第3話 花が紡いだ出会い
俺はいつも通りに学校の授業を問題なく過ごした。帰りの会も終わらせて、今日は俺のクラスである1-Aの教室を掃除していた。
「なぁ、崚汰」
「……ん、なんだ?
「陸上部戻る気はないか?」
…………またか。
目の前で顔を覗き込んで来る黒髪短髪の美男子は静かに俺に聞いてくる。
優しい顔つきに、甘い声の持ち主である彼はハニカミ王子と評され、幼少期からの幼馴染でもある
また
コイツは顔もよく星宮さんと同レベルのカースト上位者だ。
俺は苦笑を浮かべつつ、心の中でいい加減にしろと罵った。
また同じクラスになってしまったのは、運命だと他の女子たちは思っても俺は絶対に思わない。どれだけコイツが外面を取り繕っても、俺はコイツのことを親友だと思うことはこれからもこの先もずっとない。
この男は、俺の好意を抱いている相手を次々と奪っていく男なのだから。
俺は箒で塵を集めながら翔兵に違和感のないように笑う。
「悪いな、家の事情で少し難しくてな」
「この前、
ピクっと思わず肩を揺らして、箒を掃く手を止めた。
……探り入れてくるなよな、馬鹿野郎。
晏奈って、確か
俺は睨みつけてやりたい衝動を悟られないように、口角を上げて笑い飛ばした。
「ああ、弟の今後のためにも稼ぎたくてさ」
「崚汰がやりたいことをやればいいんじゃないか? 俺が家族だったら、絶対夢を追いかけることを応援するからさ。もし、部活やる気になったらいつでも声かけてくれ」
「……ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
俺は箒をロッカーに入れてから、できるかぎりの笑顔を翔兵に見せた。
翔兵はおう、と言って笑い返す。
そこからは互いに無言で掃除を終わらせて、俺は学生鞄を持って学校の玄関から出た。外靴に履き替えて、入り口を出ると紅葉が少しずつ始めている街路樹を眺めながら一歩ずつ前に進む。
やけに頬に伝う秋風が冷ややかに感じた。
◇ ◆ ◇
「…………はぁ」
今日もアイツと話して気分が悪くなりながらイライラして舌打ちしたくなるのを無理やり抑え込む。好青年とまではいかないかもしれないが、優しい奴って印象を持たれている自分としてそれはしてはなるまいことだと理解している。
今日はとりあえず、両親の仏壇に花を買うためにいつも通っている花屋フルールに向かっている。
弟の健太のためにも、なるべくはやめに切り上げなくては。
「今回は何にするか……」
「……うーん」
「…………ん?」
俺は店の前に見慣れない客がいるのに思わず目に留まる。
緑のファーコートを着た黒髪のショートカットの女性が、屈みながらフルールの周りにある花壇の花をじっと見ている。
この当たりの住民にこんな目立つ人がいただろうかと疑問を抱きながらも特別自分と関係ないのでスルーする。ただ、花を見るのが好きなんだろうなとか適当に思って気に留めずに店内に入る。
カウンター側で立っている店長である女性のミドリさんに挨拶する。
「こんにちは」
「こんにちはー、小鳥遊君。今日もいつもの?」
「はい」
俺は一礼してから、ミドリさんに返事をする。
今日の目的である仏花を購入するために黒いバケツから一束取り出して、会計に並ぶ。ミドリさんにお金を払って「ありがとうございます」と言ってから外に出た。
仏花を紙に包んでもらったから、なるべく早めには帰りたいな。
後はスマホで写真を取っておいた冷蔵庫の中身を確認しながらスーパーで適当に買い出しをしに行かないと。
「よし……後は買い物だけ、っと」
俺はふぅと白い息を一度吐いてから、スマホで時間の確認をした。
弟の
大人しい性格な健太だから、いつか親しい友達ができることを願っている。
「コダマちゃん。できればもう少しわかりやすく言ってくれるかな?」
俺は思わず隣の方に視線を向ける。
どうやら、さっきの女性が誰かに電話をしているようだ。
今度は立ち上がっていて、身長はそんな大きいイメージじゃなかったのにかなりデカく見える。
身長は、おそらく170センチ代だろうか。俺よりは小さいように見えるけど……女性は右耳にスマホを当てていて、その手からはさっき見えてなかった黒い手袋と手首に巻かれた包帯が見える。
さっきは背中越しだったからわからなかったがよく見れば、目の前の女性の恰好の異質さに思わず固まる。
「……、」
開いた口が塞がらない、という経験を初めてした時かもしれない。
緑のファーコートはいいとして、秋にしては肌寒そうな黒のシンプルなベビードールの中に赤いキャミソールをへそを出している。
インナーに関しては季節感による違和感を自覚させざるを得ない。しかも白いホットパンツの下はリングガーターにガーター用の穴が開いている特殊なストッキング。その下は普通の茶色のブーツときた。
……うん、学校での知り合いとか見せてもらったアニメのキャラか何かか? と、疑いたくなる格好とも呼べよう。
こういう時、声をかける方が負けだな、うん。女性はどう見ても不審者……とまで言うのは失礼にしても、さっきから花壇を眺めているのは気になる。
花壇に何かあるのだろうかと思って、女性に気づかれないよう眼鏡の位置を直すフリをしながら眼鏡一度取る。
『ウォース、ノメン、キ、テ。オネガ、ガガ』
さっき学校で見たのと同じ奴だ。
コイツ結構植物のある場所によくいるから、たまに眼鏡を外す時結構困るんだよな。顔面がホラーテイスト溢れた表情なので余計に。
たまにぽつんといるから、見た時悲鳴をぐっとこらえるのが大変だ。
うぉーす……のめん? ウォースノメン、って、なんだ?
「だからコダマちゃん。もう少し落ち着いてよ。心配事があるのは分かるけどそれじゃ僕だって教えてもらえないと動きようがないじゃないか」
僕……女性にしては、中性的な一人称だ。
だが、彼女の声は女性なのだとすぐに分かった。
なかなか寝付かない子供に母親が絵本で子供を寝付かせる時の囁くような優しい声色は、安堵感がある。
また女性は花壇の前にかがんで、小人の頭を撫でた。
花ではなく、小人を撫でたのたのだ。
「嘘、だろ」
この人、見えてるのか? 俺しか、見えてないと思ってたのに。
こんな気持ちの悪い
「――――君、見えてるの?」
吸血鬼や悪魔を撃ち殺す弾丸にも似た銀色が、俺の心を射抜いた。
女性は俺に近づき、俺の顔を覗き込むようにじっと見てくる。
近づいてこられて分かったが、ファーコートを肩にかけているだけのように見えていたが右肩は完全にかかってなく、何か紐か何かで固定されているのだろうと理解した。
いや、単純に右肩の部分のコートが外れているはずなのにさっきから全然落ちないのを見て推察した、というのが正しいか。
って、服の考察のことなんてどうでもいい。
「……なんのことでしょう?」
俺が女性に対して脳内で絞り出した違和感のない言葉をかける。
女性は笑みを見せながら腕を後ろに組みながら、俺の顔を覗いてくる。
自分の内面を見透かしているのか、彼女はこう言った。
「君、結構嘘をつくのが得意なタイプだろ」
「……そんなことはないですよ、思ったことは基本的になら口にするようにしているので」
「基本的には、ね……なら、それ以外の時は嘘もつくことがあるってことだ」
「あ、揚げ足を取らないでくださいよ」
「ふふふ、職業病でね。ごめんね。君、学生だろう? 何かやることがあるんじゃないかい?」
「……そうさせてくれると助かります」
「ああ、そうだ。ちょっと待って」
彼女はごそごそと上着から何かを取り出す仕草を始める。
「……じゃあ、もしそういうものを感じるような気がしたり、何か君に困ったことがあったらいつでもここに連絡してくれるかな」
陽気な笑みを見せる彼女は俺に名刺を差し出してきた。
四つ葉のクローバーでデザインされている、少しおしゃれな感じな印象を受けるタイプの名刺を俺は受け取る。
名刺には祖月輪探偵事務所の下に祖月輪鶩名と書いてある。
探偵なんだ、この人。
「どうかした?」
「貴方、探偵なんですか」
「ああ、そうだよ。この恰好は僕の事務所の宣伝的な意味合いもあるんだ。誰だって、こんな格好をしている人がいたら忘れないだろう?」
「まあ、確かに……」
一歩間違えたら痴女っぽい格好と突っ込まれそうな気がするが。
……恰好的に秋であるはずなのに夏っぽくも受け取られる格好と言えるしな。
仕事の宣伝でやっているのならば失礼になるだろうし、下手なことを言って女性に恨みを持たれるのも避けたい。
俺はもう一度名刺を見る。
しかもなんて読むんだこれ、フリガナは……そがわむめい、祖月輪鶩名っていうのか。絶対俺がお父さんだったらそんな名前なんて絶対付けないような名前だ。
「……これ、本当に本名なんですか?」
「違和感ある?」
「……多少は」
「あはは、君が助手になる時があったら、とだけ言っておくよ」
……要するに、言わないってことだろ。
まあ、あの小人みたいな奴には襲われたことはないし、そういう気性が荒そうなやつとは関わらないように生きてきたつもりだ。
もし危険な目に合いそうになったらなるべく人目がある場所を選ぶようにしているから、今まで通り大丈夫のはずだ。
それに、俺はなるべくスーパーの買い物にも行きたいのだ。
こんなところで、足止めされている場合じゃない。
「それじゃあ、いつでも困ったことがあったら連絡してね」
「はい、ありがとうございます」
俺は頭を下げて、鶩名さんに礼を言った。
鶩名さんは手を振りながら去っていった。
「………………よし」
じゃ、スーパーに行くか。
長話で時間を取られてしまったが、もし本当に困ることがあれば彼女を頼ってもいいだろう。そんなことになる日は一生来ないと思うが。
俺は走り出して、幼少期から通っているスーパーへと走り出すのだった。
◇ ◇ ◇
「ただいまぁー」
「あ! 崚汰兄、お帰り!」
健太は玄関で笑顔で待っていてくれていた。
俺は靴を脱いでいると、ビニール袋に入った買い物の一部を健太は持ってくれた。
「ありがとう健太。今日は学校楽しかったか」
「うん、楽しかったよ! 僕、数学の問題100点取れたんだ!」
「そっか、なら今日は豚汁だぞ。何か入れてほしい具はあるか?」
「豚肉!」
「買ってきてある……って、ないと豚汁じゃないだろ」
苦笑する俺に健太は腕を組んでひっかかった、と言いたげな生意気な顔をする。
「わかってていったの、崚汰兄の作る豚汁は美味しいからっ」
「そっか、楽しみにしておいてくれ」
「うん」
俺は健太の頭を軽く撫でる。
あ、それから、と健太は唐突に何か思い出したように口にした。
「崚汰兄が昨日洗ってくれた浴槽、お湯入れておいたよ」
「ありがとな。健太が先に入るんだぞ」
「わかった!」
俺は健太の頭を撫でて、俺は今日の晩御飯である豚汁を作った。
健太と一緒に晩食を終えると俺はゆっくりお風呂場で、今日の疲れを癒すことにした。
風呂椅子に座って、ボディソープ塗れの身体をシャワーで洗う。
眼鏡は念のため鏡から横の棚に置いてある。
眼鏡ってお風呂場とかだと曇るから厄介なんだよな本当に。
「…………」
シャワーをいったん止めてから鏡をじっと見る。
湯煙でぼやけた鏡面にはぼんやりと俺の輪郭をなぞられていた。
鏡に手を付けて、じっと目を凝らす。
「…………今は、何もないんだな」
ぽつりと漏らした言葉は、シャワーの音がすべてかき消していた。
よし、そろそろ上がって明日の教材を鞄に詰めて寝よう。
浴槽に浸かってからそう強く誓う崚汰だった。
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