豆腐と私の50日

丸尾 翔

第1話




 ――豆腐と私の50日――



 「ねえ。豆腐はこれからどうしていく?」


 「どうしていきたい?」


 

 私はね、春斗との思い出を豆腐にも歩いてほしいって思うの。



 「いいかな?」




 「にゃぁああ。」





 「いいよってことでいいのかな?」





 「じゃあ、行こうか。」



 

 

 そこにはきっと、幸せだけが歩いているから。


 




--------------------





 「沙紀ーーーー!!まだかーーー!!」


 「そうよ沙紀!春斗君、もう10分ぐらい玄関で待っててくれてるのよ。早く支度して降りてきなさい。」


 「……んにゃ…んん…」


 私は、朝が弱い。いや、弱すぎる。

 どれだけの大声を出されても私は起きない。

 そういう自信しかない。

 

 春斗の声以外だったらの話だけど。


 「沙紀ーーー。ほんとに早く起きて。マジで時間やばい。」


 あれ。春斗の声。もうそんな時間?

 春斗の低い声が大きく聞こえた。|


 「春斗ーーーー!!いるのーーーー!!」


 「ドアの前にいるから、早く準備して。」


 あ!春斗!今日も待っててくれてる…。

 

 「しばし待たれよ!!」


 「お前、何時代で教育受けてんの。」


 「平成という時代を知っているかな?その時代は、過去の時代すら言葉に取り入れてもいい時代なんだよ!」


 私は、春斗とドア越しに話しながら、学校の支度をするのが、日常だった。




 支度を済ませ、ドアを開くと、しっかり春斗がいた。

 春斗は廊下で胡坐あぐらをかき、手を組んでいる。


 今日も――かっこいい――。


 そんなことを思う私は幼馴染として、末期だ。




 「いやーー。めんぼくない。人って眠ると中々起きれないのよ。」



 「それ昨日も一昨日も聞いたけど。」



 「まぁ、あれだよね。私に一般的な起床を求めることがナンセンスだよね。」



 「期待していた俺がバカでした。」


はっきりと溜息をついて、階段を下りる。


 「よくわかってんじゃん!じゃ、ご飯食べる。」


 春斗は私の腕を、その大きくごつごつした手でつかんだ。


 「沙紀。今の時間知ってる?ご飯食べる時間なんてあると思う?」


 リビングの時計を指さして、言った。


 「はちじ、はんだね。」


 「じゃあ、始業時間は?」


 私はしっかりと朝食が用意された食卓に座って、言った。


 「八時四十五分だけど。もう遅刻確定だし、いいんじゃない?それにさ、ご飯はしっかり食べないとダメなんだよ!授業中お腹なるから。」


 「沙紀の場合、後半のこと気にしてるだけだろ。この前、盛大にかましてたし。」


 「あれ、めっちゃ恥ずかしかった。しかも国語ね。最悪も最悪よ。」


 

 春斗は降参したのか、あきれたのか、わかってくれたのか

 食卓に座って、一緒にご飯をつついた。



 「うまっ。まじで沙紀のお母さんの卵焼き好きっ!!」


ハムスターですか?と突っ込みそうになるほど、口いっぱいに含んで微笑みを私たちに向ける。


 「あら、春斗君ありがとうねー。いっぱい食べていきなさい。」


 「すいません!いただきます!!」


 

 春斗と私は何を思ったのか、朝ごはんの美味しさに

 時間を忘れていた。





 春斗とは幼馴染。


 生まれた病院も同じで、幼稚園、小学校、中学校となにからなにまで一緒に過ごしてきた。


 誕生日は一日違いの11月生まれ。


 家は近所だけど、少しだけ離れている。


 



 一緒にいすぎたせいか、好きっていう感情は芽生えない。




 そんなことはなかった。




 このままずっと、ずっとずっと、一緒にいたいって思う気持ちが、

 時間を一緒に過ごせば過ごすだけ、強くなっていった。




 春斗も思っているかはわからないけど、私はそう思ってる。




 -----------




 「やばい。沙紀やばい。九時過ぎてる。」


 一時間目なんだっけ。


 「一時間目たしか数学だったよな!みっちーじゃん!やばいって!

  次、遅刻したら補習してやるって脅されてんだから!!」


 「はやくいこ!!」


 そんなこと私は言われてない。


 「それ、春斗だけじゃない?私、学年トップなんで!!」


 「え。沙紀補習やるって言われてないの?」


 「全く聞いてないけど。」


 「おい。じゃあ俺だけ?俺だけタイマンでみっちーとやんの?」


 「春斗は頭使うの下手だからねー。前世なんなんだろうね。」


 「そんな話良いから、早くいこっ。」


 春斗は本当に焦ってる顔をしていた。

 そんなに補習やるの嫌なのかな?

 お願いされれば、私も…一緒に受けてあげるのに…


 「あれ、二人ともまだいたの?早くいってきな。」


 遅刻を堂々と見過ごす親も親だなって思う部分も多少あるけど、教育は人それぞれだからよしとする。


 「はーい。じゃ、行ってくるねー。」


 「ごはんごちそうさまでした!!美味しかったです!!」


 「はーい。行ってらっしゃい。」



 私たちはやっと、学校へ向かった。





 学校までは、自転車を使っておよそ15分。


 通学路には、春を告げる桜の木が等間隔で植えられ、もうすぐ見頃を終える。


 自転車を飛ばして、まっすぐ進む私たちの髪は、いつも二、三枚、桜の花を連れていた。


 朝ごはんを食べない日は、この桜並木を抜けた先にある、コンビニで、腹の虫を抑制するための非常食を買っている。


 けど、今日はその心配もない。


 「春斗ー。お腹いっぱいだよー。もう少しゆっくり行こうよ。」


 「なに言ってんのよ。ただでさえ遅刻してんだから。しかも沙紀に合わせていつもよりゆっくり漕いであげてんだわ。」


 え。そうなの?


 「いや、早い!もっと!ゆっくり!プリーズ!」


 「なんでお前が学年トップにいるのかわけわかんねーわ。」


 春斗は優しく笑って、そう言った。

 左後方で横顔を視線に入れてしまった私は、つい声が溢れた。



 「…………きれい。」


 「ん?きれい?なにが?」


 ああぁあぁぁぁぁ。聞かれた。ごまかさんと!!


 「い、いや桜がね。ほら見てよ!あたり一面桜だらけー………。」


 「寝ぼけてんの?桜並木なんてとっくに過ぎてんぞー。」


 「あはは、いやそうでやした。すまんすまん。」


 ごま…かせた…かな…?


 「で、きれいってなによ。」


 ああああぁあぁぁぁぁ。


 「きれい?なんのこと?ちょっとなにいってるかわかんない。」


 「なにをごまかしてんの。さっきはっきり言ってたやん。

  しかも、それで桜がーーって自分で言ってたよね?」


 ごまかすのに必死だけど、こういう時、春斗は容赦ない。


 「いや、言ってない。ワタシワカラナイネ。」


 「はい。言うまで無視しまーす。」


 「え。ちょっと待ってよ。なんでそーなんの!」


 「………………。」


 「うわ、やばこの男。モテないわー。モテない。これじゃモテない。こんな性格じゃ寄ってくるものも寄ってこないわ。いやだねー。女子にばっか話させて。」


 

 そういえばだけど、私もこうなったら容赦ない。



 「お、おまえっ。それは関係ないだろ!」


 「あ、喋った。喋る知恵あったんだ。脳みそまで卵焼きに変わったんだと思ってたわ。」


 「そんな脳みそが変化するほど卵焼きなんて食べてませんーー。」


 「はぁ?私の卵焼き全部食べたくせに何言ってんの。」


 

 幼馴染という存在はなんでこうも、気恥ずかしいことで喧嘩するのか。

 一般的に考えて、朝ごはんを一緒に食べてくるなんてものは…………。


 

 罵声に罵声を浴びせ、ちょうど喉が渇いた時、学校の門が視界に入った。




 「あ。沙紀ーー!!沙紀も遅刻ーーー?」


 


 


 

 

 


 


 

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