第3話
ひたすらに寒い冬。
窓からの冷気を完全に遮断することができるという北海道の番組を見て羨ましく思った中学一年生の冬。
「さむい。ありえない。さむい。ママ寒い。」
「そんな寒い寒い言ったって寒いことは変わらないのよ。」
「二人で六回寒いって言ったから、寒さ六倍だね。」
「何を言ってんのよ。半分は沙紀が言ったんでしょ。」
え、そこなの?突っ込みどこそこなの?
ママは変わっていた。変人だった。
だから私が変人だったとしても、全く不思議なことではないのだ。
「寒いから寝るね。あー寒さで凍死でもしたらどうしよっ。」
ママはすごくにやにやしている。
「あんた。これで寒さ十倍よ。いや、十一倍になったわよ。」
不敵な笑み。
しっかり数えていたことをベッドの中で笑った。
笑ったせいで、目が冴えた。
結局、眠りについたのは深夜二時を回ってからのことだ。
翌朝。
「沙紀ーー。起きなさい。早くしないとまた遅刻するよ!先生に怒られるの沙紀だけじゃないんだからねー。」
「………………んんん。」
この日は、春斗の声が一切しないことに違和感を感じて、目が覚めた。
階段を下り、玄関を確認したのち、リビングへ足を滑らす。
「ねぇ。春斗は?」
起き抜けの弱弱しい声色で言う。
「まだ、来てないのよ。まぁ、春斗君だって寝坊することぐらいあるのよ。シャキッとしてあんたが春斗君迎えに行ってあげれば?」
そうしようかな。
ママの意見に賛同する。
「にしても、寒いね。」
ママはまた不敵な笑みを浮かべる。
「十二倍ね。」
ママは紛れもなく変態である。
女子とは思えない驚異的なスピードで支度を済ませる。
中学校に上がり楽になったことは、制服。
毎日服装を気にする必要がないことは、大人への一歩だと思う。
「いやー、会社員がスーツで仕事する意味がわかるわー。」
「あんた勝手に頭で処理してるつもりかもしれないけど、
ママにだけは言われたくないのである。
「ママの娘なんで致し方ないことかと。」
「変わった子ねー。」
首を横に大きく振りキッチンへと進むママ。
その姿は「首振り牛」をまるで思わせる。
ママがあれだもん。私は仕方ない。
また、自分に助け舟を出した。
「ご飯早く食べな。そして行きな。春斗君の元へ。」
決まったと言わんばかりの面を私に向ける。
さすがにもう、無視する。
ご飯を食べ進め、静寂に包みこまれたママへ視線を向ける。
「ははっ………あはははっ」
笑い転げるしかなかった。
時間にしておよそ三分。
決まったと言わんばかりの面を崩すことなく、私へ向けている。
「もう…わかったからいいって!」
「沙紀が反応しないからじゃん。あー顔引きつりそうだわ。しわ延びまくったんじゃない?若返るわー。」
私はまた無視をして、家を後にした。
帰宅して、まだあの顔をしていたらその時は、番組の「私の母親が変なんです。」に投稿しようと心に決めた。
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春斗の家は十字路を右に進み、また十字路を左に進み、そのまた十字路を左に進むと顔を出す。
簡潔に言えば、最初の十字路を直進すればいいだけの話だ。
だから私は、最初の十字路を右に進んだ。
どうして右に進むの?という問いかけが来れば、私は迷うことなく「その行動に意味は無い」と答えよう。
はっきりと自分の意思を明確にしている。
かどうかはわからない。
でも、芯は確かに持っている。
通常よりも迂回を重ねた。
元気よく挨拶を交わしてくれる近所の人と触れ合いながら。
「なんかあっちに救急車止まってたわ。行ってみる?」
「いや、いいよ。失礼だよ。」
大人びた発想と、なりきれない発想の声が聞こえた。
気にせず、前へ進む。
十字路を左へ、そして、また左へ。
「――急に倒れたらしいよ。玄関出てすぐだって。」
「えぇ。まだお子さん中学生でしょ?可哀想に。」
また聞こえた、大人へなりきれない発想。
不確かな真実に踊らされる。
足元を見て歩いていた私は、息苦しくなり、ふと顔を上げる。
春斗の家が見えるはずの直線は、サイレンに呼び寄せられた人々でその姿を隠していた。
「ちょっとすいません。すいません。通してください。」
間を上手くすり抜け、人々の最前列に立った。
赤い血。
倒れた人を取り囲む水色の隊員。
一台の救急車。
そして、その姿を泣き叫びながら見つめる女性。
私と目を合わせる春斗。
私たちの朝は、水色の隊員と塀に遮られて迎えた。
春斗の表情で、私は事を把握する。
その場は、一度立ち去ることで鼓動を静めた。
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「春斗君のお母さんからさっき連絡あって、お父さん亡くなったって。」
私もママも、今朝のことはすっかり忘れていた。
覚えていたとしても、笑い転げることはないだろう。
「そっか…。」
「沙紀はとりあえず今のままでいなさい。春斗君になんか言われたら真剣に聞いてあげるぐらいでいいと思うから。」
優しいママの正解論を耳にしまう。
「わかった…」
親の普段の姿を見ているだけに、こういう時、強く見えてしまう。
強い大人に憧れてしまう。
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忌引きの期間が明けた後も、春斗は休んだ。
そして、学校に訪れた春斗の母親の姿を校門の前で焼き付けた。
「さっき、北海道の実家に戻るかもって美和子さんが、あぁ春斗君のお母さんがね。わざわざ言いに来てくれたわ。ご両親が心配してるからって。」
「そうなんだ。」
言葉が出てこない。
返事をする以外の言葉が見つからない。
春斗がいなくなる。
そんなことあるんだ。
心が妙に静かに収まりだした。
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