第8話(4)

「「英雄マティアス様、マーフェル様。このたびは本当に、ありがとうございました……!」」


 閉店して、十数分後。お店を閉め終わった直後にお二人は戻られて、丁寧に頭を下げてくださいました。

 店長様は今、お独りで立てています。どうやら治療が効いて、最低限の動きはできるようになったみたいです。


「「移動の手配をしてくださった上に、店番までしていただけるなんて。感謝してもしきれません……!」」

「それらは我々の希望ですので、本当にお気になさらないでください。大切な場所で一役買えて、嬉しかったですよ」

「そうだね、マティアス君。店長様、奥様。こちらこそ、ありがとうございました」


 あの時間は、大切な思い出となりました。お礼を言うのは、私達の方ですよね。


「では。店長殿は病み上がりですし、そろそろ失礼します。奥様、こちらの商品を購入させていただきますね」


 マティアス君が手に取ったのは、干し肉(牛モモ肉のもの)が100グラム入ったパック。7年前の――あの日のマティアス君が、盗もうとしていたものです。


「いえっ、そちらは差し上げますっ。どうぞお受け取りください!」

「わたしと妻に、親切にしてださったお礼です。英雄様はああ仰りましたが、何かしらお返しをさせていただきたいのですよ。せめてこれだけは、お受け取りください」


 お二人は表向きではなくて、本心で口にしてくださっています。でしたら、そうですよね。隣で行われた頷きに、頷きを返しました。


「この状況でお断りすれば、無礼に当たりますね。それでは有難く頂戴いたします」

「店長様、奥様、ありがとうございます。今夜、大切に頂かせてもらいますね」


 私達は揃ってお辞儀をして、あの日そうしたように手を繋ぎます。

 ソレはあの時とおんなじだけど、そうする理由はまるで違う。今こうしているのは、窃盗を阻止するためではなくて、お互いを想っているから。あの日ぶつかり合っていた私達は微笑み合って、今日は同じ場所へと戻ってゆく――


「「あれ? もしかして……」」


 ――お店を去ろうとしていたら、背後で声が上がりました。

 店長様? 奥様? どうされたのでしょうか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る