第2走者 水野 大翔

「市内大会、男子4×100メートルリレーのメンバーは、1走は篠田歩頼しのだみより、2走は水野大翔みずのはると、3走は加賀一成かがいっせい、そして4走は真木瞬介まきしゅんすけ。補欠には高井が入ってくれ。続いて女子は……」


 ──あ、やっぱりそうなるか。アンカー。


 この世の終わりみたいな顔で座る隣の少年を横目で見る。


 ──期待してもらえてるってことじゃん。自信持てよ。


 瞬介はすごい選手だ。

 心の底からアンカーを任せたいって思える選手だと思う。


 それでも、そんな彼だからか。


「……うらやましい」


 体育座りの膝にまわした手にギュッと力を込める。


 一緒に走りたいって思ってたんだよね、昨日言った言葉も本心。


 それでも、うらやましい。


 瞬介は路風中の正アンカー。俺はあくまでもその繋ぎ。

 同じアンカーでも、俺は瞬介が戻ってこれるまでの期間任されていたに過ぎない。わかってた。


 一成からバトンをもらって、ラストの100メートルを突っ走る。


 結構好きだったんだけど。


 競技場が文字通りを走ってて目の当たりにできるから。

 3走からバトンを受けっ取って、各校が最後に競り合う。

 応援の声が大きくなる。手拍子が、叫び声が割れんばかりに競技場の中を一杯にする。

 一種のドラマなんじゃないだろうか?

 きっと、走ってる時の自分は主人公で、世界の中心は赤いタータンの100メートル。

 最高にかっこいいと酔いながら走ってる。

 路風みちかぜ短距離走者ショートスプリンターをしてても、瞬介ほど速い訳じゃない。

 バトンを握ってゴールテープを切る。

 反対側のバックストレートの応援席から聞こえる「おつかれ」の声を聞くと、俺でも一丁前にアンカー出来んじゃん、って思うんだ。

 だから好きだった。


「瞬介、アンカー任せるからな」


 期待と羨望の気持ちを込めて。


「県大会も、北信越も、全国にも連れてってよ」


 瞬介、お前は主人公だよ。俺のひとりよがりとは違う。


 2走は応援席の丁度目の前を走る。

 直線、ストレート。花の2区。あ、これは駅伝か。


 バトンを繋ぐ。

 ゴールのためじゃない。3走に届けるために。


 いつも受け取る相手が渡す相手になるんだ……

 なんか変な感じがする。それはそれでわくわく。


「市内大会、みんなで楽しんで走ろう!」


 瞬介の冷たい手を握る。


 歩頼はいいバトンをくれるよ。

 イッセーは加速したまんま繋いでくれる。

 メンバーの走りは俺が保証するよ。


「俺が2走だ! 1番に持ってってやるよ!」


「……でも」


「大丈夫、 上手くやるよ。いつも俺まで繋いでくれたから!」


 泣きそうな顔を覗き込む。


「路風のエースは真木瞬介。2年生で全中出るようなすごい選手じゃないか!」


「……だからリレーは走れない」


 首を大きく横に振る。

 違う。違うよ、瞬介。

 それはもう2年前の出来事じゃないか。


「瞬介だけじゃないよ。歩頼のスタートの反応は誰にも負けないし、俺だってアンカーできるくらいには速い。イッセーは幅の選手だけど、コーナー走るの俺より上手いんだぜ!?」


「大翔の言う通り。俺のバトンパス最高だから! 専門は幅だけど、コーナー走れるよ!!」


 一成が瞬介の肩を持つ。


 ほら、瞬介。

 お前はもうひとりじゃないよ。

 ひとりにはさせないから。


「走ってみよう。3年目で初めてのチームだもん。たくさん練習して、俺らのリレーをしていこう?」


「……どうしても?」


 歩頼が金色のバトンをグイッと瞬介の顔面に突き出す。


「どうしても瞬介と走りたい。俺が繋ぐ。這ってでも、転がってでもスタートする」


 瞬介は口を噤む。


「補欠の俺に仕事は回すなよ? ハードル1本に集中したいからさ」


「高ちゃん……」


「大丈夫。路風のリレーメンバーは優秀だから」


 心配するな、って高ちゃんは背中を瞬介の叩いた。


「早く練習はじめようよ! 瞬介のブランクどうにかしてやらないと!」


 歩頼からバトンをひったくって瞬介に握らせる。


「ほら、スタートの合図だしてよ」


 グラウンドのスタート位置に並ぶ。

 100メートルのスタートと同じ場所。


 ──1人とみんなは見える景色は違うでしょ?


 横並びと縦並び。

 横に並んでいつも競い合ってた。

 追いつけないまま3年目だけど、君は君のままで走ればいい。俺は俺なりに頑張るから。


「100メートル加速、4本で」


 目の前に立つ少年に声をかける。


 深呼吸の後にずっと聞きたかった声がグラウンドに響いた。


「1本目いきます。よーい」


 パン!


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