第2話 生き人形を作ってやる

廃墟と化した教会で女に出会った。名前はシピャーニ・ノックベルク。元々は教会で働いていた修道女だったが四年前になんとか帝国が侵攻した際に壊されてしまったらしい。というわけでここは帝国領で、なんとかかんとか言う帝国貴族が治めている。そんな場所にどうして堕天したのかは不明だ。

 それにあの教会の神格はどこへ消えたのか。興味はある。


「お口に合うか分かりませんが、食事です! どうかお食べください!」


 教会で立ち話などさせられないとシピャーニの家に招待されてしまった。どうやらシピャーニの家族は父と母、兄が一人、妹が一人、弟一人が居るらしい。けれど今は妹以外は既に就寝しているようだ。

 それにしても。


「神が口にするものでは無いな。だが、まぁ、妥協してやる」


 土臭い植物や作物で作った貧乏くさい食事だ。天上で出された金のスープとは比べ物にならないほどこのスープには味が無い。


「お姉ちゃん。誰この人」


 食卓の机に顎を乗せ、訝しげに俺を見てくる少女。彼女こそシピャーニの妹メデスだ。メデスはどうやら胡散臭いと初めから決めつけているようで先ほどから不遜な視線を浴びせ続けてくる。


「この人は神様! あの教会から居なくなってしまった神様の生まれ変わりなの!」


 興奮しながら俺を紹介するシピャーニに胸が高鳴る。そうだ。俺は神だ。この扱いは妥当であり正当なものだ。


「じゃあ、あなた一体何が出来るのよ」


 何が出来る? 無礼な。その頭触れずに吹き飛ばす事は……今の俺には出来ない。思考を少し操作する事も……出来ない。……何が出来るんだ。今の俺には。


「こらっ! 失礼でしょ? ごめんなさい。神様」

「いや、気にするな。そうだな。何かしてみるか」


 考えろ。天上に存在していた頃に俺が出来た事……そうだ。簡単な生き人形でも作るか。人間を作るのには時間がかかりすぎるが何かないだろうか。


「そこの娘。人形でもなんでもいい。何か生物の形をしている物を持ってこい」

「じゃあ、これ。私の親友ダテムちゃん」


 渡されたのはお世辞にも綺麗とは言えない人形だった。いかにも手作りといった感じだ。目はボタン。口は縮れ糸だ。これに命を吹き込んだとしても何の役にも立たないだろうが俺が神だと思わせるには充分だ。

 しかしこの権能は使えるのか? 使えなかったらどんな言い訳をするか。


「壊さないでね」

「案ずるな」

「神様の御業が見れるなんて光栄です!」


 ……そうだ。言い訳なんて考えるな。シピャーニの前で失敗するわけにもいかない。神が人間に落胆されるなどあってはならない事だ。


「こうやれば出来たはず……」


 人形の胸に親指を押し当て、身体を巡る神血を感覚で通す。通せた。成功だ。俺の血はまだ神血で溢れているではないか。

 この世界の見えない場所に居る魂を神血の匂いで引き寄せていく。この人形に宿る魂は既に自我も意識も無い漂うだけの無意味な魂だ。人形に入った所で変わらんがな。


「ほれ」

「ほれって……何も変わってきゃっ!?」


 人形を受け取ったメデスの手の上で人形は直立したままメデスを見上げている。これで成功だ。


「ダテムちゃん!」


 呼びかければ人形は首を傾げ、彼女の手の上をグルグルと歩き始めた。魂だけだった時の名残だろう。奴の動きに意味など無い。


「毎朝、祈りを捧げた水に漬けろ。そうすればいつまでも魂はその人形と共に居るだろう」

「す、すごい! 本物だ!」

「神様! 神様は実在したのです!」


 妹の心も鷲掴みしてしまった。ふふっ。天上では疫病神扱いされていた俺も少し本気を出せば人間から慕われるもんだな。


「神様! あの、死者を蘇らせることは出来ますか!?」

「不可能だ」


 血相を変えたシピャーニは膝を床に付けて縋る様な表情を浮かべ見上げてきたが、バッサリと断った。

 事実、死者を生き返らせるなどある方法を除けば不可能だ。そんな事が簡単に出来るのは地獄に住んでいる冥神くらいだろう。冥神は俺が問題を起こした時に同盟神になってくれた一神だが翼が無い今行ける手段がない。


「俺は魂を移し替えているだけだ。まぁ、唯一不確定な手段としては死んだ直後に処置をする事で戻るかもしれないという事だけだな。ま、ほぼ不可能だがな」

「そうですか……」

「生き返らせたい人でも居たのか?」

「四年前、帝国に掴まり処刑された神父様を……」

「ふむ……やはり難しいな。月日が経ちすぎている」


 なるほど。だが、四年前ともなると難しい。そもそも魂がまだ浮遊しているかも怪しい。

 先ほど人形に入れた魂は人間か動物かも分からない生前まったく神にとって意味のなかったであろう魂だが、聖職者の魂ともなるとすでに浄化され天界で神の使いになっているか、またしても人間として転生しているだろう。


「聖職者の魂は神が欲しがりやすいからな。それほど素晴らしい神父ならすでにどこかの神が使いにしているだろうさ」


 聖職者は望めば天界の住民にもなれる。更に言えば元人間の身でありながら天界治安維持組織である護衛騎士や守護天使になった者さえ居る。


「本当ですか!?」

「ああ、俺はそんな潔癖な使い要らないがな……」


 欠点としてそいつらは堅物で潔癖が強い。融通も利かないし、直属の神の命令ならなんでもする操り人形だらけだ。ロムルジルが欲しがりそうな奴らだ。


「え? 何か仰いましたか?」

「いや。まぁとにかくその神父の心配は要らないだろうさ」

「良かった。マテウス様の魂が安寧ならそれで良いのです……」


 マテウスと言うのは神父の名だろうか。それにしても神父を殺害するとは帝国とはずいぶん過激な国だな。異教徒狩りか?


「……というか意外と食えたな」


 人間が作ったものと馬鹿にしていたが、不快なく食べ終えてしまっていた。これからもここで祀られるのも良いのかもしれないな。

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