第3話 豊穣の神ユマロー
次の日の深夜、ノックベルク家に紹介され自室を与えらた後、籠った。目的は下界の調査だ。調査をしているうちに好奇心が生まれ、その日の夜が更けた頃にシピャーニの家を抜け出し、あの廃墟同然の教会に向かった。目的は長椅子と壁に挟まれぐちゃぐちゃになった人面獣心の死体だ。
「鎧には帝国の紋章じゃないな」
鷹のマークが入った紋章が帝国。王冠が王国。だが、この鎧に入っている紋章はサソリだ。どこの国の物だろうか。
「しかもこいつ、魂を弄られてるのか?」
魂は死んだ時点で抜けているが、残滓が変だ。まるで魂に混入物を入れられたような痕跡がある。お粗末な物だがたまに人間でもこういう魂を弄れる類のものが現れる。俺と同じ堕天神の可能性もあるか。
「神様?」
「シピャーニ?」
不意に声を掛けられ、振り向くと初めて会った時同様、シピャーニは困り眉でランタン片手に駆け寄ってきた。怒っているわけではなさそうだ。
「良かった。居なくなってしまったのかと思ったから……」
わざわざこんな夜更けにそんな理由で探しに来るとは信仰心の塊のような女だな。悪い気はしないが無謀すぎるな。
「昨日のこの男が気になってな。少し調べていた」
「男……うっ」
ランタンで照らされた死体を見て顔を真っ青にして後退ってしまった。人間は人間の死体を見るのは苦手か。
「やはり神様は火が無くても見えるのですね」
「ああ、最初に火を与えた神はとても気が利いていると思う。ただ人格は最悪なくらい潔癖症で正義感の強いクソやろ……なんでもない」
最高神ロムルジルを褒めた事に対して、虫唾が走りつい罵倒を混ぜてしまった。
「神様は意外と感情や情緒が豊かですよね」
「感情? そうだな。堅物の神々よりかはユーモアもセンスも良い。よく分かってるな」
「ふふっ。お褒めの言葉ありがとうございます。神様」
シピャーニはそこから黙って様子を見ている事にした様だ。死体はもう見慣れたのだろうか。
「シピャーニ、この紋章を知っているか?」
「いえ。知らないですね……いや、見た事あるような気もします」
「それはどこだ?」
「そこまでは……」
「そうか。思い出したら教えてくれ」
「はい! もちろんです」
無理に思い出させる必要は無い。今知れたところでどうこう出来るわけではないしな。それにしてもシピャーニは最後まで居る気なのだろうか。
「退屈だろ。帰らないのか?」
「神様を置いて帰れませんよ」
「そうか……そうだ。神様と言う呼び名は雑多すぎる。俺の事はアルグレイ様と呼べ」
無神アルグレイ。無頼で無敵、無心の神を誰が知っているのだろうか。しかし、神様と呼ばれるのもなんだか特別感が無いからな。
「アルグレイ……? 神様、アルグレイ様は無神と呼ばれる災神ですよ? アルグレイ様の祀られている祠は帝国の帝都ですし」
「え」
祠がある? しかも災厄の神と恐れられているとは。下界に興味が無く調べた事が等無かったが悪行の全てバレていたのか? まさかお節介焼き神どもの入れ知恵だろうか。
「え、そ、そうか」
どうやら一応の知名度はあるようだ。しかも祠まであるとは驚きだ。だが、随分な呼び名だな。災厄の神か。まぁ、当たりだがな。
「神様はアルグレイ様なのですか?」
怯えたような声色。先ほどまで感激し、信仰心の厚かった声はどこかに消えている。彼女は俺に恐怖し始めている。元々の神格は随分人気があったんだな。
「……いや、違う」
元々の神格じゃないと言うの簡単だ。だがここで寝どこと信仰心を失うわけにはいかない。プライドなどはケルベロスに食わせる事にした。首を振り、立ち上がる。
「ではなぜその名を?」
「……アルグレイとは知り合いだ。奴は無神だから下界で祠どころか名前なんて知られて無いと思っているからな。広めてやろうという意気な計らいのつもりだった」
「そうなんですか? でも確かにそこまで有名なな神様では無かったですね」
「そうか。まぁ、いつか紹介するさ」
「そ、それは怖いです!」
「ははっ」
どうやら恐怖は取り除かれたようで怯える前に戻っていた。ふむ、名前はどうするか。ここの神格は一体誰だったんだ。
「少し調べ物が増えた。先に帰れ」
「いえ、私も付き合いますよ。神さ―—えっと」
名前を結局教えてもらっていないことを思い出してしまったか。ここは神の威厳を見せてやる。
「今日は素直に帰れ。そうしたら明日、名前を教えてやる」
「で、ですが……」
「神の言う事は聞いた方が良い。神さまの言うとおりってやつだ」
「わかりました……」
渋々といった感じだが、シピャーニはこちらを何度も振り返りながら教会を出て行った。
さて、この死体は後々のために保管しておくとして。ここの神格を探ってみるか。シピャーニに聞いた方が早かったかもしれないがそれを聞いては俺が偽物だと宣言しているようなものだ。
「さてさて、痕跡はあるかな……」
―――――――――――――――
教会の隅々を見て回るとある文献が落ちているのに気づいた。シピャーニがこんなおざなりな事をするはずがないのはよく分かる。つまり彼女でさえ発見できていない書物だ。適当にこれを授けたらここの神格だと強調されるだろう。
まぁ、崩れた木材の下にあったからな。見つかるわけも無いか。
「豊穣の神ユマロー? マイナー過ぎて会ったこともなさそうだな」
なんだかんだ名前を知らなくても会った事はあるという神も居るが、多分こいつは土着してたから天上に来るのは年に一、二回の出不精神だったのだろう。功績も農作物を豊かにしたとか、津波を村から守ったとか地味な功績だ。今はどこに居るのか知らんが、名前を借りてもバレないだろう。
――キュイッ
「ん?」
帰ろうと振り向き足を置いた場所が他の床よりも軽い。空洞だろうか。床を剥がすとそこにはちょうど一人用の個室程度が入れる地下室があった。
「ここは……」
入るとおぞましい数の言語が壁に殴り書きされている。更に一冊の本が地面に置かれていた。本の表紙にはこの地域の言語で。
『旧神誓約書』と書かれていた。
―――――――――――――――
調べ事に終わりはない。が、シピャーニに心配されると面倒だ。早朝になり急いで帰宅した。そしてちょうど食卓を囲むノックベルク家の面々に向かって宣言した。
「俺の名は豊穣の神ユマロー! さぁ崇め祀れ!」
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