第2話
桜色を思わすほど高揚した頬を、下に視線を向けることで隠した。
「ちょい、沙紀。なんでなんも話さんで下向いてんの。まぁこの時間に自転車乗ってんだから遅刻か。そりゃそうだ。」
質問して、自己完結する彼女は、親友。
――田辺 頼葉――(たなべ らいは)
時に清楚な女の子。
時にギャルの女の子。
気分によって服装を変え、髪形を変え、自分をとりつくる。
でも、中身は変わらない。
ただひたすらに優しく、決して相手を侮辱しない。
今日は清楚な女の子の気分のようだ。
「あ、ごめんごめん。遅刻よ。ご飯食べてたら九時過ぎてたわ。」
「そゆことね。ところでなんで顔赤いん?今日そんなあつい?」
「自転車めちゃめちゃ漕いだからかな――。」
私は、手をパタパタして仰いだ。
「あ、沙紀。おはよ!」
「おはよ。頼葉。」
頼葉はどんなことがあっても挨拶を忘れない。
どれだけ話し込んだ後でも、何時に会っても、必ず。
「あ、ついでに春斗もおはよ。」
「はぁ?ついでってなんだよ。おはよ。」
「なにその言いたいこと言うけど、一応挨拶されたし挨拶しよーと思ってしてみたけど日本語的に考えたらなんかしっくりこない感じの挨拶。」
えっ…と、頼葉もちょっと、日本語。苦手…かな…?
校門まで徒歩数十歩の距離を自転車を降り、頼葉に合わせる形で歩いた。
――南沢北東高校――
ここまできたら西も入れてほしいよなっていう会話が各所から聞こえてきそうな私たちの通う学校。
校門からは――歩む道――と命名された歩行空間の中心に丸い円を描く形で桜が植えられている。
私と春斗は左側に位置する駐輪場に自転車を止め、頼葉の待つ入口へと足を進めた。
「今日の一時間目数学だったよね。頼葉みっちーに次遅刻したら補習だって言われてるんだよね。」
「え、まじ?俺も言われてるわ。」
「春斗も!?よかったー。みっちーとタイマンで補習とかメンタル持たないとこだったわ。」
頼葉と春斗は、補習が一人じゃないことを心の底から喜んだ。
「沙紀はー?補習って言われてる?」
「私は言われてないよ。言われると思う?」
自信満々のどや顔を見せつけた。
「そりゃそうだよねー。沙紀が補習になるわけないよねー。どんだけ寝坊しても点数とってるしねー。」
頼葉は少し恨めしそうな口ぶりで言う。
「沙紀は勉強大好き人間だから仕方ないって。勉強できない組の俺たちは黙って補習受けようぜ。」
「ちょっと。一応春斗よりは点数とってるから。」
「別に勉強は好きじゃないよ。教科書を読書として読んでるだけ。」
「補習は補習だから。点数とってるとか関係ないから。」
「沙紀は教科書を読書の対象とすること周りにあまり言わない方がいいよ。」
「沙紀は変人だかんな。」
三人が同時に話すことをやめた方がいいって言ってくれる人は現れないのだろうか。
っところで。
「二人はどこに向かってんの?教室反対だけど?」
なぜか頼葉と春斗は私を誘導するように、図書室側へ歩いていた。
私がなにも言わないことをいいことに。
「あ、れ――。おっかしいねぇ。教室反対だったかー。迷っちゃったねぇ。」
「そうだな頼葉。おかしいな。誰かが俺たちを教室に行かせまいと企てているんじゃないだろうか。」
「それに違いないですね。春斗。犯人見つけないとだね。」
二人の茶番を見ることは私の習慣だ。
「補習って言われるのが嫌なだけでしょ。二人が補習って言われても、私も一緒に受けてあげるから行くよ。」
二人は声を綺麗にシンクロさせ、指ハートをつくって言う。
「沙紀。らびゅうぅぅぅぅう。」
私はうまく連れていくことに成功した。
でも…。
「すいません。遅刻しました。」
三人横並びに教室後方から入室する。
白いチョークでびっしりと記された黒板の前には、「またか。」と呆れた表情を満々に浮かべる話題のみっちーが片足に重心を大きく乗せ、こちらに目を向ける。
「お前ら。何回目だ。言ってみろー。」
怒る気配のない声色を察知して、春斗が答える。
「何回かはわかりませんが、結構。いや、かなりしてしまっているのではないでしょうか!!」
クラスに笑いが起きる。
それも、クスクスではなくゲラゲラとした。
そこまで面白い話だったかと私は疑問に思った。
「さっきな。皆と賭けの話してたんだよ。誰が最初に話し始めるかって。」
「賭けですか?それはどういった?」
半笑いで春斗が投げかける。
「浜辺沙紀が最初に話せば春斗だけ。田辺頼葉が話せば春斗だけ。」
「ちょっとみっちー。そりゃないよ!!」
体を大きく動かして、クラスにまた笑いを起こした。
「あ、でも待って。俺の場合は?」
「知りたいか?それはな。」
「…………………………――。」
クラスに大歓声が起こる。
まさかの内容に、私は席に着くのが二人よりも遅れた。
「春斗が先に話せば、もれなく三人補習いきだ。」
――昼休み――
「沙紀が補習受けるのって初じゃない?」
「まぁ、付き合って受けたことは何度かあるけど、先生に言われて受けるのは初だね。」
内心ちょっと嫌だった。
できない子って思われそうで。
春斗は心を削ってくるように、追い打ちをかける。
「沙紀。どんまい…。一緒に受けてあげるからさ…だって…。」
肩に手を置き、口角を上げれるだけ上げ嫌に緩慢な話し方で言う。
「まぁ仲良く三人で受けようよ。沙紀がいればすぐ終わるだろうし。大助かりよ!!」
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そんな優しい言葉をかけられ、補習の時間を迎えた。
――道瀬 渉――
数学教科の担当であり、私たちのクラス担任でもある。
社交的な性格で生徒からの信頼も熱い言葉も多い。
学校一のモテモテ先生だ。
「よーし、集まってんな。やるか。」
「補習って言っても何やんの?」
春斗が問う。
「なにしようかと思ったんだけど、波辺に教師になってもらうことにした。」
「え、みっちーどういうこと?」
私は目を点にして、固まった。
「いや、浜辺はさ学力に関してかなり上位だから大学進学ってなった時、東大を狙える位置にいるんだよ。だから人に教えることで知識を根付かせてほしいって思ってさ。」
突然の進路にさらに固まった。
「え!東大!?そんなレベルなの!?」
二人はまたシンクロして言う。
「まぁ、進路を決めるのは俺でも、浜辺の親でもなく、浜辺自身だから強くは言えないけど、ゆくゆくは真剣に向き合わなきゃいけないことだから。どうだ?」
別に東大がとか。先生として二人に教えることで固まったわけじゃない。
一緒に過ごしてきた春斗と離れることになるのかなってことだけが、私の言葉を引き止めていた。
心臓が妙に静かに収まる感じ。
前にも似たことがあった。
―――――そう、あの日。
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