第9話 祭神
祭神とはその名の通り祭りの神……ではない。特定の地域一帯を見回る神の事だ。俺はもちろんしたことは無いが、基本的には格式が高い神が選ばれると聞く。土着神の様子や天界を脅かすような企みをしていないか、他の神の権限を犯していないか等を調査するのだ。しかし毎年変わるため神の中から誰が来るのか分からない。
「話は聞こう。で、祭神って誰が来るんだ?」
沼地で俺と大蜘蛛二人。向かい合って喋っていた。兄妹たちはなんとか家に帰したが凄い渋々だったな。メデスには兄姉二人が叱ってくれるだろう。
「私は神から降りて長い。今の天界など知らぬよ」
ま、長くなきゃこんな獣面にはならんだろうよ。しかも甲殻が黒くてよく見えないがよく見れば傷がついている。人間か神か何度かやり合っているな。いつから居たのだろうか。
「祭神なんてのは確かに相手するのも面倒だし、俺も今出会ったらぶっ殺されるだろうな。けどな祭神は決して嫌がらせのために回ってるわけじゃない。お前らが困ってないかとか人間を無駄に弾圧してないかを確認してるんだ」
それともこいつ。まさか本当に人を食ってるんじゃないか。だが人肉の匂いも血の香りもしない。
「ちょうど祭神が来る日、ある女性が沼地に来るのだ。けれどその女性は神から逃げた巫女でな。見つかれば連れ去られてしまうのだろう」
「巫女?」
「ある国で信仰されている神に対しての贄の被害者でな。贄にされた人間は永遠に魂を縛られ奴隷にされるというらしい。それを逃げだした巫女だ。元はこの地域で神主をしていた一族の末裔なのだがな……」
その巫女に何か思い入れでもあるのだろうか。
奴隷か。奴隷の神には一神だけ心当たりはある。けれどそいつは堕落した後に行方不明のはずだ。奴隷の神の中でも優秀な奴だったがまさか王になってたり……なんてな。
「聞きたいことが山ほどあるが一つに巫女はなぜこの沼に来る?」
「前提から話そう。巫女を娶った家は自分の家から巫女を出すのが嫌だったため、彼女を嫁がせたのだ」
「嫁ぎ先で人身御供とはツイてないな」
「ああ。しかし彼女はそれを察して逃げた。以来、この沼に時折来ては眺めて帰るのだ」
こんな沼地にどれほどの魅力があるのか。居るのは汚い苔に化け物と化した土着神だけだ。この土着神の性格は堅物だ。こういう神は人に恋はしない。つまり別の何かがあるはずだ。
「で? その巫女をどうして助けたい?」
「彼女は私がまだ人型であった時、世話になった老人の孫でな。恩返しをする前に老人は死んだが孫は助けたい。それだけだ」
嘘では無いな。こういう神は義理堅い。信じられない程にだ。天上の奴らに爪の垢を煎じて飲ませた方が良いレベルだ。しかし。俺も天上の神なんでな。
「なるほどな。じゃ、頑張ってくれ」
「ここまで聞いてそれか」
不満気だな。話を聞いてやるとは言ったが協力するなんて一言も言ってないのに。大体、祭神に選ばれるのはそんじょそこらの下級神ではない。最悪、俺同様に二つ名が付いてる最高神レベルだ。
「悪いが神の血しか持たない俺が協力しても勝てない。それが結論だ」
「ならば私が祭神の対応中だけで良い。巫女を神隠ししてくれないか?」
神隠し。人の気配を自身の神界に納め隠す行為だ。だが、今の俺には神界など無い。それはこいつも知っているはず。馬鹿にしてるのか。
「神界なんて大層な物は無い。俺はすでに九割の権能を失っている。出来るのは神血を混ぜ操る事だけだ」
翼があれば突風を作り出せるし、天使の輪っかがあれば神の居場所を探知できる。なんなら神であった時の体格があれば大抵の神とは素手の喧嘩で負けた事も無い。
「私の神界を貸そう。私が作った神界に彼女と共に入り守ってくれ」
「腐っても土着神か。まだそんなの作れるんだな。なら自分で隠せばいい」
「この地域の土着神で、消えたユマロー以外に最高神を相手出来るのは私だけだ」
「ユマローを知っているのか?」
「ああ」
そうか。この土着神がいつから居たのか知らんがユマローを知っているなら居場所も分かるかもしれないな。
「ユマローの居場所を知っているか?」
「……なんだ? ユマローが気になるのか?」
ユマロー本人よりも『旧神誓約書』の方だ。この本を読み込んで分かった事がある。
「お前は『旧神誓約書』という本を知っているか?」
「知らん。だが旧神は最高神ロムルジルが生まれる前の神だな。それがどうした?」
「ユマローという神はその旧神を地上に呼び戻す儀式を画策していた節がある」
文書に書かれていたのは旧神への賛美と復活の願いだった。まず旧神とはロムルジルの前世代の神だ。人間が生まれる前に地球外生命体や魔神と戦い続け勝利したが魔神との最終戦争の折に当時の最高神を残して滅んだと聞いている。旧最高神はロムルジルを作り隠居し今はどこに居るのかは分からない状況だ。
「……ふむ」
「気になるだろ? 奴はどこだ?」
「ならば私の頼みを聞け。そしたら居場所を教えてやる」
出た出た。面倒だ。大体本当にこいつは知っているのか? これで知らないなんて言われたらこいつを殺したくなってしまう。
「知っているのか? そういえば自己紹介がまだだったな。人間どもに言わないならしてやる」
「興味が無い。それより受けるのか? 受けないのか?」
なんというせっかちな神だ。しかも俺の自己紹介に興味ないとは。
「分かった。祭神が過ぎるまでの間匿おう。それでユマローの居場所を教えろ」
「ふふ。助かるぞ。ふむ、名前だけは聞いておこう」
「ここではユマローって呼ばれてる」
「……冗談か?」
本気で怪訝そうな態度をするな。確かにあれだけユマローについて聞いて俺はユマローと名乗っているのは不可解だろうがな。
「俺の真名は下界では評判悪いらしくてな。ここの壊れた教会で堕天した際に名前を拝借させてもらったってわけさ」
「なるほどな。ではユマロー。巫女の住所を教えておこう。ユマローの居場所は無事に巫女が祭神の魔の手から救えた時だ」
そんなこんなで土着神である大蜘蛛から住所を聞いた俺は翌日、巫女に会いに行った。
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