第13話 依頼人はサラマンダー

 あれから、四日後。

 鶩名さんと出会った時の話題をしている中、紅茶を飲んでいた。


「……鶩名さんがいなかったら、俺はきっと死んでましたね」


 紅茶の種類が色々豊富だということを、鶩名さんが助けてくれたから知れたことだ。こうして紅茶の味を感じられるのも、鶩名さんが俺と出会ってくれたおかげ。本当に、本当に感謝してもしきれない。


「偶然は運命や必然にも似た引力がある、君が僕と出会うことはもしかしたらこの時が訪れる前触れだったのかもしれないね」

「……それだったら、嬉しいです」

「おや、素直だね。僕としては好ましいけど」

「……どういう意味ですか?」

「君は、人を疑う癖があるだろ」

「――っ、なんで、あつ!!」

 

 崚汰は紅茶を太ももに零してしまった。

 鶩名さんの言葉に、驚愕を禁じえない。

 だって、誰にも気づかれたことがなかったことなのに。


「弟を守るのに必死だったんだね、僕は少しくらいは信用してくれているのかな

?」

「鶩名さん、卑怯ですよ」

「あはは、ごめんごめん……大丈夫かい?」


 鶩名さんは人差し指を立てる。

 軽く横に振るとズボンにかかった紅茶が消えていった。

 液体が気化する感覚がダイレクトに足に伝わる。

 熱さも何も感じない。初めから何もかかっていなかったようだ。


「今のは……?」

「魔法だよ、神秘探偵ならこんなの朝飯前さ」


 鶩名さんは愉快気に笑った。

 どことなく彼女の所作は気品を感じられる。

 普段の恰好が格好だと言うのに、違和感を覚えてしまうが。

 鶩名さんはテーブルに置かれてあった新聞を広げた。


「小鳥ちゃん、新聞は見たかい?」

「いえ……鶩名さんは新聞が好きなんですか?」

「新聞はとてもいいものだよ、紙からしか得られない情報もある」

「……スマホで事足りると思いますけど」


 鶩名さんの所で働くようになれば、生活費の問題も少なくなる。

 ……なんだか、洋風なのに古風な雰囲気もあるんだよな、この事務所。


「現代っ子だね、君」

「あ、あはは……そういえば、最近放火魔が多いらしいですね」

「ああ、被害者が出ているようだね。事件とはこういうところで隠れていたりするものだよ」

「そういう、ものですか?」

「ああ、もちろん」


 鶩名さんは新聞をテーブルに置いた。

 だが、なぜかさっきから二度目に入れた紅茶を口にしようとしない。


「今日は依頼人が来る予定だから、丁寧な接客を頼むよ」

「……聞いてませんよ?」 

「だから紅茶を頼んだんじゃないか」

「はい? 鶩名が紅茶を頼むのは、自分用じゃ――」


 扉が壊れん勢いで扉が開かれる。

 誰だ誰だと扉の方へ視線をやると依頼人と言った人物らしき人が入ってくる。


「おい、邪魔するぞー!!」

「ほら、やっと来た。ソファ温めておいたよ、寒いのは嫌いだろう?」


 鶩名さんが立ち上がったのを見て、俺は慌てて席を立つ。

 彼女が俺が座っていた席に座り、サラマンダーさんを彼女が座っていた席へと誘導する。


「おー、ありがてぇ。気が利くなぁ魔女様よぉ」

 

 扉を開けるのも豪快なら座り方も豪快だ。赤毛に精悍の顔つきの男性が事務所にずかずかと踏み入ってくる。

 ルビーみたいな煌めきさが髪からも瞳からも感じられる不思議な人だ。

 なんていうんだろう、本当に燃えているわけじゃないのに火を連想させられる人だ。

 って、ちょっと待て。

 ……魔女? 鶩名さんが? いや、今それよりも彼のことについてだ。

 鶩名さんの耳に小声で問いただす。


「あの鶩名さん、こちらの方は……?」

「四大精霊のサラマンダー様だよ。トカゲかドラゴンか、賛否両論が別れる御仁さ」

「それって結構すごい精霊なんじゃ……? 人間にしか見えないんですが」


 ここは祖月輪探偵事務所……一般的な事件を請け負いながらも裏では色々な神秘存在から相談や依頼も受け持つ、神秘探偵事務所だ。

 その中でも、精霊の類でも四大精霊のサラマンダーが来るって、すごくないか?

 男性ははつらつと笑った。


「四大精霊のオレ様が人間に擬態できねえわけねえだろ? ま、魔女様には色々と縁があってなぁ、昔からの知り合いってわけよ」

「そうなんですか……」


 なんか、仲良さそう。

 ……鶩名さんって、知り合いが多いんだな。まぁ、神秘探偵なら、多少はそうか。


「どうした?」

「あ、い、いえっなんでもないです」

「この姿の時は燈座木明成とざきめいせいって呼んでくれや、でっ、坊主はなんてんだ?」

「……小鳥遊崚汰、です」

「リョータか、覚えたぜぇ! よろしくなぁ」


 くしゃっとした笑顔を見せるサラマンダー様に、思わず笑みを零れた。

 ……なんか、悪い人ではなさそうな雰囲気の人だ。

 鶩名さんは指を鳴らし、周囲に一瞬金色の輝きが広がって行った。


「鶩名さん? 何をしたんですか」

「大事な話の時は、僕はこうしているだけだよ。余計な茶々をされないためにね」

「?」


 ……どういう意味だ?


「……それで、今回の依頼内容を聞こうじゃないか。燈座木殿?」


 鶩名は足を組んで、燈座木を見据えた。


「……最近、放火魔が多いだろ?」


 俺は一旦、台所に戻りお盆からお茶菓子をテーブルに置く。


「ああ、新聞で見たよ……主に、東京の各区で、多いみたいだね」

「ああ、俺の召喚者が燃やし回ってるらしい」

「……召喚者?」

「俺を魔法で召喚した人間のことだよ。分身体の俺を悪用してるみてーでな……俺は、そのことを相談しにここに来たっつーことだ」

「……そうか」


 鶩名さんは顎に顎に手を当てて、彼の言いたいことが理解できたようだった。

 分身体、ってファンタジーのサラマンダーでそんな忍者みたいなことあるのだろうか……よくわからん。


「……どういうことですか?」

「四大精霊は基本的に一つの存在だと定義されている。ならば、誰かに召喚されるとしたら分身体がなかった場合他の人間が召喚しようとしたら召喚できなくなってしまうだろう? 同時召喚をした時、混乱が出るじゃないか」

「……なるほど」


 それなら、確かに魔法に対しての違和感はないな。


「彼の分身体は、契約の内容上によって召喚者に縛られてしまう。契約とは神秘側にとっても重要なことなんだ……契約を自分から破る馬鹿なセークレートゥムはいないよ。彼らは契約を順守する生き物だからね」

「つまり、召喚された分身体に話を聞きたくても、召喚者がセークレートゥムに要求した契約内容が終わらない限り、利用され続ける……?」

「そーゆーこった、だから俺は魔女様に力を借りに来たってわけよ、俺が人間の姿になるために協力してくれた恩人だからな」

「でも別に鶩名さんの力を借りなくても問題ないんじゃ……?」

「それは、まだわかんねえ新人の助手様には話せねえな」

「……そう、ですか」


 鶩名さんは真面目に俺に説明してくれた。

 彼女の言った言葉を自分なりに咀嚼してから、燈座木さんの目的を理解した。

 だが……恩人? 四大精霊の一角であるサラマンダーが?

 一介の神秘探偵に恩って、普通想像できない。

 鶩名さん、相当凄い神秘探偵なのか?

 サラマンダー……いや、燈座木明成って日本語名なわけだし。

 普通なら、海外の名前を付けるはずだろうに。


「人間共の想像で形があやふやになっちまってるが、俺の本来の姿はただの火なんだ」

「火? ですか? トカゲとかドラゴンとか、そういうのじゃなく?」

「召喚者によってドラゴンかトカゲの姿に自然と寄っちまうだけだ、その過程で俺がドラゴンだのトカゲだのなんだの議論されているらしいが、基本的にそうしてる……人情、神秘情しんぴじょうって奴だな」

神秘情しんぴじょう、ですか」

「ふふふ、言い得て妙な造語だね。素敵だと思うよ」

「おう、だろっ?」


 互いに笑い合う二人が、長年の付き合いのやり取りに見えた。

 ちくっと、何か棘のようなものが刺さった感覚がした。


「どうかしたのかい?」

「……い、いえ」


 ……? 気のせい、か。


「というわけで、一刻も早く俺の分身体を悪用してる召喚者を探してくれ、頼めるか?」

「召喚者の名前ってわかるんですか?」

「契約上の縛りに含まれてるから無理だ」


 苦々しく明成さんは言った。

 ……わかっているなら鶩名さんに頼みに来るわけもない、か。

 言葉の裏に、明成さんの本音が秘められていた。


「……そうか、現場を抑える方が早いかもしれないね」

「悪いが、頼むぜ。依頼料は弾むからよ」

「ああ、お願いするよ」


 鶩名さんは席を立つと肩にコートをかけ直した。


「小鳥ちゃん、行くよ」

「は、はい」


 二人で、俺たちは情報収集に取り掛かることにした。

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