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 後方から聞こえた声はまるで棘のように鋭く、一切の抵抗すら許さないかのような剣呑さを秘めていた。


「武器を捨てなさい!! 早くっ!!」


 更に強くなる語気は最早一切の予断を許さず、僅かでも動こうとすれば攻撃されるであろうことは明白であった。


 ──だがそれでも。成美は行動に一切躊躇うことはなかった。


「──っ!?」


 素早く振り向きながら右手に持つ銃を発砲し、白煙と閃光が周辺を包み込む。

 驚愕したような声を耳に捉えながら一瞬後ろに距離を取り、そして剣を持つ手に力を込め一気に相手の間合いに踏み込み直し攻撃を仕掛ける。


 三度、成美が剣を振った回数とちょうど同じ数の音と衝撃が場に響く。

 体を抉る生々しい音ではなく金属が擦られたかのような音。例えるならそう──。


「──ちっ!」


 ──剣を二つ擦り合わせたかのような音。


 光が消失し煙が失せた後に残るのは二人の姿。白と黒に身を包む成美と剣を鍔迫り合わせているもう

 一人の少女だった。


(この人……強いっ!)


 一見均衡しているかのような光景だが、成美は目の前の少女の力が自分よりも上だと無意識に感じ取ってしまう。

 このまま力で押し合えば弾かれるのはこっち。このまま闇雲に向かえば敗北すると直感が告げていた。


 もう片方に握る銃を彼女に向け、すぐさま三回引き金を引く。

 今度は目くらましなどではない。かつて師匠に打った火薬銃こけおどしなどでではなく、人の命など簡単に消し飛ばせる殺意の一撃。舐めて受けてくれればそれだけでダメージを受けるはず。


 ──だが手は休めない。都合通り行くことなど無いとどこか予感していた。


 足に力を入れ後ろに飛び、着地の合間に二つの武器をくっつけて一つにまとめ大きな筒に姿を変える。


放射バーストっ!!」


 筒の先端から放たれる螺旋状の光槍は、煙を飛ばしながらその中にいるであろう驚異を貫かんと激走する。

 避けたようには見えなかった。あの状態でくらえば、完全に無傷なんてあり得ないはず──。


 ガガガガッ!!! とを削り抉る音が止み、視界を遮る煙が晴れていく。


「……まじっすか?」


 今度こそ、成美は自身の予想に合わなかったその光景に驚愕を表さずにはいられなかった。


 こちらに向けられる掌を中心に広げられる、欠片の罅すら見えない六角の青水晶の壁。

 壁に後ろに写る少女に負傷はなく、青を基調とした服を纏うその姿は一言で表すのならば流麗そのもの。

 純粋な青で編まれた髪。目は鴉のような理知に溢れた鋭さで私を射貫き、その手に持つ一本の刀は彼女をそのまま武器に変えたかのようで、ずっと見ていたくなりそうな青みがかった透明な刃。


 まるで清涼且つ激流の両方を兼ね揃える川を人に変えたような美。少なくとも、それをけなすことなんて出来やしないくらいに成美は目を奪われてしまった。


「……さすがに無傷なのは落ち込むっすよ」

「観念したかしら? 今ならまだブタ箱数十年で済むと思うわよ?」


 先ほどまでの怒声とは違う、それでも変わらず針のように刺してくる声。

 声まで美少女とは羨ましい。まるで世に出て活躍することを約束された人間、それはつまり姉のような人間ってことじゃないか。

 肩に乗る猫は実に愉しそうにこの様子を傍観している。これは欠片の手助けも期待は出来ないな。


 ちょっと自分との差にへこみながら、それでも気を抜くことなく一端思考をクリアにする。

 やるべきことは急いで逃げること。今この状態で戦っても勝てる気あんましないし、他の正義の味方ヒーローが来てしまえば本当に詰みになってしまう。

 あっちはそれが目的なことは明白。よっぽど好戦的でも無い限りこの膠着を崩しに来る気はないのだろう。


「……まさか。来るのが遅い間抜けヒーローさんからなんて、いくらでも逃げられるっすよ」

「……言ってくれるわね。がいちゅう風情が」


 少しでも冷静さを失わせようと挑発してみると、自分が思っていた以上に食い付いてくる。

 あんな成りして実は直情系だったりするのか。苛つくなあ、何かそんなギャップすらお姉ちゃんに似ている気がする。


 ……まあ今はそれどころではない。私は大人だし、こんなベラで有利になるなら構わない。


「──例えばこんなのはどうっすか!!」


 成美は手に持つ武器の形を丸い球体へと変化させ、全力で地面目掛けてぶん投げようとして──。


「無駄っ!!」


 サッカーボールほどの球が指を離れる前にはすでに、少女は間合いを詰め直していた。

 右下から斜めに振るわれる青色の一閃は彼女にとって埃でも払うかの軽い一降り。それでも白球は手から離れようとした瞬間に真っ二つに切られ、そのまま私の腕を切り落とそうと迫る。


 ──計画通り。


「──っ!?」


 二つに割れた球は花火のように弾け、暴力的なまでの閃光が彼女の視界を遮る。

 かかった、これで僅かに隙が出来るはず。今のうちに──!! 


「同じ手ばかりねっ!!」

「──がはっ」


 空へと逃れようとした私の後ろから伸びた刃は、魔力で練った衣ですら容易く越え猫のいない方の肩を貫く。

 激痛に見舞われながらも歯を食いしばりながら体をずらして引き抜き、魔力で傷を塞ぎながら空へと登り続ける。


 先ほどまで師匠といた十階ほどビルの屋上を越え、見晴らしが良くなった所で肩に手を置き力を集中させる。

 どうせこんなので逃げ切れるわけはない。だから今は治療に専念し、この後の賭けに集中するための一息にする。


 腕に巻き付いた白の装飾──武器の一部をすぐ二丁の銃に変え、意識を極限まで研ぎ澄ます。

 上手くいくだろうか。……いややってみせる。やらなくちゃここは乗り切れない──!! 


「もらった!!」

「──っ!!」


 成美の後ろから来る急襲。早すぎる追撃を師匠のように魔力を衝撃に変え強引に間合いを取ることで回避し、両銃共に魔力を急激に込める。


大白弾ホワイト・バレットっ!!」


 巨大な白球が一つ、蒼の少女を空から叩き落とそうと進攻する。

 それを見た少女はなおも焦ることなく、持つ刀に膨大な魔力を練り上げ蒼水晶の刀身に集中させていき可視化できるほどの光が剣を包みこむ。


蒼斬あおきり


 空を思わせる蒼の輝きは空を切り、一本の刃が空を突き進む。

 大きさなど関係ないかのように先ほどと同じく白球は真っ二つに切断され、勢いは衰えることなく成美の命を奪わんと空を駆ける。


障壁ブロックっっ!!!」


 武器を板に変え、残された魔力の殆どを盾と己の強化に費やす。

 今の成美には魔力のみで障壁を貼る技量なんて無い。それでも知恵を振り絞り、少しでもダメージを抑えようと作り上げた防壁。


 ──一撃で良い。致命傷じゃなければ、それだけで十分だ。


 白盾は蒼の斬撃に猛烈に削られていくが、それでも少しの間拮抗する。

 しかし刃は壁を切り裂き、成美の命を刈り取るべく押し寄せていき──そして到達する。


「──ぐぎっ!!」


 体に響く尋常じゃない衝撃。足に、体に、空を踏みしめ懸命に食いしばる。

 痛みは先ほどの刺突の比ではない。かつて嫌というほど味わった、死への強制片道切符に限りなく近いくらいには強烈な一撃。


 ──それでも成美は耐えきった。体は分れることなく健在で、未だ意識を失うことはない。


「薄汚いがいちゅうのくせしてよく耐えるわね」

「……生憎しぶといのだけが、取り柄なんすよね」

「──そう。なら、次で最後にしてあげる」


 雰囲気が変わったと、成美の五感全てが警告を告げる。

 その変貌は今までが手抜きであったかのよう、いや手抜きだったのだろう。何せこれまでの攻撃は全て、彼女にとってはのだろうから。


 ──だがそれでも関係ない、伏線を張っていたのはむしろこっちで、もうとっくにやるべきことはのだから。


「──ところでなんすけど、そんなにゆっくりしていて大丈夫っすか?」

「はっ?」

「ほら、あんな大きいのが墜ちたら下の人はどうなっちゃうんすかね?」


 銃を持った手で上を指しながら、師匠のような軽薄な嗤いを少女に見せる。

 目の前の悪党の余裕に疑問を抱くのも一瞬。すぐさま何か感じ取ったのだろう、少女は剣を成美に向けながらすぐさま上を確認する。


 空に浮くのは巨大な白球。先ほど切り裂いたものとは比較にならない、星が墜ちてきたと錯覚するほどの大きくて光に満ちた魔力の塊。


 あれが、あんなのが墜ちたら街なんて容易く吹き飛ぶ。

 そうなれば多くの犠牲者が出てしまう。今ならまだ間に合う、不本意だがこいつを切り刻みすぐさまあの魔力塊を破壊しなければ──。


「遅いっすよ」


 パンと、刹那の内に思考を終え動こうとした少女よりも早く目の前から鳴り響く音。

 目の前のヴィランが放った弾丸は空に昇り、そして空に浮くあの球まで届き──。


 空の星は風船のように割れ、残骸はやっくりと、それでも止まることなく墜ち流星へと成り果てる。


「き、貴様──」

「ほらほら、早く行かないと死人増えるっすよ? 正義の味方ヒーローなら当然……人命優先っすよねえ?」


 これでなお成美に潰しに来たならそれこそ勝ち目はない。けど目の前の女が真に正義の味方ヒーローであるならば、私よりもあっちを優先するはずだ。

 帰ってほしいと表情に出すな。より傲慢により尊大に、──師匠シャドウのように余裕綽々で嗤い続けろ。


「どうするっすか? まだ来るなら本気で抵抗するっすけど?」

「……くっ」


 まるで世界一憎い人間がそこにいるかのような殺意の瞳で成美を見る正義の味方ヒーロー。けれど、それでも逡巡することなく怒りを抑え冷静な表情へと戻る。


「……覚えていなさい。貴様は絶対に私が──この蒼鴉ブルークロウが牢にぶち込んでやるわ」

「精々努力するっすよ。まあ私が──この光る黒ホワイト・メナスが捕まることはないっすけどね」


 少女──蒼鴉ブルークロウはその目に光る黒ホワイト・メナスを焼き付け、心から悔しそうにこの場から飛び去っていく。

 成美は蒼鴉ブルークロウ完全に離れたのを確認し、深く深くため息を吐きながら急いでこの場を離れた。

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