大地礼讃

森田季節

大地礼讃

 大地に顔をつけて、寝そべる。すぐに地の冷たさが、私の全身に広がる。皮膚を抜けて、内臓へ、そして心まで。耳には私を取り囲む巫女たちの歌が聞こえる。「地から力を引き出せ」「地から力を引き出せ」そんな歌詞が回数もわからないほどに繰り返されている。女たちは三角形に陣を組んでいる。さらに巫女の外側は蔓草で作られた結界で画(かく)されている。その中央に私が、神に通じる最上位の巫女として、裸で横たわっている。裸体には朱色の蔦と三角を絡めた紋様が所狭しと描かれている。

 歌とともにだんだんと私の意識は奪われていく。そして、意識が消えようというところで、ふっと何者かが私の手をつかむ。


 ――今年は、あなたなのね。


 美しく、絹の着物と兎の毛皮で着飾った女が私に微笑む。あなたは誰?


 ――大地。すべての女に力を授ける者。


 女は私の髪を撫でる。撫でられると、その髪が自然と伸びてゆく。やがて、それは背の高さを越えて、さらに伸び続け、陣の女たちを囲んでいく。この世の女たちすべてに豊穣の力を与えるために。


 ――お前からすべてがはじまるだろう。


 次に女は私の唇に唇をつけ、そこに息を吹きこんだ。すると、私の口から一つの芽が伸びてゆく。それはすぐに大きな幹を持つ大木となり、葉を青々と茂らせ、ついにはこの世のすべてを包みこんでしまう。私は祭女(まつりおんな)の役目を果たしたことに、言葉にできない充実感を覚える。

 だけど、そんなものより、もっと大きな幸せが私の中に生まれている。女が私をそっと抱きかかえる。私は、女に、大地に、溶けて、混ざって、ゆく。石になり、砂になり、風に運ばれて、どこまでも広がってゆき、ついにはすべてを満たしてしまう。

 女の声が、私の腹の奥のほうから聞こえてくる。


 ――いいか、やがてお前たちの力を男が奪おうとするだろう。それは逃れられぬ嵐としてお前たちのもとに訪れる。その時は、この大地にこうやって肌を触れるがいい。大地はいつだろうと、お前たちの慰めになるだろう。


 私は首を縦に振ることも、横に振ることもない。。それは私の内側からの声なのだから。

 目が覚めると儀式は終わっていた。また、一年の間、労働の日々が続くのだ。巫女たちが私を讃える歌を歌う。けれど、私の耳は歌を聞こうとはしない。静かなる大地も、かすかに鳴動している。その大地の呼吸に私は五感を向けているのだ。

 大地よ、もう一度、あなたの息遣いを聞きたい。

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大地礼讃 森田季節 @moritakisetsu

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