第7話 メデス
ある日の昼、空腹に苛まれながら食卓に向かうと、いつも通り食事に手も付けずに一人で人形遊びをしているメデスを見つけた。いつも通り……いや、なんだか元気がないような……いや、いつも通りか。ふむ、興味はさほど湧かなかったが声を掛けてみた。
「メデス」
「ん? なんだ。ユマローか。今日は何して遊ぶの?」
メデスはノックベルク家の中で一番無礼な女だ。しかし、そんな無礼な輩の世話をみんなが仕事で出ている間、俺は頻繁にしている。しかも無礼なのもそうだが呼び捨てなのが気に食わない、
「ユマロー様な。遊びは良いが食事を取らないのか?」
一瞬だけ顔を上げたメデスだったがその質問には答えず顔を下げてしまった。やはり無礼な子どもだ。まぁ、傍から見たら俺も十分無礼か。まだ働く歳では無いのか、メデスは基本的に家に居る。遊びにも行かない。
「そういえば外へ遊びに行かないのか?」
基本的にメデスは家の中を好み、精神的成長を誰よりも遂げている俺は彼女と遊ぶ時は彼女の嗜好に合わせている。が、それは不快ではない。下界での楽しみ方を知らない俺は外の楽しみを知らないメデスに親近感という奴をこの少女に抱いているせいだ。
「友達居ないから」
「友達の有無は聞いてないが……」
「この前、ユマローがお姉ちゃんと教会掃除してる時に出かけたよ」
「そうか」
話半分に聞きながら、俺用の椅子に座り食事を見る。いつも通りのスープと少しの肉とパンだ。質素すぎるな。この前来た商人の息子にでも像代として金でも要求してやろう。
「ユマロー、ダテムちゃん動かないの」
「何の話……」
何の話だ。と本気で思ったがメデスの両手で弄ばれてる物体を見た。ぐったりとした布の塊。こいつには魂を入れておいたはずだが一切の動きを見せない。
「貸してみろ」
「うん」
神血の匂いはまだする。魂はあるはずだ。意思疎通取れない無意味な魂だから疲れも痛みも肉体的精神的疲労も溜まらないはずだが。
「どこかに隠れている……わけないしな」
「ダテムちゃん治らない? ねえ、ユマロー」
「ユマロー様な、ああ、ちょっと飯でも食って待ってろ」
神様が自分で作った物直せないなんて恥だからな。ま、中身がどっか行ったなら別の中身を入れるだけだ。
「ふんっ……ん?」
人形の中心にもう一度神血を通そうとしたが、通らない。つまり魂は正常にこの体に入っているという意味だ。なぜ動かないのか。
ちらりと持ち主であるメデスの方を見る。すると少し奇妙な光景だと思った。
「最近、何かあったか?」
「どうして?」
「お前、そんな食い方だったかなって」
「へ……?」
「皿に顔を押し付けて食べてたか?」
メデスは自身の顔がスープに濡れているのに今気づいたのか、慌てて傍にあった布巾で顔を拭いた。
「大丈夫か? 他の家族と食ってるときそんなの出したら奇妙に思われるぞ」
「昨日もユマローとは食べてる。言われてないからきっと今日だけ」
「俺はノーカンだ。何しろ、お前がスープに顔突っ込んでようが足突っ込んでようが人間にとっての奇妙で、俺にとっては些事だからな。今はお前に集中していたから気づいただけだ」
「集中……? そう、嬉しい」
「は?」
こいつ食べ方おかしいなってのに気づいただけで嬉しいとはどんな感性をしているんだ。
「そっか。でもメデスはちゃんとスプーンとフォーク使えるよ」
「ならなぜ使わない?」
「?」
首を傾けてしまった。人間の子どもとはよく分からんな。
「少し体を調べさせろ」
「ん」
変に素直だな。昔、神の供え物としての贄になれる素質が素直だったか。ん? この匂いはなんだ。人間じゃない匂いが纏わりついてる。泥臭い。
「最近、どこか沼か川に行かなかったか?」
「っ!? 行った! 村外れの沼地! ヴィジス兄に付いて行ったの!」
急に興奮したような態度を示したな。そんなにその話を聞いてほしかったのだろうか。自分から切り出さなかったのは……性格か。
「ヴィジスはなぜそこへ?」
「沼地に出る大蜘蛛退治」
「沼地に大蜘蛛ね」
ヴィジスのやつ、前ゴーレムと戦ったからっていい気になってるな。というかこの辺でそういう人食い神生物が居るとはな。
「お前、その大蜘蛛と直接会ったか?」
「ううん。ヴィジス兄も大蜘蛛に会えなくて落胆してたし……でも」
この態度、見えなかっただけで居たんだな。子どもにはたまに人外の存在が感じられると聞く。実際、匂いを付けられてるし、もしも大蜘蛛の匂いに怯えて人形が動かないのだとしたら大蜘蛛をどうにかするしかないな。
「大蜘蛛に会いに行くか」
「え? 早いね」
「早い?」
「なんでもない」
普段、何を考えているか分からないが今はますます分からん。意思疎通が採れないメデスを連れていくのは心配だな。沼地には俺一人で良いか。
「付いて来なくていい。だが、大人しく待っていろ。後でヴィジスを寄こす」
「う、いや、わ、私も行くよ」
立ち上がり、トボトボと俺の方へ歩いてきて袖を握ってきた。まさか一人で居るのが怖いのだろうか。ふう、仕方ないか。
「分かった。付いて来い」
「う、うん!」
ここに居て大蜘蛛の匂いに釣られて低級神生物が寄ってくる可能性もある。未来の信徒になるであろうメデスを食わせるわけにはいかない。
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