第5話 人生最大のアクシデント
「お待たせ、小鳥遊君!」
「ん、星宮さん。俺も今来たところだよ」
俺は外の方にある玄関の入り口にある柱に背を預けながらスマホをいじりりつつ星宮さんが来るの待っていた。
急ぎ足で走ってくる高座さんは綺麗な姿勢で頭を下げる。
「それじゃお願いします、小鳥遊君!」
「いや、星宮さん。緊張しすぎだって」
顔を上げると表情がカチンコチンに固まってる星宮さんに俺は笑いかける。
今日は彼女と一緒に帰ることになっている。
この前星宮さんと山田が一緒に帰ったことは何も問題はなかったようだが、翌日の晩に山田の家のポストに虫の死骸が入れられたそうで、星宮さんが頭を下げて謝っていた。「山田のポスト、犠牲にさせて悪い……!」と俺が言うと「一回聞いてみたかったんだよ、そういうセリフ! 頑張ったかいあるわー!!」なんて馬鹿笑いしている山田に申し訳なくなったのか、星宮さんが何度も謝っていたな。
とりあえず、星宮さんの緊張を解すために俺は星宮さんに飴を手渡した。
「……アメ?」
「秋の季節だしのど飴は大事かなと、ちなみにレモン味だ」
「いいの?」
「もちろん、彼女に気を遣うのは彼氏の役割だろ?」
「!! え、えっと……あ、ありがとう」
「それじゃ、行こうか。星宮さん」
星宮さんと一緒に下校すると、街路樹から落ちた枯葉がアスファルトの地面を黄色や赤で彩っていた。
実は星宮さんには俺が外で待っている時間の間にこういう会話をしていた。
『星宮さん、彼氏のフリって言ってたから、俺なりの彼氏を演じるつもりだけど……嫌な時は嫌って拒否してもらってもいいか?』
『う、うん。その時は、遠回しに言わせてもらうよ。直接的な感じに言ったら、盗聴してるかもしれないストーカーにわかっちゃうかもだし』
『ああ、それで頼む』
一連のやり取りは、鶩名さんに盗聴のことで忠告された日の夜にした会話だ。
あの日鶩名さんに盗聴器で聞かれている可能性があると言われたため、ストーカーをおびき出すために俺はとある作戦を立てた。
どういう作戦かと言うと……、
「星宮さん、手、寒くないか?」
「ちょっと肌寒い、かな。手袋、持ってこなかったから」
「じゃ、なおさらだな」
「え?」
俺は無理やり、彼女の片手を握る。
唐突のことで星宮さんは顔を真っ赤にして声を荒げた。
「た、小鳥遊君!?」
「……嫌だったか?」
「…………う、ううん。大丈夫」
俺は星宮さんが下に顔をそむけたのに笑いかけながらも、俺は周囲を警戒する。
……そう、俺の作戦はストーカーを挑発することだ。
ストーカーが星宮さんに恋しているか、それとも嫉妬しているか。
そのどちらかまではわからないが、結論としては星宮さんに近づく誰かにアクションを行うのは間違いないのは山田で確認済みだ。
星宮さんとはラインの交換もしてあるし、言いづらいことがあればその都度ストーカーに気づかれないよう筆談代わりにラインで返信を送ってもらうことにもなっている……さて、ストーカーお前はどう出る?
星宮さんの歩幅に合わせながら、俺は星宮さんの方の帰り道を歩いていく。
……やっぱり、女の子の手を握るのは少し気恥ずかしいな。
気が付けば、星宮さんの家までたどり着いてしまった。
「た、小鳥遊君。今日は、この辺で、いいかな」
「あ、ああ。またな星宮さん」
「うん、ばいばい」
星宮さんは門を閉めて一人、家の中に入る。
俺は星宮さんが扉を完全に閉めるまで手を振った。
扉が閉まる音が聞こえ、俺は頭を抱えた。
――――どういうことだ?
盗聴をしているのなら、さっきのやりとりだけでは爆発しないということか?
俺は後ろから衝撃が走った。
「うわぁ、びっくりしたぁ!」
「わ! 梓川……!?」
俺にぶつかって来たのは翔兵に恋する茶髪ギャル、梓川がいた。
俺は梓川に尋ねる。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「何リョウタカぁ、怖い顔すんなよぉ! 結構悪い奴だっあたしは知ってたけど……何? アンタ、マドンナ様とできてんの?」
「……お前の帰り道はここを通るのか?」
俺は平然を装い、普通に梓川に接する。
梓川は別にいいじゃん、聞いたってさぁーと肩にかけている鞄をかけ直す。
「この近くにゲーセンあんじゃん? その帰り」
「なら、だいぶ早くないか?」
俺が星宮さんに送ったとはいえ、まだそんなに時間は経っていない。
だから、余計梓川が怪しく見える。
「アンタ警察の真似でもしてるわけ? 人のプライベートズカズカ突っ込んでくるのどうかと思いまーす」
「ああ、悪い。そういうつもりじゃなかったんだ。梓川と話すのあんまり多くないから知らなくてさ」
「……んじゃアタシ家に帰るからぁ、じゃねー」
「ああ、引き留めて悪かったな」
梓川は背を向けて手を振る。
俺も彼女に手を振りながら、ポケットが振動したのを感じた。
俺はスマホの画面をタップして、ラインを確認する。
『ストーカー、来た?』
『いや、現れなかった』
『そっか……また、明日も一緒に帰ってもらってもいい?』
『ああ、また明日』
『またね、小鳥遊君』
俺は周囲をもう一度確認する。
おばあちゃんが柴犬と一緒に散歩をしているぐらい、か。
……はぁ。
「…………作戦を改める方がいいかもしれないな」
俺は頭を抱えながら、鶩名さんにまた相談することにした。
鶩名さんに連絡を取ったが、用事があるそうで断れた。
あの後、帰り道に俺を追いかけてくる奴もいなかったし視線を感じるなんてこともなかった。星宮さんのストーカーが現れなかったことがどうにも釈然としない。
俺は晩御飯を済ませ風呂に入りベットの上で寝転がる。
「…………すぐにストーカーが出てくると思ったんだけどな」
恋愛漫画で見た展開とは現実は違うと神様にでも告げられた気がした。天井を眺めながら、一度溜息を漏らしてから俺はスマホの画面である写真を見る。
両親と俺と健太が映っている写真だ。まだ健太が3歳くらいで、俺が7歳くらいの時の写真だ。昔の写真をスマホに取り込むには苦労したなぁ。
これも父さんが機械関係に強くいてくれたおかげだ。
横にタップすれば、母さんと一緒にカレーを作っている写真が出てきた。母さんにも、料理や裁縫も掃除の仕方も、色々教えてくれよな。
スマホを握る手が強くなる。
交通事故で死んだ両親のことをいつまでも気にするのは、きっと他人からは鬱陶しいと言われてもしかたのないことなのだというのは分かっている。
わかっているつもりなんだ。
…………あの車が突っ込んでこなければ、少しは違ったのかな。
「なんて、無駄なこと言ったってしかたないよな」
弟に吐露できないこの感情は墓まで持っていくべきだと理解している。
だから、絶対に健太の前で言わない。俺はアイツのお兄ちゃんだから。俺はあいつが頼れる兄でいたい、これからも、その先もずっと。だから絶対健太に迷惑をかけない生き方をすると父さんたちが死んだあの日に誓ったんだ。
気持ちをリセットするために、俺は健太が入り終わった風呂へと歩いて行った。
その後は、手慣れた手つきで次の日の教材を鞄に入れて就寝した。
朝に健太と一緒に朝食を取る。
寝坊したのもあり、俺はバスを使って学校へと向かうことにした。
外に出れば朝の淡色の青空が、やけに肌寒さを感じさせる。街路樹の葉でできた絨毯が乗っているアスファルトを踏み歩きながらすぐ家から近くにあるバス停で立ち止まる。待っていた人の順番を守りながらバスに乗り込む。
バスの中に入ればみんな席に座っていて開いているのがつり革がある一本道しかない。しかたないなと俺は適当なつり革に片手で捕まえて目的地である高校へとバスが発進した。バスから降りて、俺は美星空の校門を通り玄関に入る。
靴箱から上履きを出す途中の時に星宮が声をかけてきた。
「小鳥遊君!!」
「星宮、どうした? そんなに息切らせて」
「はぁ、はぁ…………け、掲示板見て!!」
「? どうした?」
あまりに慌てている星宮は初めて見た。
……一体何があったんだ?
「とにかく、急いで! 大変なことになってるの!!」
「わ、わかった。ちょっと待ってくれ」
俺は靴を履き替えると、無理やり背を押してくる星宮に押されながら俺は学校の掲示板の方へと向かう。人だかりができている中、振り勝っているほかの女子や男子が軽蔑の視線を向けられた……一体、なんだっていうんだ?
俺は掲示板に乗ってある新聞の記事に固まった。
「――――――――なんだ、これ」
そこにあったのは、梓川にレイプしていると思われる俺が映った写真たちだった。
「小鳥遊君、あんな人だったなんて……」
「ねえ」
ひそひそとした女子たちの会話が無差別に耳に流れ込んでくる。
心に殴りかかってくる言葉と掲示板の写真に崚汰は固まっていた。
「勝手なこと言わないで!!」
「ほ、星宮?」
星宮は声を荒げると、女生徒たちは黙り込む。
凛とした顔で彼女は掲示板の前に立った。
無言で星宮さんは写真を取り去っていく。
他の男子や女子の視線なんてなんとも思っていないように。
「小鳥遊君、いたずらだよこんなの。気にしちゃダメ」
「あ、ああ」
俺は星宮と一緒に取ろうと一枚一枚、写真に目をやる。
教室に見えるから、間違いなく学校で取られた写真だ。
スマホか何かのライトで気づいたのか、振り返っている俺と服を乱暴に割かれて泣いている梓川とのツーショット写真。
こんなこと、俺は絶対にしていない。
なのに、どうして掲示板なんかに張り出されているんだ?
「何してんの? お二人さん」
昨日にも聞いた陽気な口調に覚えがある。
先に高座さんが彼女の前に出る。
「…………梓川さん、この写真は何?」
写真を梓川に突き出す星宮さんは真剣な面持ちをしているのに反し、梓川は挑発するように明るく振舞う。
「ああ、アタシのレイプ写真じゃん」
「貴方、ふざけてる? 彼はそんなことをする人じゃないよ」
キッ、と強く星宮さんは梓川を睨む。
けれど梓川には星宮さんの視線になんとも思っていないと言いたげに笑った。
「美人なんだから顔にしわ寄せちゃダメだよー、好きになってほしい人から嫌われちゃうよ?」
「…………っ!!」
「星宮、乗らなくていい」
「でもっ!」
俺は星宮さんの肩に手を置いて梓川を睨む。
「俺は確かに昨日の帰り、梓川に会ったけど学校になんて戻ってない。それは弟の健太が保証してくれる」
「……別に、昨日のことだってアタシは言ってないけど?」
「っ、それは――」
「そ・れ・に! もう先生に話してあるから。どう頑張ったってアンタは退学だよ」
「――は?」
「残念だったね、屑野郎さん。やっと素面出したね」
にやりと、まるで強者の笑みを浮かべる梓川に言葉を遮られる。
彼女は軽く俺の肩に手を置いた。
「よかったね。最低なことした罰として最高な転落人生を味わい尽くしてよ。もう顔見えないの、心の底からほっとしてあげるからさ」
「……っ、梓川―――!!」
梓川は俺に片を一度置いてから、背を向けたまま軽く手を振る。
星宮さんも俺も彼女のことを見つめ固まる中、他の女子と男子生徒は伝染病と同じ速度で、噂話を広げていくのだった。
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