩
「すみませんだぁあ? おいおいおい、待て待て待てって」
ガーヴ様は両手を放り出して、呆れ返ったという顔をしていた。
ただいま『黒い翼』の緊急会議が、冒険者ギルドの酒場で開かれているところだ。
集まったのは、俺を含めて3人だ。
「アダム、てめぇもうダメだ。普段から仕事もできねえ。少しは役立たせてやろうとてめえには過ぎた屋敷を使ってやってるのに、備品の管理もできねえなんてよ」
「フンっ、僕もガーヴに賛成かなー。アダム、君みたいな無能は僕らの『黒い翼』に相応しくないんじゃいかなー?」
間延びしたうざったい口調で言うのは、サブリーダーのベネット・ホークスだ。青い前髪の下には、陰湿な笑顔をいつも浮かべている嫌な奴である。嫌いだ。
有力マフィアのボスの息子という肩書きがなければ、顔を合わせることも御免だ。
「あれー? アダムくんー? 何その腐った目? あーあ、これまで面倒見てやったのにそんな目しちゃう? そっかそっかー」
「いや、腐った目はデフォルトですが」
「あーあー、口答えしちゃうんだー!」
ベネットは杖を抜き撃ちして来た。
飛んでくる風魔法の弾丸。喰らえば風穴が空くだろう。嫌なので、もちろん、俺は避ける。
スッとスライド移動した横を、風の弾丸がさーっと白い尾を引いて抜けていった。
「かっちーん! 何避けてんだよー! まじこのクソゴミムカつくんですけどー!」
「俺様たちが誰だかまだわかってねーみてーだな。てめぇこらタコ」
知っています。ガキ大将と金魚のフンですね。
しかし、こう見えて小心者なので口にはだせない。怒る方法を殺しでしか表現できないような不完全な人間から、殺しを奪ってしまっては、あとにはオロオロする小物しか残らない。
殺し屋としてデザインされた人間の欠陥がよくわかる良い例えである。
ああ、情けないことこの上ない。
内心で悪態をつきながらも、備品を盗まれたことに言い訳をできない俺は、ガーヴとベネットに何発かずつ殴られることになった。
「もういい、いらねえよ、盗賊なんか。おめぇなんかいなくてもクエストなんて余裕でこなせんだよ」
「それじゃ今のこの場で除名しまーす! 多数決とりますかー」
ベネットとガーヴが挙手して、俺の目の前に除名処分書が突きつけられる。
準備がいいですねえ? それ持ち歩いてるんですかねえ?
どこでも除名キットですね。わかります。
「でも、除名にはパーティメンバーの全員出席のもと、メンバーの過半数以上の同意が必要なはずですが。フラーレンさんとシルラさんがいないのでこの場では手続きでできないのでは」
俺は理不尽が嫌いだ。
俺に不当に降りかかる不利益を許せない、
俺は抑揚のない声で、規則にのっとった処分を求める。
ただ、まあ、どのみち、ガーヴ様や……いや、ガーヴやベネットとはこれ以上やっていけそうにない。
無理をしてまでしがみつく必要はない。
ここらを別れ道にするのが、全員にとってちょうど良いのかもしれない。
「うるっせえんだよ。あいつら弱小ファミリーの女だろーが。俺様に逆らえるわけねーだろーよ」
「アダムー、そんなにパーティに残りたいのか? フンっ、だったら僕の靴を舐めて許しをこいなよー。ちんけな盗賊の分際で調子乗ってすみませんでしたってねー」
もちろん嫌だと答える。満面の笑顔で。
「相変わらず、目やべえな、てめえ」
「な、なんて腐った目してやがるんだよ、君って男は……っ」
おい、そろそろ俺を産んでくれたシェリーに謝れよ。
その後も、ガーヴとベネットの理不尽なる言葉責めによって、俺は屈服させられそうになった。くっ……殺せ! ぇぇ、なにこれぇ。
「てめえ、いい加減折れろや!」
「痛い目見ないとわかんないー?」
しびれを切らした2人からの応酬は、拳と靴底による情熱的なマッサージだった。
この日、俺はじんじんと痛む体を抱いて、冷たい雨に打たれながら屋敷へ戻るハメになった。追放というやつだろうか。
いままで数多くの仕事をこなしてきて、貴重な経験をたくさんしてきた。
だが、パーティを強制的に追放されるのは初めてだった。
だれかに切り捨てられるのも初めてだった。
居場所を失った。
その喪失感は俺に何かもたらすのか。
あるいは何ひとつもたらしてはくれないのか。
どんな結末であろうと、自分がどんな心理状態を獲得するのか楽しみだった。
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