第8話 大蜘蛛
村の外れにある沼地はその名の通り、地面がぬかるんでおり人が歩いていい場所ではない。足を取られなかなか前に進めないし、何かが足に纏わりついて気持ちが悪い。そう、今の俺のように。
「うわぁ!?」
「ユマロー様!」
「す、すまん」
足を泥濘に取られ後ろへ転びかけたところを助けてくれたのはシピャーニだった。シピャーニの大きな胸がクッションとなり怪我も汚れも付かずに済んだ。
「感謝する」
「いえいえ。ユマロー様の身体ではここは歩きづらいですよ。おぶります」
そう、足が短い今の身体ではこの沼地を踏破するなど数時間掛かるだろう。実際、同じくらいの背であるメデスもヴィジスにおぶられている。
ちなみにこの二人はメデスと居るところを発見され無理矢理にでも付いていくと言い出したので渋々了承したのだだ。
「ユマロー様。あの大蜘蛛は沼地に居ませんでしたよ」
シピャーニに背負われ動き始めた矢先、ヴィジスは疑問の声を上げた。
「とんでもなく慎重か、お前が武装をしていたせいだな」
「武装と言っても、木剣に錆が付いた剣だけですが……」
人間一人殺せるかどうかも怪しいが、武力の総合力だけで決まるのは人間世界の話だ。
「神生物は色々居る。それこそ一匹で都市を破壊する巨人や巨狼。徒党を組み軍団行動の出来るゴブリン、ドワーフ、トロールなんかだ」
「書物で見た事あるだけの生物ですね。実際に居るのですか?」
「ああ」
そんなのが下界天界関わらず溢れていた頃が一番楽しかった気がするな。あの最高神ロムルジルが身体半分持ってかれた姿なんて今じゃ見れないだろうな。俺は頭部以外吹き飛ばされたが。
「そういう神生物は基本的に狩人や物好き騎士、神があらかた殺してしまったがな。しかし今回の大蜘蛛を予想するにただ昔から居た蜘蛛が長い年月で成長しただけの古代生物だ」
「長い年月を過ごしているのに武装している人間が怖いのですか? 倒してきたからこそ生き残っているのでは?」
「それもあるが、今回は違うだろうな。人間に殺されていない昔からの生物は人間を恐れてるから生き残ってるんだ。つまり、人間に立ち向かわない。逃げる。が基本だ。だから武装したヴィジスが居た時点で危ない橋を避けたんだろう」
「凄いですね。ユマロー様、流石の考察力です」
シピャーニに手放しで褒められるのはいつもの事だが、こう密着して言われるとむずがゆいものがある。
「そろそろ着きますね。ユマロー様、シピャーニ、メデス。三人は絶対前に出ないでくださいね。ここからはシピャーニがメデスを頼む」
「う、うん」
ヴィジスは錆びた剣を抜き、滾りだす。どうやら良い方へ自信が付いたようだ。震えていない。まぁ、調子に乗りすぎないようにはさせなきゃな。
「弟子の成長を眺めるのもありだが今回は俺が前だ。言ったろ。お前の前には大蜘蛛は出ない」
「で、ですが……あ、待ってください!」
問答は無用だ。シピャーニの背中から飛び降り沼地の前に進んでいく。沼地は広大で先に森が見える。
「大蜘蛛! 出てこい!」
沼地は静かで何も出てこない。水面は汚く俺の顔と空を反射するのみだ。水中に何があるのかまるで見えない。
「出てこないならこいつをやろう。神血をな」
仮にも元神である俺がこんな汚い沼に手を突っ込むのも癪だが仕方ない。冷たくて柔らかい泥に腕が沈んでいく。人形の時と同じだ。神血を感覚で泥の中に染み渡らせる。
「だ、大丈夫ですか? ユマロー様」
「安心しろ。シピャーニ」
「ユマロー様がおびき寄せた敵は何が出ても私が倒す!」
背後で心配そうにしているシピャーニと勇猛果敢な事を自信満々な態度で言うヴィジス。やはりオノダクラとセントダイバを思い出す。二人も同じような事をそれぞれ言っていたな。
『アルグレイ! 危険です! 逃げましょう!』
『馬鹿言うな! 弱虫セントダイバも餌に使おうぜ! きっと怪魚がすぐにやってくるぜ!』
『い、嫌ですうぅう! ゆ、許してぇ!』
昨日の様に思い出すな。怪魚は結局釣れたがセントダイバのペットにされてしまったが……沼が動いた。
「ふふっ……さ、来たな」
沼地が揺れる。何かが沼の底から浮上した。噴き上がり落ちて来た泥と共に姿を現したのは大きな蜘蛛。黒く硬い甲殻を持ち、顔には十六の目。口には鋭い牙が生えている。足は対角線上に三本ずつ。見事な大蜘蛛だ。
「う、うわあああああ!! うわぁああ!!」
ヴィジスが発狂してしまった。剣を振り回すな。危ない。
「落ち着け、ヴィジス。俺を信じろ」
「あ、す、すいません! ユマロー様!」
「……貴様、
意外と重々しい喋り方をする奴だな。人間を食う惰弱な生物が出来る最後の抵抗か……いや、こいつ強いな。神血を通じた沼を感じて分かる。こいつは土着神が変わり果てた姿だ。
「堕天神?」
「シピャーニ。こいつの言う事は聞かなくて良い。人を誑かし、辱める。恥も外聞も無い奴らだ」
今の言い分はこいつが正解だがな。俺は天から堕ちた堕天神。それは事実だ。けれどそれをシピャーニたちは知らなくて良い。
「酷い言いぶりだな。神と言うのはいつの時代も好きに物を騙る」
「お前も神の癖に」
「ほう……」
腹の探り合いは苦手だ。だが、今回はシピャーニたちも一緒な上に古代生物――いや、それは間違っだった。古の土着神とどこまで戦えるかも分からない。
「く、蜘蛛さん……」
「待って! メデス!」
考えていると不意に横を通り抜ける弱々しく小さな声。メデスだった。シピャーニも後ろから追いかけている。
「メ、メデス!? な、なにしてるんだ! 離れろ!」
どうしたと言うのか。メデスはシピャーニの背中から降り大蜘蛛の前まで向かい、大蜘蛛を見上げた。大蜘蛛は食べる様子も無く彼女を慈しむような目線で見ている。
「連れてきたよ」
「ありがとう」
「は? ど、どういうことだ?」
連れてきた? まさか全てが計画? 俺はこの少女にいっぱい食わされたと言うのか?
「ふふふっ。あっはは!」
「メ、メデス! どういうことですか!?」
「お姉ちゃんごめんなさい。実はヴィジス兄とここに来た時、言葉を聞いたの。助けてくれって」
「助けてくれ? こんな大蜘蛛が困る相手など英雄、神クラスの人物だろう。そんなのがここに居るのか?」
騙された事に感動し、大笑いしながらそう聞くと大蜘蛛はあくまでも冷静にこちらを見て来た。
「神の匂いが濃くする彼女を選んだのは半分正解で半分不正解だったな。私は半分神の子が居るかと思ったが。堕落神か。まぁ、良かろう」
なんだその言い方は。まるで肩透かしを食らったような言い方をしやがって。
「お前に値踏みされる言われはないぞ」
「ならば貴様に倒せるか? 二週間後に現れる祭神を」
「祭神……だと?」
その言葉は俺の思考をかき乱すのに十分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます