第14話 情報収集はまず先に花壇から

 鶩名さんと俺は一緒に外に出た。

 ……推理小説と言った類はあまり読んだことは無いが、山田が見せてくれた自分の頭にインプットされた推理系の作品内での情報収集の仕方を参照する。

 王道ならば人が多い場所での情報収集が鉄板、であるはずだが。

 なぜか鶩名さんは、探偵事務所の花壇にしゃがみ込んでいる。

 耳にスマホを当てながら。


「今日も綺麗に咲いているね、いいことだ」

「む、鶩名さん?」


 情報収集に人が多い場所に行かず、花壇の花を見るってこれ如何に。

 依頼が来たのに、花壇を眺めることを優先するなんて……? もしかして。

 崚汰は眼鏡を取り、花壇を見る。

 そこには、以前花屋で花壇の中にいたコダマを見つめていた。


「……何をしてるんですか?」

「ああ、崚汰君。眼鏡を外しちゃだめだろう? 君は目が悪いんだから」

「え、っと……?」


 尋ねてみたら、彼女は至極当然に答えた。

 急に、なんだ? 突然。

 まるで口裏合わせをする言い方に感じ取れた崚汰は、改めてコダマを見る。


『ウォウォウォウォウォ、ノー、メメメメメ』

「ほら、不安がらないで。君は頑張れる子なんだから……ね?」

『ウォウォウォオオオ、オオ、……オオ、ウォース、ノーメ、ンン』

「なんだい? コダマちゃん」


 ……以前にも感じたが、コダマは鶩名さんのことを別の呼び方をしているような気がする。

 なんて呼んでるんだろう? 聞き取れなかったけど。

 明成さんも鶩名さんのこと魔女って呼んでたな。何か関係があるのか?

 いや、今聞く場面じゃないな。今回の依頼が終えてから、でもいいだろう。


『ミ、ミンナ、ヒノニオイ、ア、アアア、アチコチニ、シテルッテ……』

「うんうん、そうなんだ。他のみんなは大丈夫かい?」

『ミミミミ、ミンナ、オ、オビエエエテ、ル、ノ! タス、ケテテ、タタタ、タスケテテ!! タスタスタ、ケテテテテテ』


 興奮しているのか、コダマはノイズのようにも聞こえる声で早口で言う。

 一歩聞き間違えれば、音声にノイズが走るのにも似た感覚で続けて言うため、少し耳に不快感がある。

 ……鶩名さんは普通にしているようだけど、怖くないのかな。


「心配なのはわかるよ、でも他の子たちを助けるのには、君の力も必要なんだ……わかってくれるよね?」

『ウ? ウウ、ウ……ウ、ウン』

「じゃあ、みんなの風の噂を君も協力して集めてくれるかな、僕もこの事件を何とかするから」

『……ガ、ガガガンバル』

「うんうん、コダマちゃんはよくできるいい子だね、後で差し入れをするよ。何がいい?」

『アアア、ヒ、ヒリョウ、イ、イレテ? フユジタク、モ、オネネネガイッ』

「わかったよ、楽しみにしててね。それじゃ、また後で連絡するね」

『ア、アイッ』


 コダマは両手を胸元に当てて、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。

 ……今まで不気味に感じていたコダマがなぜか愛おしく感じたのは秘密だ。

 鶩名さんはスマホを耳から離すと、すくっと立ち上がる。


「それじゃ、第一村人にも聞けたから、次は人が多いところに行こうか」

「……元々その予定だったんじゃないですか?」


 なぜコダマが第一村人扱いなのかは疑問だが……まぁ、おそらく後で他のコダマたちにも聞き込みをする予定なのだと今ので分かった。

 普通の一般人からの情報も収取するべきだとは思うが、まぁ、そこは彼女次第だろう。


「何事も、日々の日課を無くしてはいけないよ? 助手君。優雅なコーヒーを飲む時も、大切な工程を省いたらコーヒーが不味くなるのと一緒さ」

「そういうものでしょうか」

「ああ……じゃ、行くよ」

「え? あ、ま、待ってくださいっ」


 鶩名さんはスマートに歩いていくのを、遅れて崚汰は追いかけるのであった。



 ◇ ◇ ◇



「すみません、よくわからなくて……」

「そうですか、すみません。ありがとうございました」


 一人の女性に頭を下げながら、ふぅっと息を吐く。

 人混みの中、俺は鶩名さんと別れて放火事件の噂を探っていた。実際の事件の関係者じゃないから事件を探る、という体ではただの学生の自分では怪しまれる。

 噂話を知りたい学生の中に「自分の仕事場も放火されかかったから、貴方は何か知らないか」……と、言って聞き込みをするのが一番情報を集めやすい。

 人の聞き込みは君に任せるよ、なんて言われてしまっては鶩名さんがしようとしている情報収集が難しくなると踏んだからだ。


「鶩名さんはどうだろう……?」


 現に目の前で、しゃがみながらスマホを耳に当てている。


「ああ、大丈夫だよコダマちゃん。花は僕が守るから、安心して」


 ……うん、順調そうなのかどうかわからない。

 焦りもなく、焦燥感に駆られているわけでもなくフツーに話している。

 崚汰が人間側の聞き込み担当、と言うなら鶩名は神秘側担当と言える。

 つまり、適材適所という奴と言えるはずだ。


「鶩名さん、どうですか? 何か聞けました?」

「ん? ああ、ごめんね。ちょっと失礼するよ」


 鶩名は通話を中断する仕草をしてから振り返った。

 

「それで、どうですか?」

「……話せる状況じゃないね。コダマちゃんたちは他の子たちと一緒に怯えてるみたいだ」

「他に当てはあるんですか?」

「ある子たちに聞き込みをしようかなって思ってる……ただ、気まぐれだからね」

「……?」


 気まぐれ? ……どういう意味だ?


「さて、今日の聞き込みはここまでかな」

「まだ始まって2、3時間しか経ってませんよ? 調べてるばっかりじゃ……?」

「いいかい小鳥ちゃん。君は学生だ、あまり遅くまでの調査は難しい……つまり」

「つまり?」

「御遣いを頼みたいんだ。明日は、僕が人の聞き込みをするから君はある場所へ向かってくれるかい?」

「どこですか?」

「ふふふ、それはね――――」


 鶩名さんの言った言葉に、俺は疑問符を返す。


「……本気ですか?」

「ああ、頼んだよ」

「……わかりました、今日は俺帰ります」


 溜息交じりに呟けば、鶩名さんはにこやかに手を振った。

 ……鶩名さんの助手として、できることはしないとな。

 よし、やってやる。

 崚汰は決意を新たに、鶩名と別れてから一度家に帰ることにした。

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