第6話 帝国商人


 天界に居た頃は人間の断末魔を聞く事は無かった。というか実際問題、災害を起こして満足していた。実際にこんな大勢の人間による断末魔を聞くのは初めてだ。


「うぎゃああああ!!」

「う、うわあああああ!!」


 玄関から外へ逃げ惑う兵士たち。追っているのは神血で操作された玄関に置かれていた狩猟用のナイフだ。縦横無尽に自動で動くナイフは兵士たちを斬り裂こうと動き回っている。


「や、やはり呪い……お前ら! うちが金出してんだ! 仕事しろ!!」

「こんなの聞いてないぞ! 剣振ってる間に刺し殺されちまう!」


 判断能力だけは確かなようだな。的確に的の小さいナイフを斬り落とすなどでなかなか出来る芸当では無い。きちんと一撃で無効化しなければ相対した人物が死んでしまうだろう。そこまでする気はないがな。人死にを出せば処理も面倒だ。


「さっさと逃げ出せ、人間。そうすれば命までは奪わん」

「むっ! 誰が逃げるか! 私はあの有名な絹売り帝国商人の息子だぞ!」


 絹売り? よく分からんが有名人ならばこの数の兵を雇えるのも分かる気がするな。二十数名。装備はバラバラな所を見るとやはり傭兵だ。


「あ、あのガキを殺せば!」


 一人の傭兵が焦りながらもこちらを見てそう言うが、こちらも殺されるわけにはいかない。


「悪いが俺も傭兵を雇わせてもらうよ」


 神血を足から注いでいく。そして地面から生まれたのは土塊の怪物ゴーレムだった。ゴーレムは醜い声を上げながら剣を握って突っ込んで来た兵士の一人に向かう。このゴーレムはヴィジスが相手をしていたガラクタでは無い。正真正銘のゴーレムだ。


「ユマロー君……いや、ユマロー様は本当に神様だったのか!」

「だから言ったじゃないか父さん! ユマロー様はお強い神様なんだ!」


 どうやらグルトもようやく信じてくれたのは僥倖だ。少し高揚感が生まれ、ゴーレムも心なしか威勢よく兵士を草むらや池に投げ飛ばしていく。あまり強く投げていないため軽い怪我で済むだろう。


「ひ、ひええええ!! お、おい! お前ら! どこへ行く!」

「もうやってられっか! 神様相手なんかよ!」


 案の定、傭兵たちは倒れた仲間を拾いながら散り散りになって逃げていってしまった。置いていかれたクソガキは尻餅を着いて重そうな兜越しにこちらを見ている。。


「く、こ、殺せ……」

「変に潔いなお前。おい、どうして今日ここへ来た?」

「き、昨日逃げ帰ったせいで……兄の嫁探しが……」

「兄の嫁探し?」


 クソガキの話を聞くと、商人グレード・アイフの息子つまりこのクソガキはロマと言い、兄の嫁探しのために村を回っていたらしく、そこで美しくも甲斐甲斐しく働くシピャーニを見つけて連れていこうとしたらしい。見る目は良い。だが、怪しげな宗教にハマっていると勘違いしたのは……まぁ、別に勘違いでもないか。


「シピャーニ……さん、あなたには邪神が付いているのだと……」

「誰が邪神だ。ゴーレムにしてやろうか?」

「す、すいません!」


 冗談交じりにそう言うが、効果てきめんの様でロマは畏まってしまった。ロマは現在、ノックベルク家の食卓に呼ばれており、居たたまれなさそうな態度で水を飲んでいる。


「冗談だ。それよりどうするんだ? シピャーニはどう思う?」

「あ、あの。ユマロー様、ユマロー様は豊穣の神と聞きました。どうでしょうか? この婚姻で我が家は豊かになるでしょうか?」


 すっかりグルトにも神様扱いをされるようになったな。感心感心。けれど婚姻の利についてか。


「ふむ……」


 ハッキリ言って全然分からん。何しろ、俺はユマローではない。なんなら豊穣の神と言う人間を補佐する神でも無い。自由奔放な無神だ。


「まぁ、俺が決めるのも時期尚早だろう。シピャーニはどうしたい?」


 誤魔化しついでにした質問だったが、シピャーニは柔らかい微笑みを浮かべやんわりと首を振る。


「私には教会やユマロー様が居ますのでお断りします」


 言うと思った。けれど俺には好都合だ。彼女が居るからここに居れるようなものだしな。昔は人間など娯楽の駒程度に思っていたが、その人間に助けられている。滑稽だな。


「そうですか……では残念ですが……」


 ここまで来て……まぁ、勝手に来たんだが手ぶらもなんだし、あの最後の潔さも悪くない。それに免じて少し神様からの贈り物をくれてやろう。


「泥の人形で良ければ嫁を作ってやろうか?」

「ど、泥の? さすがにゴーレムと結婚は……」

「ゴーレム以外も作れるに決まってるだろ」


 席を立ち、家から出る。他のみんなも揃って付いてくる。昔、芸術の神から習った造形美でゴーレムは人間の少女に姿を変えた。また彼女を作れる日が来るだろうか。ここで彼女を作っても良いが嫁に出すなら止めておこう。


「どんな女が良いんだ?」

「そうですね……シピャーニさんみたいな方を」


 どれだけ気に入っているんだ。金髪の長髪でふくよかな胸に安産体系。整った顔。作るのは大分肩がこる。しかし数時間ほど作業していると昔の癖は抜けないものだ。段々と形になっているではないか。


「うまいね、ユマロー」

「メデスか。ユマロー様な。ああ、お前の人形より良い物作ってんだからな」

「むっ。これマテウスが作ってくれた。良い物だよ」


 マテウス? ユマローの教会に居た神父だったか。それも彼から貰った物とは家族ぐるみだったようだ。


「悪い悪い。そう怒るな。さ、出来たぞ」

「どれどれ……」


 百五十センチメートルほどの女性の像。まさにその顔、体系はシピャーニに瓜二つだ。久々に作ったがまだまだ腕は鈍ってないな。

 しかし出来上がった像を見ても観客たちは拍手喝采どころか、絶句している。まさか言葉も出ない程に完成度になってしまったのだろうか。


「どうした? 何か言ってみろ!」

「……あぁ」

「え……」

「あ、いや……よ、嫁入り前の娘の裸体を晒さないでもらいたい!」


 なんだ。人間どもの顔がみんな赤いし、グルトに関しては俺に文句をたれてきた。恥ずかしい部分など無いと言うのに。まさに女体像の名に恥じない完璧な出来だ。後は色が付けば人間そのものだ。


「ユ、ユマロー様! こ、これ! これで隠してください!」


 モデルになったシピャーニは誰よりも赤い顔で人一人を覆い包めるほどの布を渡してきた。意味が分からない。まだ生命を吹き込んでもいないのに服が必要か?


「い、妹の裸体は見るのは忍びない! 俺からもお願いします!」

「お姉ちゃん、綺麗だね」

「メ、メデス!」

「シ、シピャーニさんの裸体……」

「なんだお前らは……」


 これだけ騒がれるのもうるさくて敵わない。言われた通りに肩から足のつま先までに布を掛けた。せっかくの造形美が隠れてしまったが仕方ないか。最後にこの像に神血を注いていく。


「……」


 しばらくして像は動きだし、歩き出した。まるで人間のような肌の色や顔に赤みが付き、正に人間だ。天界では禁忌の技だがここは下界。好きにさせてもらうぞ。


「意思疎通は出来るんですか?」

「出来る。が、今は赤ん坊くらいの思考力だ。けれど脳の成長は早い。欠点としては肉体的変化が無い事だな」


 覚えさせればなんでも出来るのもこの泥人形の権能だ。芸術の神が創り出した人造神が天界を大混乱に導いたこともあるほどだ。


「わ、分かりました。あ、あのお名前は……」

「好きに付けろ」

「じゃあ君の名前は……シタラだ!」


 シタラはロマに腕を引かれ、帰路に着いた。その後、手紙で結婚式の招待状が来るのだがそれはまた別の話だ。

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