第4話(3)

「あの日、真実を知って――真っすぐで綺麗な心を知ってから、時間に比例して君の存在が心の中で大きくなっていたんだ。動き出して多くの人間と関わるようになると、ますます君という存在が輝いて感じるようになって。あの声をまた聴きたくなって、あの笑顔をまた見たくなっていって。いつしか人間としての好きに、異性としての好きが加わるようになったんだ」


 マティアス君は自分の胸に左手を当て、懐かし気に口元を緩めます。


「だから君さえよければ、受け入れて欲しいんだ。……イリス・マーフェルさん。よろしければこの俺と、一緒に時間を過ごしてくれませんか?」

「………………………………………………………はぃ、よろこんで。喜んでっ!」


 おもわず固まっていた私は、慌てて、声を弾ませて差し出された手を取りました。

 お返事に時間がかかっていた理由は、嬉しかったから。こちらもずっと、そうしたかったからなのです。


「私も、マティアス君と同じだったの。最初は、貴方を止めるために会っていたけど……。マティアス君と過ごす時間は楽しいものになっていって、大好きになって……。もっと一緒に過ごしたかったの……っ」


 2人でのお喋りは、とても楽しかった。言葉遣いや目付きは悪いけど、時折#生まれ持ったもの__優しさ__#が覗く人。そんな人と一緒の時間は、私の唯一の幸せな時間でした。

『楽しみ』があるから嫌だったお使いも辛くなくなって、あの約束があったから今まで我慢できた。どんな仕打ちを受けても、いつかまたあのように過ごせると思っていたから、自害が頭を過らなかったんです。


「私がこうやって幸せをもらえるのも、マティアス君のおかげ。だから元々大好きで、7年間を知ったらもっと大好きになったんだよ……っ」


 私の為にあんな事を思ってくれていて、実現してくれた。そうならないはずがありません。


「『一緒に』は私にとってもお願いで、逆にね。マティアス君は英雄だから、打ち明けてもいいのかなって。私が時間を取ってもいいのかなって、待っている間に考えていたの」

「……そっか。そうだったんだね」

「うん、そうだったの。だからそう言ってもらえて、すごく嬉しい……っ。私は、世界一の幸せ者だよ……っ!」


 今日の私は、泣いてばっかり。またポロポロと、嬉し涙が零れてきました。

 ありがとう、マティアス君。今も昔も、ありがとうございます……っ。


「こちらこそ、そんな風に言ってもらえて光栄だよ。俺も、夢が叶って嬉しい」

「夢が叶うなんて、本当に夢みたい……っ。今日から一杯一杯お喋りして、2人で7年分を埋めようね……っ。結婚のお話とかも、していこうね……っ」

「うん、そうだね――と、言いたいところなんだけどね。結婚関係の事に集中できるのは、少し後になるかな。1週間後、くらいになりそうだね」

「マティアス君は、英雄だもんね。行事への参加とか、色々あるよね」


 この国だけじゃなくて、世界のヒーローなのです。当分は忙しいですよね。


「ああいや、そういう事じゃないんだ。そういった式典への参加は元々全て拒否していて、時間の拘束は一切ない――これからはずっと、イリスと一緒に居られるんだよ。ソレは恐らく2つある『とある』をさしていて、それが片付けば落ち着けるようになるんだよ」

「ぁ、そうなんだ。それは、私にお手伝いはできないのかな?」

「そうだね、ソレは俺がやらないといけない事なんだよ。けれど大した問題ではないから、気にしないで」


 彼はひらひらと手を振って笑い、斜め後ろを――ソファーとローテーブルを、一瞥しました。


「キッチンには生活に必要なものを揃えてあって、茶葉もお菓子もがあるんだ。3人分淹れてまずはお母様との時間を過ごして、そのあと2人でお喋りをするのはどうかな?」

「うん、賛成……っ。私が淹れてくるから待ってねっ」


 家で扱き使われていた影響で、紅茶には自信がありました。そのため懐かしいキッチンに立ってベルガモットとマドレーヌを用意して、ソファーに戻ると楽しい時間のはじまり。


 まずはマティアス君の計らいで記憶を辿りながらお母様とのお茶を楽しみ、次はマティアス君と。


 ――7年間の間に、こんな事があったんだよ――。


 お互いに欠けていた部分を埋めるやり取りは、やっぱり幸せで。いつまでもそうしていられる。

 結局その日は夕食を挟んで夜遅くまで喋り、私達は7年ぶりの再会と会話を思う存分楽しんだのでした。

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