第4話 ヴィジス


 ノックベルク家は父母、四兄弟の六人家族である。

 ノックベルク夫妻は農場で働いており、俺の事を自分を神だと信じ込んでいる悲しい子どもとして引き取るのを許可したのは何となく察している。優しいという奴だ。そんな優しい人間に育てられた兄は農民の癖に剣士になりたいと言い、その弟は臆病で毎日刺激の無い毎日を送っている。姉妹は言わずもがなだ。特にシピャーニはこの親あってこの子有りといった感じだな。


「ユマロー様。俺は騎士になれるでしょうか」


 二階の物置を片付け、俺の個室としてあてがわれた個室で昨日拾った『旧神誓約書』を読んでいた俺に何の断りも無く話しかけてきたのがノックベルク長男ヴィジスだ。

 ヴィジスは身長180㎝の大男だったが、痩せこけていてボサボサの髪がいかにも平民と自己紹介してしまっている。


「騎士の位が欲しいなら名誉を立てるしか無いな。精神的な意味なら道場破りでもしていけば良い」


 渋々だが相談に乗る事にした。こいつを見ているとある神を思い出すからだ。

 しかし、剣士と言うのがどのような剣士なのかは分からないが、もしも貴族位が欲しいとしたら無理だと言わざるを得ない。よほどの事が無い限りは。


「……王様のために戦いたいんです」

「そうか。なら新兵として名乗りを上げて犬死するが良い」

「犬死でも構いません! 俺は戦場で働きたいんです!!」

「あー……」


 似ている。信念を曲げず、無理だと言うのに全ての神を滅ぼすと息まいていた武神オノダクラにだ。そのせいだろうか、相談を親身に聞いてしまう。


「お前の言う王様が一体何をした? なぜここは帝国領なんだ? ん? 王様はなぜ取り返しに来ない?」

「それは……」


 しばらくの沈黙。

 身分向上のためならば帝国に着けば良いのになぜ王様なのか。そう思って聞いただけなのだが、適当に正義感を振り回したいだけか。


「話が無いなら終わりで―――」

「待ってください。俺、王様に恩があるんです」

「どんな?」


 聞けば、まだここが王国領だった時に視察に来た王様が自ら村人に虐められていたヴィジスを助けたという。こんな大男を誰が虐めるのか。


「俺、子どもの頃は背が低くて……でも、王様に救ってもらってから身体鍛えていっぱい食べたんです!」

『私は努力して全部の神に勝ぁつ! 神が努力するのか、だと? バカか? なればなる!』


 いつの日かオノダクラが言っていた言葉を思い出す。オノダクラとヴィジスが被る。どこの世界にもこういう奴はいる。意外と嫌いではない。


「努力したんだな。良し。なら俺がお前が剣士になれるか俺が試してやる」

「本当ですか!?」

「ああ、廃屋……じゃない。二時間後に廃教会前に来い!」


 二時間後、廃教会前に集まったヴィジスは髪を柔らかい木材と評判の枝で髪を束ねており、その腰には錆びついた剣が適当な布で包まれ差されていた。


「お前にはどの騎士もなかなか出来ない実技を体験させてやる」

「ありがとうございます! ユマロー様!」


 礼儀正しく頭を下げるヴィジスをよそに、二時間で作り上げた泥を神血で固めた人形―――ゴーレムにこちらまで来るよう合図を出す。


「グオオオオオオオオ!」

「こ、これは!?」


 雄叫びを上げながら鈍重な足取りで教会から出て来たのは土の怪物ゴーレムだ。ゴーレムにヴィジスは恐怖しているのか、足は震え、顔や目が明らかに強張っている。


「これはゴーレムだ。身体はデカいが動きは遅いし、適当に作成したから耐久性もほぼ皆無だ。そのおんぼろでも充分倒せる」

「わ、分かりました! あ、あ、あっ!?」


 腰の剣を抜こうとしたらしいが緊張しているのか、恐怖しているせいか、剣を抜いた途端に手からすっぽ抜け地面に落ちてしまった。


「大丈夫か? そんな弱腰で騎士にはなれんぞ」

「は、はい! や、やれます!」

「そうか」


 どこまでやれるか見ものだ。ゴーレムから離れ、教会の壁を背もたれにしヴィジスの様子を伺う。ヴィジスは落ちた剣を両手でしっかり握りゴーレムに剣先を向けた。


「うわああああ!!」

「グオオオオオオオオ!!」

「ひぃ!?」


 剣を振りかぶった瞬間、ゴーレムの咆哮がヴィジスの動きを止めた。さすがにゴーレム相手は早すぎたか。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「終わりか? 拍子抜けだぞ」


 それでも期待しているのか。激励が口から漏れてしまった。まだやれるはずだと勝手に期待してしまう。


「ええ!! ま、まだまだ!」

「きゃあああ!?」

「なに?」


 聞き覚えのある声の悲鳴。そこに居たのは教会の定期掃除にやって来たシピャーニだった。シピャーニが落としたバケツが地面に転がっている。


「シピャーニ! 離れろ! ここは危ない!」


 ヴィジスは本当に危機があるかのように叫んでいるが、操っているのは俺だ。どう危ないのかは分からないが、それが望みなら要望に応えてやるか。


「グオオオオオオオオ! グオオオオオオオオ!」


 思念で命令を出し、ゴーレムはシピャーニの方を向く。もちろん、実際に攻撃するわけではない。振りだ。


「こ、こっちを見てる……ユマロー様! 兄様! 助けて!」

「ユマロー様!」

「お前が守れ! 騎士になりたいんだろ!」

「くっ……うおおおおおお!!!」


 覚悟を決めたのか、ヴィジスは目を瞑ってはいたが駆け出し、剣先をゴーレムに突き刺した。それだけで十分だ。

 不完全な泥で固められたゴーレムは一瞬で形を保てなくなり、上半身が地面に崩れ落ちていく。


「ご、ゴゴゴゴゴゴゴ!」


 ゴーレムが倒れる時の叫び声がダサい以外はゴーレムの造りは良好だ。それにしてもヴィジスめ、やれば出来るじゃないか。


「シピャーニ! 怪我は無いか!?」

「は、はい。ありがとうございます兄様」

「なら良かった……」


 兄妹の美しい絆を見れた所で神からも評価してやるか。確かに技術も覚悟も生半可。さらに言えば剣の腕も微妙だ。だが、誰かを守りたいという覚悟だけは伝わった。なら良いだろう。


「素晴らしかったぞ。ヴィジス」

「ユマロー様……ありがとうございます!」

「だが、誰かが危機に陥った状態で本気を出すのは賭けだ。これから常に本気を出せ」

「分かりました!」


 こうして俺はヴィジスの師範兼神様になり、時折、剣を教えることになったのだった。

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