第11話 祖月輪探偵事務所へ

 あの後、健太とは穏やかな日常を過ごしている。

 翔兵は停学処分になり梓川を強姦した罪として逮捕された。

 今はアイツは少年院にいるのだとか。なんでも、翔兵は他校の生徒にも手を出しているのを鶩名さんは知っていたらしい。

 探偵である鶩名さんが翔兵に強姦されたとある女子生徒の親から頼まれて、翔兵を逮捕するための情報収集をしていたのだとか……実は、会った時から翔兵を捕まえるために動いていた、ってことだったわけだけど。

 今回俺の学校の先生たちにもその話が行っていたのもあり、掲示板に写真が出された時、なぜかすぐ退学処分を受けなかった理由もそれだったそうな。

 キィ、と俺は玄関の扉を開けると健太が駆け寄ってくる。


「崚汰兄ぃ、行くの?」

「ああ、お留守番できるか? 健太」

「大丈夫だよ」

「わかった、行ってくる」


 崚汰は健太の頭を撫でてから外に出る。

 秋の紅葉が冷風に乗って、人々の間を通り抜けるのを崚汰は横切った。

 鶩名さんから手渡されたメモの場所に電車を使いながら向かう。場所が東京の新宿駅にひっそりとある少し寂れている印象を持つ二階建ての建物に、窓にしっかりと祖月輪探偵事務所と書かれてある。


「……ここ、だよな」


 建物は暑さ対策か、蔓が壁を張っている。

 レトロな感覚も抱く外観には、彼女の人間性がちらついている気がした。

 単純にめんどくさがり、ってわけじゃないと願いたいけど。

 崚汰は、階段を上って祖月輪探偵事務所の扉の前に立っていた。

 ふぅ、と深く息を吐く。


「……よし」


 目を開けて、俺は扉を四回ノックする。

 彼女に教えてもらった合言葉の最初の言葉を口にする。


「無貌の空魔よ、貴方はそこにいますか?」

【……合言葉を】


 頭の中に流れる小説を音読するAIにも似た音声にピクリ、と肩を揺らす。

 ……落ち着け、合言葉はわかっているんだ。

 目を伏せて、


「……開拓の旅路は、今も瞼の裏に」


 カチャンと施錠が解錠される音が響く。

 恐る恐る扉のドアノブを捻ると、室内は生活感を感じさせられる穏やかな事務所が目の前にやってくる。壁が全体的に白で構築された室内で、安心感を与えるためか、観賞用植物がいくつかある。


「……なんだか、鶩名さんらしいな」


 お高く留まった室内じゃなく、彼女の雰囲気と似たどことない安心感を感じる。

 鶩名さん専用の執務机も似たようなのデザインだ。

 扉を通り、祖月輪探偵事務所の中に入った。


「……鶩名さん?」


 返事はなく、俺は周囲を確認する。彼女の今回の依頼が終わったはずだから、事務所にいると思ったんだけど……いないな。

 赤革のソファの方に目をやると、ソファに寝そべって顔に本を置きながら眠っているようだ。入口からは隠れる位置だったから気づかなかっただけか。

 本のタイトルは、なんて書かれているのか読めない。

 スペル的に、英語ではないのはわかるが……? 


「……ん、来たのかい?」

「鶩名さん、ずっと寝てたんですか? ……寒くありません?」


 俺の声に彼女が目覚め、上着も羽織らずに起き上がった。

 鶩名さんは本を床に落として、ふぁぁあ、とあくびをしながら体を伸ばす。


「大丈夫……こう見えて、寒さには強いから」

「そうですか」

「君がこっちの方に来るとは思ってなかったよ。普通に入っても問題なかったのに」

「……それじゃ、鶩名さんの仕事場のアルバイトとしてはダメかと思うので」

「そうかい? まぁ、助手にしては意識が高いことはいいことだ」

「え? 助手?」


 アルバイトのつもりで来たんだけどな。

 まだ、彼女の助手になるとか、図々しいつもりでいたのに。


「君はそのつもりで来たんだろう? 後、あることについて話す約束もしていたしね……刈草翔兵君のことについてと、今後の件について」

「いい、でしょうか」

「君が僕の助手になるのなら、その覚悟はしたから来たんだろ」

「……はい」


 鶩名さんが言っていたんだ、セークレートゥムが関わっているって。

 それを信じて、俺は彼女の力を借りたんだから。


「じゃあ、まず座るといい。紅茶は嫌いかい?」

「いえ……」

「なら、追加をさせておくよ」


 パチン、と鶩名さんが指を鳴らすとどこからか、陶器のカチャカチャと音が鳴るのが聞こえた……誰か、いるのかな。

 いや、今は鶩名さんの話を聞こう。


「まず、刈草翔兵君に関しては黒魔術を使って、インキュバスを召喚した。それだけなら、梓川晏奈ちゃんたちや他の学校の女生徒たちも犯される原因の理由説明になってしまうかな」

「……インキュバス、だけじゃないんですか?」

「彼はダンダリオンという悪魔を召喚していたんだ」

「だん、だりおん?」


 ……なんだ、そのダンデライオンみたいな名前の悪魔は。


「ソロモン72柱の一角、ダンタリオン……彼は、人の思考操作ができるんだ」

「思考操作?」

「そう、翔兵君は君のことを操っていたんだよ。マドンナの星宮麗羅嬢だけじゃなく、既に君たちと出会った時に施術されていたのを魔法で確認済みだ」

「……っ」


 崚汰は自分の口元に手を当てる。

 そう、だ。確かに違和感があった。女性の手を触れるなんて、俺なら抵抗感があって本来はできないはずなのに。

 なのに星宮と一緒に帰る時に、あの時体が、思考が勝手に動いたような……っ。

 俺の意識ではなかったと今気づいた。

 いや、おそらく今気づけたのも鶩名さんのおかげ、なんだろう。


「相当計画を練っていたようだね。君が僕と出会っていなければ、意味のない自殺をさせられていた」

「……じゃあ、もしかしてあの時出会ってくれたのは、鶩名さんの計算だったんですか?」

「違うかな、たまたまだよ。僕はコダマちゃんに情報収集していただけだし」

「……そう、ですか」


 鶩名さんと偶然でも出会ってなければ、俺は死んでいたんだ。

 健太を残して、一人ぼっちにさせて。寒気が一気に肌に纏わりつく。


「……神秘探偵はね、警察とは協力関係にある。特に、セークレートゥムに関連した事件においては、僕らの専門になるからね」

「どうして、ですか?」

「一部は、拒否する警官もいるから迷宮入りしたままの事件もいくつかあるけど……事件解決ほど、重要なことは無いだろう? 怪異と分類されるのが日本では多いけど、一部分で不思議な事件に関しては基本僕らが解決していると言っても多言ではないね」

「え? でも、それって相当難しいんじゃ」


 だって、被害者も加害者も、セークレートゥムの説明をしようとして減刑を求めようとするのではないだろうか。

 もしくは、より罪を重くすることも。


「神秘探偵は一般人にセークレートゥムの存在を知られてはいけないんだ。だから僕ら神秘探偵が現実的に処理できるように辻褄合わせをする」

「辻褄、合わせ」

「ああ、刈草翔兵君のように神秘側に関わって犯罪者となった彼らに対し記憶の処理も行う」

「……それは、道理に反しているんじゃ」

「セークレートゥムのお偉い様方が彼らの記憶を弄ってくれるんだ。僕らが人々に洗脳めいたことはしないよ。神秘側にも、自分たちの居場所を守ることは現代の今なら何よりも重要視している。もし僕らが強いて一般人にするとしたら、書類作成などの手続きに関して程度さ」

「……そう、ですか」


 ……神秘探偵は複雑な立場にいるんだな。


「少し体が冷えただろう。ゴブ君」

「へいへい」


 キッチンらしきところから、オレンジ色のバンダナを頭に巻いたゴブリンが紅茶をお盆に乗せて持ってくる。


「ご、ゴブリン!?」


 俺の知っている漫画などのゴブリンより、少しデフォルトされている気がする……なんというのだろう、怖い見た目より愛嬌が垣間見える感じ? というか。ストリート系のファッションに身を包む彼は恰好は突っ込まなかったとしても、まず気にするべき所はそこではない。


「なんでセークレートゥムが鶩名さんの事務所に!?」

「……ご主人、誰なんすかコイツ」

「小鳥遊崚汰君、僕の新しい助手君かな。経験豊富な先輩の君から、色々と伝授してやってくれるね」

「え!? 先輩!?」


 バッと俺はゴブリンのゴブ君に目をやる。

 この人が、俺の先輩!? ……ゴブリンの後輩って、なんか嫌だな。

 山田に遊ばせてもらったゲームでも、ゴブリンっていい印象はあまりないし。


「お前、俺が先輩だったら嫌だなって思ったろ」

「え? そ、それは、」

「ははは、あまり虐めないでやってあげてよ。ゴブ君」

「……ホント、マスターって気分屋ですよね」

「誉め言葉として受け取るよ、頑張ってくれるね」


 ニコニコと笑う鶩名さんにはぁ、と重いため息を吐くゴブリン、いやゴブ君は呆れた声を漏らす。


「おらぁガキが苦手なんで説明すんの嫌ですぜぇ」

「何事も実体験とは大切だ。彼はまだ学生なんだし、神秘探偵の助手になる男だ……なら、何事も不思議な体験は刺激的な方がいいだろう? 君にもそう言えるはずさ」

「……物は言いようっスね、ホント」

「強欲な僕は嫌いかい? ゴブ君」

「はぁ、はいはい……ごゆっくりー」


 ゴブさんは紅茶をそっと俺と鶩名さんの間に挟まれたテーブルに置かれる。

 ……なんだかんだで、嫌な職場ではなさそうだ。


「というわけで、入社おめでとう。若人君」

「え? 即時採用ですか?」

「こっちの方の事務所に来れたんだから、それが何よりも必須事項だったから問題ないさ。ようこそ、我らが居城へ」

「……ありがとうございます」


 入社祝いと言っていいのかも怪しいが。

 俺は一口紅茶を口にした。

 大人びた苦みがするアールグレイの味が、俺の口内を占めた。

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