第14話 湖へ行きますわ!


 雷神は雷を操る。これだけ聞くとシンプルだ。けれど雷は落雷と呼ばれる災害を引き起こせる。これは範囲が広く落ちれば絶対にその土地を焦土と化す。そんな雷を司るのがラーケージという女神だ。

 更に一週間が経ち、俺は巫女であるチューリの家を訪れていた。


「まぁ! アル! アルじゃありませんか!」


 出迎えてくれた彼女は声を覚えていてくれたのかニコニコとした表情で俺の名前を何度も呼んだ。


「チューリ、元気だった?」


 子どもらしい演技を忘れずに実行する。こうすれば多少は強引にでも結界の中に居て貰えるだろう。人間の子どものわがままというものは許容出来るらしいのでな。俺はここで彼女を守らねばならない。今、沼地ではラーケージとマラーレーイが会談しているはずだ。


「はい! 私は元気でしたわ! アルは?」

「げ、元気だったよ」

「そうですの! それは良かったですわ!」

「……おや、あの時の少年。こんにちわ」


 後か出て来たのはチューリの騎士アンハイだった。彼女は相変わらず無愛想な表情で頭を下げる。だが心なしか前よりは警戒されていない様子だ。きっとあの後、音沙汰が無く俺が追手では無いと確定できたからだろう。


「こ、こんにちわ。アンハイさん……どこか出かけるの?」


 よく見ればアンハイは手提げ袋を持っているし、チューリは杖を握っていた。どこかに出かける。それは好都合だが沼地では困る。


「これからアンハイと一緒に湖でお祈りをしに行くんですわ! アルもどうかしら!?」


 沼地か。マズいな。彼女は土着神じゃない神の匂いを纏っている。それがラーケージにバレれば彼女は連れ去られてしまう。もしくは殺される。


「き、今日は止めて置かない?」

「あら? どうしてかしら?」

「何か問題でも?」


 二人は当然のように首を傾げる。どうすれば残ってくれるのだろうか。人間が怖がるもの……大きな蜘蛛だ。


「そ、それがね! 湖の近くにある沼に巨大な蜘蛛が出たんだってさ!」

「蜘蛛ですか!?」

「周辺の村で確かにそのような噂は聞きますね。どうです? お嬢様、少し時間を置いて……」

「いえ! 行きます!」 

「え」


 なぜか臆さず行きたいと名乗りを上げるチューリに絶句してしまう。なぜあんな沼地……いや、この娘にとっては湖だが、そこまでして行く価値があるのか?


「あ、危ないよ?」

「いえ! ご先祖様たちはもっと大変だったらしいですもの! 大きな蛇に亜人種、更には異形の怪物からあの湖を守ってきたんです! アンハイには悪いけれど私も守りたいんですの!」

「お嬢様……分かりました。私が命に代えてもお嬢様と湖を守りましょう」

「ありがとうアンハイ! でもアンハイも生き残るのですよ!」

「はい!」


 嬉しそうに話すアンハイとチューリには悪いが、相手は神だ。しかも上位に位置する神だ。さすがのご先祖様でさえ戦ったことが無い相手だろう。それを護衛一人と盲目の巫女一人ではどうすることもできまい。


「アル。もしも怖いなら無理せず今日は帰ってくださって構いませんわ」


 優しく問いかけてくるチューリにため息が出そうになる。護衛一人と盲目の巫女……そこに堕天神が入ればどうだろうか。何か変わるのだろうか。変わるな。何せ俺は無敵神のアルグレイだからだ。


「つ、ついていきます。僕も湖好きですから」

「まぁ! ありがとうございます! アル!」


 とりあえずマラーレーイから神界は貰っている。湖で立ち止まった場所で発動させれば他の神に気配を探られることは無くなるだろう。


「ふふっ。逸れないように手を繋ぎましょうね」


 そんな事をお前に言われたくないと言う言葉を押し込み、チューリに手を引かれる。彼女はまるで遠遊気分だ。アンハイも俺が手を引いているおかげか、あまりこちらを気にせず周囲に警戒を集中している。


「足元には気を付けてください。もう少しで湖ですよ」

「アンハイ、大丈夫よ。ここはもう何度も通ってるじゃない。あなたもお話ししましょうよ」

「常に危険を考えるのが護衛の仕事です。お嬢様は彼とお話しください」


 素っ気ない態度だがアンハイの表情は崩れている。困った顔だ。それでもチューリには見えない。断れたことにむくれたのか、頬を膨らましてしまう。


「もう。融通が利かないんだから」


 これくらいの融通の利かなさなら可愛いものだ。アンハイがラーケージのような感性ならすでに無言で前を進むだけだろう。


「融通とかではなく、チューリが心配なんですよ。きっと」

「そうですわの?」

「な、なにを!?」


 急に前を歩いていたアンハイが取り乱す。お、これは珍しい。少し遊んでやろう。


「え、ええ。僕が見た限りでは。アンハイはとてもチューリが気に入っていて、チューリが怪我をしたら卒倒して――」

「や、やめないか!」


 途中で叱られてしまうが舌を出して応対してやるとアンハイは顔を真っ赤にして睨んで来た。全然怖くないのは照れ故になのが分かっているからだ。


「ふふっ! それは本当ですか?」

「あ、当たり前です! けれど少年! あまりそのような事をズバズバ言わないでください!」


 ついに本性を現したアンハイは早口で俺をたしなめると、前を向いたまま早足になってしまった。

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