第4話(2)

「これはこの世に残る唯一の、君のお母様の名残がしっかりとある建物。幸いずっと買い手がないなかったみたいで、一昨日手に入れておいたんだよ」



『前妻の物がチラチラしてるのは、不愉快だわ。全て焼き払いましょ』



 ミンラ様によってお母様との思い出は全て失ってしまい、あの家はすっかりミンラ様とアナイスの色で染まっていました。

 マティアス君は、それも知っていて……。思い出へと、案内してくれた……っ。


「大急ぎで住めるようにしていて、ほらこの通り。1階も2階も当時のままで、だけど埃一つない状態になっているんだよ」

「あの頃…………最後に、お母様に連れてきてもらった時と、おんなじ……っ。壁にある絵画もシャンデリアも――え……。テーブルも、ある……?」


 食卓として利用されていたものは材質がよく、家より先に売られ、こちらは買われてしまいました。なのにどうして、ここに……?


「この家に関係する物を全て調べてもらい、欠けていた物は買い戻したんだ。リビングスペースにあるローテーブルとソファーも、戻ってきているよ」


 マティアス君のあとに続いて向かってみると、っっ。そこにも、二度と会えないと思っていたものがありました。

 おじい様とおばあ様のもとに遊びに行った際に、お母様と一緒に紅茶を飲んで本を読んでもらった場所。テーブルとソファーに触れるとあの日々が蘇ってきて、再び嬉し涙が零れてしまいました。


「喜んでもらえて、よかったよ。今日からこの家は、イリスの所有物となる。これからは毎日、お母様と過ごせるよ」

「えっ!? いっ、家なんてもらえないよっ! こうやって会えるだけで満足だよっ!」

「これは食事を分けてくれていたお礼で、俺がそうしたいんだ。受け取ってもらえると、嬉しいな」

「……………………ん、分かりました。お言葉に甘えて、受け取らせてもらうね」


 笑顔でそう言われてしまうと、断れません。私はコクリと頷いて、でも、そのあとで右の人差し指を1本立てます。


「? イリス?」

「今日は――今日ももらってばかりで、私にも何かお返しをさせて欲しいの。マティアス君が、望む物や叶えたい事はない?」


 出来る事があるなら、なんでもしたい。私は正面にあるブルーの瞳をじっと見つめ、そうすると、微苦笑が作られました。


「タイミング的にどうかと思って、コレは後日お願いしてみようと考えていたんだけどね。逃がしてもらえそうにないから、この機会に伝えさせてもらうよ」

「うん、教えてください。それって、なんなのかな?」

「あのね、あの気持ちを今も頂いてくれているのなら――。イリスさえよければ、なんだけどさ」


 マティアス君は少し照れ臭そうに左の頬を掻き、


「俺を恋人にして、この家で共に住ませてくれないかな? ……7年前から大切で、7年の間に大好きになった人と、同じ時間を過ごす。それが俺の、今の夢なんだ」


 スゥっと片膝をついて、私を見上げたのでした。

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