第8話 鶩名さんと一緒にお泊り

「それじゃ、一旦議論はここまでにしようか」


 鶩名さんは軽くテーブルに手を置いてそう告げた。


「え!? 解決してねえだろ!?」

「お互いの必要最低限の最初の情報は交換しただろう? 解決は全ての情報を集めて相手に真実を叩きつける時に言うものだよ、探偵なら当然じゃないか」

「ですが、まだ時間があるのでは?」

「君たちはあくまで、帰る家があるだろ? なら、親御さんを心配させるような時間まで部活動を行わせるのは、教師としては認められない」

「……それもそうですね」


 田中はカチャリと眼鏡の位置を正すと、無表情の中に少し喜々が見え隠れしている気がする。推理物オタクなら理解し合える会話、ってことなんだろうか。


「でも先生、崚汰は弟君と喧嘩中だぜ?」

「それに関しては、僕に考えがあるから大丈夫だよ」


 俺は鶩名さんに不安げな視線を投げる。

 こんな時に頼れるとしたら、きっと鶩名さん以外いない。

 それはわかっている。だけど、弟のことは兄の俺が平然としていれば、問題はないはずだ。そこまで、してもらう理由なんて……本当ならないはずなのに。


「困った時は大人を頼ることも必要だよ、小鳥ちゃん」

「鶩名さん……」

「先生が言うなら、俺らは従うだけだな」

「そうですね」

「え、でも……!」

「……晩御飯は作らないとだめだから、帰るよ。大丈夫だから」


 頭の後ろ側に軽く掻いて、笑顔で星宮に対して誤魔化す。

 ここで、下手に彼女たちに心配をかけるのはしたくない。

 鶩名さんに何か案があるのは間違いないんだ。

 今は彼女に従うべきだ。


「それじゃ、行こうか。小鳥遊君」

「はい」


 そうして俺たちは図書室を後にした。

 鶩名さんに車で運転してもらう中、助手席に座った俺は彼女に尋ねる。


「……あの、鶩名さん」

「何?」

「弟は、健太は俺のことはもう……」

「大丈夫、君が自殺を図ろうとした事実は他の生徒や先生からも確認は取れているからね」

「……え?」

「君の行動は無駄ではなかったと言うことさ」


 横顔の鶩名さんは、大人の余裕がある笑みだった。

 ……? どういう意味なのだろう。

 というか、俺が自殺を図ろうとしたのが無駄じゃないってなぜだ?

 彼女の横顔をぞなぞる夕日はやけに、眩く見えた。



 ◇ ◇ ◇



 二人で小鳥遊家につくと、健太が扉を開けて泣きながら俺に駆け寄って来た。


「崚汰兄ぃ!!」

「け、健太?」

「崚汰兄、ボク、ボク……っ、あ、謝らないからっ」

「……健太君、大丈夫だよ」

「……っ」


 鶩名さんはしゃがみながら、健太の頭を撫でる。

 ……? 健太が鶩名さんのことを知っている? なぜ、だ?

 二人を会わせたことなんて、一度もないはずなのに。

 俺は、そんなこと知らない。

 一体何の話をしているんだ?


「……どういう、意味ですか? 鶩名さん」

「……明日になれば、わかるよ。今日は私が料理を作るから、君はもう眠るといい」

「で、でも」

「……悪いけど、今日は君たちの家に泊まらせてもらってもいいかな? 健太君」

「……ダメ、じゃないよ」

「崚汰君も、それでいいかい?」


 ――ダメだ。そんなこと。


 ……嫌、この状況で彼女の提案はありがたいことだ。

 健太と一緒にいても問題ない理由になってくれているはず、なんだから。


「はい、構いませんよ」

「そっか、僕は小鳥ちゃんのところに寝てもいいかな? ベット、とまでは言わないから」

「……後で、文句を言わないでくださいね」


 崚汰は鶩名に頷いた。

 ……強引な人だ。嫌ではないが。

 その後、鶩名さんがオムライスを作ってくれて無言の夕食を食べ、健太が眠ったのを確認し、俺は自室に戻った。


「……それじゃ、眠ろうか」

「本当にいいんですか? 一緒に寝て」

「恩人を襲うような男なのかい? 君」

「……するわけないじゃないですか」

「ふふふっ。なら、問題はないよね」


 鶩名さんは俺が用意した布団で寝そべる。

 パジャマでもなく、上のコートを脱いだだけだ。

 その状態で眠りやすいようには見えないが……いいのだろうか。


「ほら。崚汰君はもう寝なさい。明日学校があるだろう?」

「……はい」

「羊の数字でも数えてあげようか」

「……そこまでは必要ないです」


 カーテンの月明りが照らす中、彼女は俺の上に乗っかって来た。


「鶩名さん!? 何を、」

「しー……弟君はもう寝ている時間だよ?」


 人差し指を口元に当てて鶩名さんはふふふ、と意味ありげに笑った。


「……もしかして、襲われる、なんて思ってる?」

「そんなこと、」

「だったら――――希望に叶えてあげようか」


 鶩名さんは俺の耳に囁いた。


「今度は……――、君が捕まる番だよ」

「……え? 今、なん、て、」

「さぁ、眠りなさい。彼は僕が気に入った人間なんだ」


 彼女の銀色の瞳が発光する。

 涼やかな銀色の光を見ると、魅了され体が拘束感を感じて動かなくなった。

 急に眠気が襲って来る。

 彼女の顔が見えないまま、俺は意識を失った。

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